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第73話 真実の席〜約束の場所へ〜

「夏樹……?」

 正面から聞こえてきた声。男子の少し低い声。そして、吹雪の中からスッと現れたのは、坂上優翔だった。

「優翔……」

「なんで……ここに?」

 優翔も呆然としている。

「朝倉くん……!」

「ちぃ……」

 夏樹は後ろから聞こえた声が初めて、和田ちひろだと気づいた。

「和田さんと……坂上くん? それに、朝倉くんもいるの?」

「その声……飯沼?」

 なんと、夏樹の左手にいたのは飯沼水穂だった。3人はそっと、夏樹に近づいてくる。

「なんで? みんなここに……」

「手紙が届いたんだ」

 優翔が胸ポケットから手紙を取り出した。夏樹が明日香からもらったのと同じ封筒で、少し色あせている。

「私にも……これ」

 ちひろはそういってカバンから手紙を取り出した。こちらは女の子らしい、ウサギの絵柄が描かれた封筒だった。少し前に流行った漫画のキャラクラーだった。夏樹たちが中学生だった当時、女子はこの漫画に夢中だったのを覚えている。

「私にも来たの」

 水穂はそう言って手紙をポケットから取り出した。

「とりあえず、座って読んでみないか?」

 夏樹が提案した。3人は小さくうなずき、火の見櫓の記念碑の前に座り込んだ。

「ックシュン!」

 水穂がくしゃみをした。こんな雪の中にもかかわらず、わりと薄着だったのが気になった夏樹は上着を脱いで彼女に着せた。

「着てなよ」

「あ……ありがとう」

 小学校当時は水穂のほうが背が高かった。しかし、高校3年生となった今は夏樹のほうがずっと背が高く、体格もよくなった。時は確実に流れている。

「手紙……皆に届いたのか?」

 夏樹がしばらく続いた沈黙を破って話し始めた。

「俺は、これが2通目になる」

 優翔がそっともう一枚手紙を取り出した。

「2通目? 1通目はいつ来たの?」

 水穂が驚いて目を丸くした。

「1通目は3年前。2006年だ」

 明日香が亡くなったのは2004年だった。2年後のことになる。

「1通目には、岡本がおそらく、そう長くはないっていうような文章を書いてた。当時の俺にはよく意味がわかってなかったから、よく調べてみたんだ。アイツ、この手紙を書いてたのは003年の冬だったんだけど、この頃からは電解質異常っていう症状を引き起こしてたらしい。いつ死ぬかわからない……そんなことを書いてる」

 誰も喋らない。吹雪く音だけが聞こえてくる。

「自分で漠然とした死の予感……みたいなのを感じていたのかもな」

「だったら……」

 夏樹が悔しそうに唇を噛み締めながら呟いた。

「それをどうして俺に言ってくれなかった?」

「夏樹……」

「曲がりなりにも、俺は明日香と付き合っていたんだ。小6の春から。もちろん、周りから見れば小学生のお遊び程度の付き合いとか思われただろうな。でも、俺と明日香は真剣だった。キ……キスだってしたんだ」

「私はわかってた」

 ちひろが急に割り込んできた。

「二人……初めて会ったとき……ほら、クラスで自己紹介したときのあの二人の顔。本当に嬉しそうだった。また会えた。これからもずっと一緒にいられる。嬉しい。そんな雰囲気がとても出てた」

 懐かしそうに語るその表情は、どこか寂しげだった。

「私ね、ずっと小さい頃から朝倉くんと一緒で、多分、中学校も高校も……大学だって一緒に行くんだとか、バカなこと考えてた。だから、岡本さんに朝倉くんのことを取られた。そんな風に思ったの」

