第74話 5人分の席
この手紙を見た、私たちへ。
2009年は、どんな世界ですか?
私たちは、高校3年生です。
制服は、カワイイですか?
これを書いている現在、2003年の12月24日です。私の誕生日でもあります。そして、クリスマス・イヴです。
2003年。いろいろありました。来年からは、とうとう中学生です。
柔道の田村選手が結婚! いいな〜☆
広末涼子も結婚! いいな〜いいな〜☆
デジタルテレビとか言う、きれいな画面のテレビが今月から放送されてます。
2009年には、神奈川でも見れるのかな??
これを見ている現在、2009年の12月24日であってほしいです。
12月24日ですか?
だったら嬉しい。
私はどうしていますか?
坂上くん。元気ですか?
ちひろちゃん。きっと、彼氏がいるんだろうな。
水穂ちゃん。きっと、美人になってるんだろうな。
なっちゃん。今も、私と付き合っていますか?
私。私、元気ですか?
5人が、きちんとそろっているのかな。
誰かがいないかもしれないよね。ケンカしたり、引っ越したりしてて、いないかも。
でも、覚えておいてください。
誰かがいること。自分のとなりに、誰かがいてくれることは当たり前なんかじゃない。それは、スッゴく大切なことなんです。
いなくなったとき。それに気づくかもしれません。
後かいするかもしれません。
でも、それは仕方のないこと。
いつまでも、引きずっていてはいなくなった人が悲しみます。
もし、この5人……ううん、今までに出会った人が、自分から遠くへ去ってしまったとしても、そんなに後かいしないでください。
もっと、前向きに生きよう。
これからの出会いに、感謝しよう。
はい! 受け売りでした〜(笑)
最後に。
高校生になった私たちに、私からプレゼントがあります。
火の見櫓があります。
ひょっとしたら、もうないかも。
その入口の向かいに、大きな松の木があります。
その根元に、私からのプレゼントがあります。
ぜひ、開けてみてください。
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「夏樹!」
手紙を読み終えるなり、夏樹が松の木の根元へ走った。雪が積もっていて、土が隠れているにもかかわらず、夏樹は素手で地面を掘り返し始めた。
「夏樹! 霜焼けになるんじゃないのか!?」
優翔が慌てて止めようとするが、夏樹は手を止めようとしない。それを見たちひろが手伝おうとするが、夏樹が止めた。
「お願い。これは、俺に出させてくれ」
「……わかった」
ちひろはスッと後ろに引いて、夏樹が掘る姿を見守り続けた。いつのまにか吹雪はやんで、ただこんこんと降り続けるだけになっていた。待ち続ける優翔、ちひろ、水穂の肩にも雪が積もり始めている。
「……あった!」
夏樹が瓶を取り出した。
「何が入ってるの?」
水穂が嬉しそうに近寄る。優翔とちひろも思わず背伸びをして後ろから覗き込んだ。
「……手紙?」
夏樹は瓶のふたを開けて、紙を取り出した。
「またかよ〜。岡本、手紙が好きだな〜」
優翔がクスクスと笑った。
「字が上手かったしね」
ちひろが懐かしそうに言う。
「あ……」
夏樹が手紙を開いた瞬間、声を上げた。
「なになに?」
水穂も覗いてみてから、言葉をつぐんだ。
ちひろと優翔が目にしたそれは、かつての自分たちの姿だった。小学校の卒業アルバムの写真だろう。
しかし、夏樹は結局冨樫小学校へ戻ることはなかった。北七海小学校に通ったからだ。卒業アルバムも、北七海のもの。だから、冨樫に通っていた明日香が持っているはずのない写真が、そこに貼り付けられていた。
夏樹はその写真を触ってみた。ザラリとした感触。これはきっと、アルバムをカラーコピーしたのだろう。
「……懐かしいな」
優翔がフッと笑った。
「何が? この5人が集まってること?」
夏樹は改めて写真を見つめた。カラーコピーして切り抜かれた写真は、それぞれが笑顔だった。秋田から帰ったばかりの夏樹。一瞬だった北七海小学校での生活。同級生は何の抵抗もなく、夏樹を受け入れてくれた。イジメを受け、秋田へ行き、七海に帰ってからの初めての、心からの笑顔の写真。夏樹自身、その写真が大好きだ。
「違うよ」
「?」
「お前が、心から笑ってる写真」
「……。」
それ以来、心から笑ったことはあるだろうか。夏樹は自問した。サッカーは、中学2年生のときに椎間板ヘルニアを発症して中断した。自暴自棄になりかけたが、姉の陽乃が支えてくれた。彼女の彼氏である佐野 翔に憧れ、アルトサックスを始めた。それから、綾音と出会った。前向きになれたつもりではいたが、どこかで明日香のことを引きずっていた。
「この写真さ……」
水穂がポツリと言った。
「きっと、朝倉くんのことを、前へ押そうとしてる……岡本さんの、最後の言葉なんじゃない?」
「最後の……?」
ちひろが引き取る。
「私さ……朝倉くんと、岡本さんに、取り返しのつかないことしたかもしれない。私は悔やんでも悔やみきれないよ。でもね? 朝倉くんは……岡本さんと恋をし、愛し合って……今があるんでしょ?」
「……。」
「彼女は確かに……もういないの」
優翔が引き取った。
「でもな、忘れるのと前へ行くのとは違う」
「……。」
水穂が写真を手渡した。
中央に、夏樹。
右隣に、明日香。
真上に、優翔。
その右に、ちひろ。
左には、水穂。
そして、明日香からの言葉があった。
『前を向け!』
「……明日香……」
夏樹の目から、涙がこぼれ落ちた。
「怖かったんだ……俺のせいで、明日香がいなくなったんじゃないか……って」
優翔がグッと夏樹を抱きしめた。
「でも……俺、明日香にいっぱい感謝されてたんだな」
「そうだよ」
間髪いれず、優翔がそう返した。
「……ありがと、明日香」
5人が笑う写真。離れ離れになった5人を結ぶように、明日香が作った『卒業写真』には、一本の線が引かれていた。最後に言葉を添えて。
愛するのは、恋人だけじゃないんだよ。
家族。友達。後輩。先輩。近所のおじさん、おばさん。
皆で、皆を愛そう。
それだけで、いい。
私は、皆が大好きです。
この小説『二人きりの座席』のイメージポスターを製作しました。ぜひ一度、ご覧ください。 URL → http://150.mitemin.net/i593/