フレアに誘われ
「もう、逆に楽しみになってきた」
ログインするたびにフレアというキャラに睨まれる。そっちの性癖の人間用のゲームなんじゃないかと思い始めてきた。
今度、スクショでもとってネットにさらしてみようと鳰勝は思う。プレイ動画を撮るのも面白いかもしれない。
「モニシア目当てで始めたものの、別の部分が楽しみになってきたところが嫌だ」
次の日の朝、パソコンを起動する前にスマホを起動させた。パソコン用のモニシアのゲームよりも、こっちの方が楽しみになってきてしまっているのだ。
ゲームを始めるとモニシアのアップが現れる。
「今度はなんだ?」
『なんだじゃない! 指示を出すというならちゃんと指示を出せ!』
何の事だかわからない事を言いだすモニシア。
『まず謝罪だ。こんな状況を招いた原因が自分にあると認めるのだな』
「え? ごめん」
もうすでに、ゲームと会話をする事に違和感を感じなくなっている鳰勝。意味の分からない事を言い出すモニシアに対して普通に会話するような感じで返した。
『ほら認めた。こいつに原因があるとこれでわかったろう』
後ろを向くモニシアは誰かに言うようにしてセリフを言う。
『アホかぁ! 責任がない事を証明するとか、どうこう言い出したかと思ったら、こんな茶番を見せてどうなると思ったのよ!』
大体わかった。このモニシアは勢いで謝罪の言葉を鳰勝から引き出させて責任を押し付けようとしたのだ。
こんなもので金を借りた責任が移るわけがない。
そして、鬼のような形相をしたフレアの立ち絵が現れる。
『あんたもこれでわかったでしょう? こいつの世話をしようとすると、精神に異常が現れるわよ。早く手を引きなさい』
「こっちにとっちゃゲームだしな。別に俺自身がどうこうなるわけじゃない」
フレアのテキストにそう返す。これはゲーム実況をするのは決定済みだ。ここで手を引くのはもったいないというものである。
『ハンパな覚悟でこいつに手を貸さないで。余計な事しか考えない奴よ』
「それが面白いんだが」
今度はどんな騒動を起こすのかが、楽しみで仕方ないというもの。フレアからの忠告は却下だ。
『その通りだ。ハンパな覚悟で私に協力をすると痛い目を見るぞ』
モニシアが出て来て言う。
「お前が言う事かよ」
モニシアの言動は支離滅裂だ。どんな経験を積めばこんなテキストを考えられるのだろうかと思うくらいに意味不明である。
『高をくくっていられるのも今のうちだ。私の恐ろしさを知ることになるだろう』
悪い笑顔をしながら言うモニシア。
ゲームのキャラにいったい何ができるというのだろうか。意味不明なテキストのゲームである。
それから通常画面に移るが、いくら操作しても、やはりモニシアは出稼ぎの仕事は受けないし新しい仲間が入る様子もなかった。
モニシアが自分の部屋として使っている元は父の書斎だった場所。そこでモニシアとノルンの二人は相談をしていた。
モニシアが椅子にふんぞり返って座り、ノルンは家来のように傅いている。
「ふふふ。あの男をこちらに引っ張り込めるというが、方法を教えてもらおうか」
「ははー。モニシア様。私が時空の女神という事を利用いたします」
時空の女神の力を使って鳰勝の持つ電子機器。つまりはスマホに操作を入れてこちらの世界とつなげる事によって、鳰勝とコンタクトをとっていた。
その気になれば鳰勝をこちらの世界に引き釣りこむ事もできるという。
「ただ、それには私の信仰の力を集める必要があります。私に貢物が必要です」
「なるほどな」
さっきから自分にノルンが自分に傅いていた理由がこれでわかった。貢物を要求するときを狙っていたのだ。
「何を出せばいいんだ?」
「おしっこです」
今の言葉に、ふんぞり返っていたモニシアも固まった。
「なによそれ?」
思わず素になって聞き返すモニシア。だが聞き間違いではなかった。
「美少女のおしっこが私に力を与えます。男やオバさんじゃダメです。美少女でないといけないのです」
そう言い、ノルンは手をモニシアに向けた。
「そう。あなたみたいな」
「何言ってんの? そんな風に『あなたは選ばれた』みたいな言い方されてもうれしくないから!」