 気づけば、ちひろは大粒の涙をこぼしていた。夏樹はいたたまれなくなり、ハンカチを取り出してちひろの頬に当てた。

「……朝倉くん」

「ゴメンな? 俺……ちぃの気持ちに気づいてやれなかったんだな」

「ううん。私こそ……ヒドいことした。あの小学校6年生の時期に戻れるなら、自分をひっぱたいてやりたい」

 ちひろはグスグスと鼻水をすする音を立てながら、しばらく俯いていた。

「優翔」

「ん?」

「2通目には……何が書いてた?」

「簡単だった」

 優翔はクスッと笑って2通目を取り出した。

「どういうことだよ」

「2009年12月24日午後5時。あの火の見櫓で皆に1通目に書いてあることを、伝えてってね」

 夏樹はその意図をしっかりと汲み取っていた。優翔はそれをわかりつつも、あえて言葉にして言った。

「お前を……夏樹を解放しようとしたんだろうな」

「だろうな」

 夏樹の目から涙が一粒こぼれ落ちた。夏樹のハンカチでちひろがそれを拭う。

「ありがと」

「ううん」

 夏樹は手で頬についた涙の跡を拭いてちひろに尋ねた。

「ちぃ、お前の手紙には何が書いてた?」

「私には……」

 ちひろは簡単に手紙の内容を伝えた。ちひろが夏樹のことを好きなのを知っていながら、明日香が夏樹と付き合ったことを詫びる内容だった。

「ホント……気を遣いすぎるくらい、優しかったよね」

「あぁ……ホントにな」

 再び沈黙が続く。

「飯沼。お前の手紙は?」

「私は……」

 その内容は水穂、優翔、ちひろ3人に宛てたものとも言える内容だった。明日香が生きていようといまいと、3人で夏樹を支えてやってほしいと。それは暗にいないことを前提としているような言い回しではあったが、必ずそうしてほしいと、強い訴えであった。

「アイツ……いっつも俺のことばっか気にして、自分のこと後回しだよな」

「そうそう。あのさ、私、朝倉くんと一時期お付き合いしたでしょ?」

 水穂が懐かしそうに話を始めた。夏樹が顔を赤くする。

「ちょ、それをいま言うかな!?」

「だって〜! 懐かしくってさ」

「何だよ、気になるな」

「私も! 話して、水穂ちゃん」

「修学旅行の部屋で、朝倉くんが寝てるときに私に朝倉くんを支えてほしいって岡本さん、言ったの!」

「やだぁ! それで水穂ちゃんと朝倉くん、付き合うことになったの?」

 ちひろが真っ赤になって笑う。

「やめろよもぉ〜!」

 夏樹も真っ赤だ。

「でもさ……いま考えると、いつも岡本さんは自分のことを後回しにして、人のことを優先してたよね」

「うん……。俺と付き合ってても、アイツ、いっつも俺のことばっかり心配してた。アイツ、病気のクセしてな」

「ホーントにな……」

 またしても沈黙。すると、水穂が沈黙を破った。

「私にはね、手紙が4通も来たの」

「4通!?」

 全員が驚いた声を上げた。

「そ。4通。私と和田さん、坂上くん、それと、朝倉くん」

「じ、じゃあ……」

「皆の手紙を届けたのは、私なんだ。私の手紙には、『皆に2009年12月24日、手紙を渡してください』って書いてた」

「でも……午後0時から3時の間に着くって書いてたのに!?」

 水穂はクスッと笑った。

「ゴメンゴメン。多分、私が優柔不断なのを明日香ちゃん、覚えてたんだと思う。それで、3時間の猶予をくれたんじゃないかな」

「……そうだったのか」

 夏樹はすべて、謎が解けたかのような感覚になった。

「それで……それしか書いてなかったのか?」

「うぅん。私にお願いがあるって書いてた」

「どんな?」

 水穂はそっと手紙を開いた。

「これは、皆で読まないとダメなんだ」

「……!」

 全員の顔が強ばる。誰もが手紙の字は見える程度の距離で立っていたが、内容まではわからない位置だった。

 手紙の内容は知りたい。けれども、知りたくない、知るのが怖いという気持ちもあった。それが一番強かったのは他でもない、夏樹だ。

 スッとちひろが手紙の前に立った。

「きっと、私たちへの……岡本さんからの最後のメッセージだと思う」

「最後の……」

 優翔が呟いた。

「うん。私は、どんなに厳しい内容でも、受け取るつもりよ」

「……ヨシ」

 優翔がゆっくり、ちひろと水穂の間に入った。

「優翔……」

「夏樹。俺たち、そろそろ前へ行くべきじゃないか?」

「……。」

「確かに、岡本との想い出も大事だと思う。それに、得たものも失ったものもあると思う。でも、いつまでもそれにこだわってるままじゃ……岡本の望むお前じゃなくなるんじゃないのか?」

 明日香の望む俺? それはいったい、どんな俺だろう。

 夏樹はふと、考え込んでしまった。すると、ちひろと水穂が手を差し伸べてきた。

「自分ひとりで見つけられるものじゃないかもしれない」

 ちひろが言う。続いて、水穂。

「人と一緒にいて、知ることだってあると思う」

 最後に、優翔が言った。

「夏樹」

 その一言で、夏樹にはすべてを悟ることができたような気がした。


 そっと、一歩ずつ前へ行く。


 そして――水穂とちひろの間に入り、水穂が持っている手紙の文章へ、目を移した。





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