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プロローグ

「すいませーん。利息の徴収に」

 気弱そうな男が大きな屋敷の前で叫ぶ。

 気弱で貧弱なこの男は、絶対に似合いそうもない仕事をしているのだが、これが彼には天職であった。

 その意味は後で知ることになる。

 その大きな屋敷には家紋を書かれた旗がかかっていた。数年前までは、名家だったのだが、家をまともに継げる者がいなくなり、今は背伸びをした子供が家督を受け継いで屋敷の主人と言い張っている状態だ。

 周りとのつながりがなければ貴族の家督など意味をなさない紙切れと同然。

 そんな事すら、この屋敷の主を名乗る子供は分かっていないのだと評判であった。

「なんだ! 昼間から近所迷惑だぞ!」

 そう言い、一人の女の子が出てきた。手にはこれ見よがしに槍を持っている。

「これか? 槍の訓練の最中だったのだ。歓迎してほしければ先に来る時間を教えてから来い」

『時間を先に教えたら居留守を使うだろう』

 男は騎士に聞こえるか聞こえないかくらいの大きさの声で言う。

「なんだ貴様? いいたいことがあるなら言ってみろよ」

 何かを言ったのに気づいた騎士はジロリとした顔をして男に向かっていった。

「いえいえ、利息に支払いの期限が過ぎて、もう半月。そろそろ徴収をしないと私のクビが危ないのです。今日こそ用意していただけましたか?」

 気弱な男はオドオドとしながら伺いを立てる。その様子に、騎士は鼻を鳴らした。

「いきなり押しかけておいて金を払えとは無礼極まりない! 礼儀も知らなければクビが危なくて当然だ。私のせいにするな!」

「ですが、先に連絡をすると毎回お留守。借金の返済期限はとっくに過ぎており、利息まで支払わないとなる……」

「いちいちうるさい!」

 騎士は自分の持っている槍を男に突きつけた。

「出直せと言っている! 手ぶらで来ておいて文句を言うな!」

「土産を持参するような仲でも……」

 この男は気弱に見えてなかなかしつこく食い下がってくる。

 だがいくら食い下がっても、相手がさらに怒り出すだけである。

 騎士のような輩は侮れる相手であると見ると、際限なく横暴になっていくだけだ。いくら食い下がっても折れることはあり得ない。

「礼儀が足りないだけでなく頭も回らないか!」

 そう言うと、士は槍の石突で男の顎を跳ね上げた。

 貧弱な男はそれでたたらを踏んで後ろに倒れ込んだ。

 表情はなぜかニヤついている。

「殴ったな……」

 嬉しそうな顔をして言った後、男は軽い足取りで屋敷の前から走り去っていった。

 後ろ姿を見るに逃げていったという様子でもない。

「あんた。夜逃げの準備をした方がいいわよ」

 その様子を見ていた女性が騎士の少女に声をかける。

「あいつらのよく使う手よ。気弱そうで貧弱な男をまず寄越して、そいつにしつこく食い下がらせて相手を怒らせる。一発殴りでもしようものなら本命がやってきて……」

 相手を怪我させたという事実をかさにして、どんどんと要求を突き付けていく。

「そいつも今の男のように追い返してくれる」

 余裕を見せる騎士に女性は冷たい視線を向けていた。

「まあ、死にはしないわ」

 それを最後のセリフとして女性は自分の屋敷に戻っていった。


 その日の夜に屋敷の前にいくつもの松明の灯りが灯された。

 門をガンガンと叩く音が響く。

「出てこねぇならこの門ぶっ壊すぞ!」

 ドスのきいた男の声が響く。

 まだ就寝をするような時間でもない。メイドがドアの隙間から様子をうかがうってくるが、すぐにドアを閉める。

 主人を呼びに行ったのだろう。これで屋敷の主人にもこの事態が伝わるだろう。

「うちが寄越したもんを殴ったと聞いたんですがねぇ! 治療費とか慰謝料とかの話したいんですが、言い訳あるんならまず言ってもらいましょうか!」

 そう男が言うと、ガンガンと門を蹴っていく。

「人の家の門を傷つけたな!」

 屋敷の中から騎士がやってきた。

「それもふまえて話し合いしましょうか。こんな安物の門、借金の利子にもならんのですがね」

 騎士の言いようと似たような事を言い出す。この論法で話し始めれば、この男は騎士よりはるかに上手だった。

「ここでは近所迷惑だ。人の迷惑にならないところに行こうか」

「ほう。そうしましょうか」

 男は数人で来ていた。

 いくら訓練をしていようとも、まだ女の子と呼べるような年齢の子が、こんな男たちに囲まれたらどうしようもないのは見ればわかる。

 その男たちの中に自分から飛び込んでいこうというのだ。

 何を考えているか分からないが、男にとっては願ってもない状況だ。


 女の子は人のいない広場にまでやってきた。

 数人の男に囲まれて、物怖じ一つ見せない胆力は立派だが、それは、この男にとっては慣れたものだった。

 こういう輩が次にとる行動というのは、大抵決まっている。

 女の子はすぐに頭をさげた。

「すいませんでしたー」

 いままでの気丈な態度とは打って変わって情けない声を出す。

 こうなる事を知っていた男以外は、ポカンとした顔をしていた。

「こいつは家の使用人の前でみっともないツラ見せたくなかっただけなんだよ」

 男は言う。

「何でもしますから命だけは! 命だけは!」

「ああそうだな」

 相手は若い女の子だが、顔が良ければ売り物になるというものでもない。

 そうなると、男が狙うのは彼女の持っている家督だ。

「こいつはエラそうな態度をとれる場所がほしいだけだ。それを守る事が人間の尊厳だと思っている。本当の人間の尊厳ってのは人の見ていないところで守るべきなのにな。だが人が見ている時の自分を大きく見せる事しか考えていない。使用人の前でエラそうな態度を取り続けるためなら何でもやる」

 借金取りに頭を下げている姿を使用人に見せないために、借金取りの男達に囲まれるのにもかかわらず、自分から人気のない場所に移動をしたのだ。

 それだけのために、危険に身を曝し、男たちに囲まれてどうしようもない状況に陥っているのである。

「構う事はねぇ。搾り取ってやるぜ」

 男が本音を隠さずに言う。

 騎士の少女はカタカタ震えながら綺麗な土下座をしてそれを全く崩さなかった。

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