「あなたの身より流れる滴は、私の神秘の力を大いに引き出すことでしょう?」
「身より流れる滴とか言ってもカッコよくないから!」
「あのメイドでもいいですよ。あなた様ほどではないにしろ、それなりの力を持っているでしょう」
「う……」
モニシアでも、いきなり『おしっこちょうだい』なんて言ったらドン引きされるのは分かる。あのメイドに自分の事を疑われるのはフレアにバカにされたり、借金取りに土下座をするよりもガマンのならない事であった。
屁理屈の得意なモニシアでも、おしっこを要求するのにいい言い訳なんて思いつくはずがない。
「本当にそれで呼べるんだな?」
ノルンはその問いかけにコクリと頷いた。
そうすると、モニシアは意を決して立ち上がった。
部屋を出ていき、数分後にビンの中に液体を入れて帰ってきたモニシア。
「力を感じます。まだ温かくて新鮮ですね」
「やめろ! ビンに頬ずりするな!」
ノルンの変態的な行動にモニシアはたまらず声をあげた。
次の日の朝鳰勝が起きると地べたで寝ていた。
日はもう高い。周囲を見回すと大きな屋敷の庭のようだ。ただ、手入れは全くされておらず、雑草や蔦などが茂っていた。
まるで、人のいない空き家のような様子だ。だが、玄関から門までの道くらいは踏み固められており、一応使われている感じはある。
いつも暗いうちにちに起きていた鳰勝は起きたら日の光に当てられるという事に慣れておらず、太陽の光を浴びてうざったそうに目を細めた。
その背後から声がかけられる。
「ふっふっふ。おはよう。異世界のアドバイザー君」
モニシアが鳰勝に声をかけてきた。
「あぁ?」
寝起きの鳰勝が答えるのにモニシアは身を引いた。今の状況がよくわかっていない鳰勝は周囲を見回す。
「今の状況が呑み込めているかな?」
ふんぞり返るモニシア。
「ええ。呑み込めているわよ」
そこに声が聞こえた。その声を聞くとモニシアはビクリと身を震わせた。
「相変わらずあんたは人に迷惑をかける時は行動が早いわね」
モニシアの後ろにはフレアがいたのだ。
「この世界に呼んだからって、この人の責任にするわけないでしょう?」
モニシアは鳰勝をこちらの世界に引き釣りこんだ。借金の責任を鳰勝に押し付けるためであるが、そんな事をフレアが認めるわけがない。
「ホント呼んでどうすんのよ? いきなりこの世界に呼びつけて、彼に責任とる気あるの?」
モニシアがそんな事まで考えているはずもないが、そう聞かざるをえない。フレアはこの事態は自身で解決する以外にない事は分かっている。
モニシアから目を外したフレアは鳰勝の方を向いた。
「とりあえず、この人は私が預かるわ。詳しい話はね」
そう言いフレアはモニシアに向けて歩き寄っていく。
「あ……と……で……ゆっくりするわ」
怒りを込めたドスの効いた声で言うフレア。
「詳しい話をするわよ」
今は鳰勝はフレアの馬車に乗っていた。
「メシは?」
「まだ寝ぼけているの?」
鳰勝は周囲を見回していた。だが見えるのは馬車の内装だけだ。
この馬車は外から見ると豪華だが中は木が剥きだしの作りである。
フレアは外面はきらびやかに飾るが質素な倹約家である本来の性分。飾るのは見た目だけ。本質は質素にという精神がこの馬車に現れていた。
「言っておくけど働かないとメシはないわよ。今日の分は働かなくても食べさせるけど明日からはがんばってね」
こちらの世界にやってきていきなりの鳰勝に厳しい事を言い出すフレア。
「この世界の理を話すわ」
そして、フレアはこの世界の決まりを話し出した。
この世界は身分制度があり貴族が平民を支配する形で成り立っている。
百年以上続く戦争が終わり世界に平和が訪れたかに見えたが、戦争の後に争乱が起こった。
時空が歪み異界からの怪物が現れるようになったのだ。
その怪物は恐怖のみをもたらすものではなかったというのが面白いところであったと、フレアは説明する。
「怪物が体に付けてきた種が発芽してね。面白い花や、果物や、野菜がどんどん見つかっているの」
戦争のために発展した魔法の力はその探索に使われることになった。
珍しい花が見つかり、それを王女が愛でているなどという話になれば、その花にはとんでもない値段がつく。
現在の小麦よりも生産性の高い野菜が見つかれば、その種は袋一杯分で一年暮らせる額で取引される。
「庶民がそれの探索に乗り出した。戦争で培われた魔法の力は庶民に与えられ、魔法を使いこなすようになった庶民は自らを冒険者と名乗るようになった」
戦争がなくなり荒事とは無縁となった騎士達は、その冒険者の一人となる事で新たな戦いの匂いを求めた。
「だけど、騎士達は庶民の事をナメていたの」
力は自分たちのが上だと思っていた騎士だが庶民の力は思いのほか強かった。
庶民などには負けぬと深部にまで潜って帰ってこなかった騎士も多く、だからといって危険を冒さないと大した報酬はない。
「私の場合は冒険者になる事を諦めて、荘園の経営に力を注いでいるわけ」
鳰勝がいた地球での騎士の没落と似たような経過をたどっているという事だ。
騎士の没落は銃が庶民の手に渡ったことが原因だったが、この世界では魔法が庶民の手に渡ったのが原因という事らしい。
「騎士の没落とか怖いこと言わないでよ。実際そうなりかけているけどね」
忌々しい事だけどね。
そうとでも言いたげな様子でフレアは鼻を鳴らした。
「あなたも何か力を持たないとね。でないとこの世界では役立たずよ。あなたは冒険者として登録しなさい」
フレアは町中を歩く。フレアの説明では鳰勝をギルドに連れていくらしい。
「俺は冒険者になれるのか?」
鳰勝はこの状況に期待感があった。自分は剣をふるってモンスターをばったばったとなぎ倒す冒険者になるという。
「だけど、モンスターに殴られるのは怖いな」
「殺されないかどうかを心配しなさい」
フレアはため息交じりに言う。
彼が思っているよりも事態は深刻である。出自も不明でツテもコネのなしの人間を雇う所なんてない。
冒険者としてやっていくのも簡単ではない。まずは自分の能力の適正を探り、自分にあったファイトスタイルを手に入れねばならない。
「着いたわよ」
フレアが眺めるギルドは鳰勝の想像していた通りであった。
酒のイラストの書かれた看板と、ギルドを表すと思われる鷹のイラストの看板がかかっており、入り口を通るとその先にはテーブルがいくつも並んだ酒場の内装が見えた。その奥に鷹のイラストの描かれた看板の下げられたカウンターがあった。
そこにはいかにもな感じのお姉さんがいた。
元冒険者というのを顔に書いている感じで、顔には深くて大きな傷跡、髪は短くザンバラに切っていた。
「いらっしゃいませ。フレア様と初めての方ですね登録ですか?」
「ライラ。しっかりやってる? 荒事はもうこりごりとは言っていたけど、そろそろ恋しくなってきたんじゃない?」
「そんな事ありませんよ。この仕事が気に入っていますし……」
「昨日、客ともめたんですって? 新人冒険者相手にあんたの力技を遠慮なく決めたって話だけど?」
そうフレアが言うとライラという女性は言葉に詰まった。
フレアはコツコツと音を鳴らして歩いてライラの眼前にまで行く。
「お……し……と……や……か……に頼むわね」
ライラの事を見下ろしながら威圧感たっぷりに言うフレア。
「もちろん分かっておりますわ」
蛇に睨まれたカエルといった感じのライラは震えながら言う。
「それで、今日はこの新人冒険者の適正を調べたいの。準備をお願い」
そう言うと銀貨をライラに渡す。
「あなた様からお金など……」
さっきので完全にビビっていたライラは言うが、フレアはライラの手を取ってお金を握らせた。
「お金は信頼とつながりの証よ。私との信頼もつながりを断ちたいのかしら?」
「あなたには敵いませんね」
ビビらされたうえで格の違いも見せつけられた感じのライラは眉根を寄せて言った。
「どうぞこちらに」
ライラは厳つい見た目とは似ても似つかない穏やかな声で鳰勝に案内を始めた。
「こちらの金属を額に当ててください」
青銅のような色をした緑色の金属を渡された鳰勝。
それを額に当てると金属は黄色い光を放った。
「体力は低の中あたり」
ライラはそう言って鼻で笑った。お世辞にも運動は得意とは言えない鳰勝。異世界に来ても自分の体力は下位になるらしい。
この厳つい体をしたライラからしたら自分は貧弱な坊やに見えるのだ。
「ライラちゃん。人のステータスを見て笑うのはどうかと思うわ」
フレアの言葉に一気に体を硬直させたライラはフレアの方を向いて頭を下げた。
「すいませんフレア様!」
「謝る相手が違うでしょう?」
「そうですね。お客様失礼しました」
その後、ライラは折り目を正して他のステータスの測定に入った。
「知力と技術は高く、体力が低い、魔術を使うのをお勧めします。俊敏がそこそこあるのでシーフやアーチャーやなどもよろしいかと思われます」
おおかた予想通りの結果である。
「説明するわよ」
この状況であれば説明は必要ないだろうがフレアは律儀にも説明を始めた。
この世界の冒険者には職種があり、職種によって得意なことがある。薦められた以外の職種を選ぶことも可能だし、それは鳰勝の好きにすればいいという。
「ただし、アホな職を選んで全く使い物にならないようなら私も優しくしないわよ」
「そりゃごもっとも」
普通ならフレアの言葉で恐縮するものだろうが鳰勝は当然と言った感じで返した。
自分が敵の攻撃を受けるなんて真っ平だが、使い物にならないわけにはいかない。
「このブレスマジシャンっていうのは?」
鳰勝が気になった職種にフレアは説明をする。
完全に支援型の職種で味方を強化したり、魔法で守ったり、傷を回復させたりする力を持つという。
「一人じゃ何もできないっていう弱点があるから、ツテも持たない人間が選ぶ職じゃないわよ」
「怪我を治せるならそれだけで使いでがありそうだけど」
「そう考えるなら止めないわ。役立たずにはならないでね」
微妙な感じの許可の言葉をもらい、鳰勝は新米のブレスマジシャンとして就任した。
それからフレアのおごりでその酒場で昼食をとる。
「あいつの事も説明しておくわ」
そう言い、モニシアの事も説明し始めた。
さっきから、鳰勝にこの世界での知識を惜しげもなく教えてくれる。
「あんたっていい奴だな」
フレアがモニシアの説明をしている最中に鳰勝は言う。
「そう言ってくる人は初めてね」
キョトンとした顔をするフレア。だがすぐ悪そうな顔で笑い始めた。
「私は人使いが荒いわよ。早く私から知識と技術を吸収して、独り立ちをする事をオススメするわね」
「だが、あんたについていると食いっぱぐれはなさそうだ」
「これなら、お腹すかせた方がマシって思うほどキツいかもよ?」
「それも本当っぽいな」
鳰勝もクスクスと笑う。
「まったく私にビビりながらついてくる奴はいても、こんな楽しく話できる奴は初めてね。なんか調子狂うわ」
楽しそうに小さく笑いながらフレアは言う。調子が狂うとは言いつつも、本心ではそんな事は思っていないのがわかる。
「そういう話はあんたが使える人間だって確認できてからよ。話の続きに入っていいかしら?」
そういうと鳰勝はコクリと頷いた。
その少しの間のやりとりは、フレアにとっては重要なやり取りであったようだ。
「あんたには最高級の部屋を用意しましょう」
フレアがそう言って用意したのは元馬小屋であると分かる感じの吹きさらしの部屋だった。床は踏み固められた土のまま、寝藁はそのままになっており、もしかしたらその中には馬の糞が潜んでいるかもしれない。
「どこが最高級だよ」
鳰勝はフレアに向けて文句を言う。だが本気で言っているわけではない。自分に寝床を与えてもらっただけありがたいという事は重々自覚していた。
「ところがどっこい。私にとっては最高のおもてなしなの。意味に気づいたらあなたに素敵な地獄を用意してあげるわ」
「あー。分かった意味を考えとく」
フレアは意地が悪いのか、それとも何かの意味があるのかわからない。底のしれない考え方を持っている人間だとは、今の鳰勝でも感じられるものがあった。
「ああいう奴が思わせぶりな事を言った時は、必ず何か意味がある」
だがそれが何かを考えるには情報が足りない事もわかっていた。
「もう寝よう」
明日になったら嫌でも分かる事にななるだろうし、フレアは絶対に自分に楽をさせるつもりはない。
今は早めに寝て体を休めるのが先に思えていた。