表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/81

第68話 参列席

「な……つき?」

 優翔もドアの音に驚いて振り向いてみると、夏樹がいたのでようやく来たのかという感じがしていた。しかし、その手にナイフが握られていることに気づき、背筋がゾクッとした。

「夏樹が来たよ、お母さん」

「あら、本当。ここに来るように言って」

 夏樹がスッと歩いてくる。陽乃は呼び止めようとして、その光のない瞳を見てドキッとした。そして、手にはナイフが握られている。

「夏樹……な、にしてんの?」

 由利も夏樹の異常さに気づいて呼び止めようとした。

「夏樹! 何やってるの!?」

「うるさい!」

 バッとナイフを向けた。悲鳴が上がり、参列者が立ち上がって夏樹のところから離れる。

「夏樹! どうしたの!? 落ち着きなさい!」

「うるさい! うるさい!」

 ナイフを振り回すので、とても近づけない。

「来るな! 来るな……近づいたら」

 夏樹が自分の喉元にナイフを突きつけた。

「これで……一度で喉を切ってやる!」

「夏樹……」

 陽乃も恐ろしさのあまり近づけない。前列にいたちひろ、恭輔、騎士、なぎさも固まって動けない。誰もが動けずにいた。

 夏樹は無言で喉にナイフを突きつけたまま、明日香がいるところに移動する。

「どいてください」

 お坊さんに夏樹は冷静に言った。しかし、お坊さんは動こうとしない。

「どうしたんだい。そんなものを持って」

「どいてください」

「理由を聞かないと、どけないな」

「……。」

「君は……ナツキくんは明日香さんのお友達かい?」

「……。」

「教えてくれないかな」

 夏樹は自然と口を開いていた。

「俺にとって……明日香は、大切な人です」

「そうか……。それで、ナツキくんは明日香さんの傍に少しでもいよう。そう思って……こんなことをするのかい?」

 夏樹は小さくうなずいた。それから一呼吸置いて、続ける。

「俺のせいで……明日香は死んじゃったんだ」

「どうしてそう思うんだい?」

「だって! だって、俺が勝手に明日香を病院から連れ出して、ヒドい目に合わせて、会えなくなっちゃって……知ってるんだ、俺。明日香にコッソリ会いに行こうとしたことがあって、おばさんがいたからやめたときの、明日香の顔! 寂しそうで、弾けそうで……今すぐどこかに行きたい! そんな顔してた!」

「どうしてそんなだとわかるんだい?」

「俺、イジメ受けてたとき独りきりだった気がした! 同じ顔してる……寂しくて、辛くて、誰かと一緒にいたいのにいられない! おかしくなりそうで……明日香、そんな顔してた……」

「それで?」

 お坊さんは冷静に続ける。夏樹は涙を流しながら話し続ける。

「それからしばらくしたら……明日香……手首切って……」

「……それがナツキくんのせいだと、ナツキくんは思うんだね?」

「うん……。だから、俺……明日香と並んでずっと……隣にいてあげたい」

「……ナツキくん」

 お坊さんはそっと、ナイフを右手に握り締めた夏樹に近づこうとする。

「来るな!」

「……不殺生戒」

「え……?」

「私たちの世界には、五戒というのがあってね。中学生には難しいかもしれないけれども、不殺生戒(ふせっしょうかい)不偸盗戒(ふちゅうとうかい)不邪姪戒(ふじゃいんかい)不妄語戒(ふもうごかい)不飲酒戒(ふおんじゅかい)というのがある。特にね、不殺生戒は一番やってはいけないんだ」

「……。」

「不殺生戒っていうのは、生きものを殺してはならないという意味なんだ」

「……俺、ゴキブリくらいしか殺したことないけど?」

「それもダメだ。ゴキブリだって一所懸命生きているんだ。姿かたちは気持ち悪いかもしれないけれど、それは人間の価値観であって、ゴキブリの価値観ではないだろう?」

「……。」

 屁理屈だ。夏樹はそう思った。

「それと、俺が明日香のところへ行こうとするのとどう関係があるんですか?」

「夏樹くんだって、生きものじゃないのかい?」

「……。」

「夏樹くんは今、自分で自分を殺そうとしているんだ」

「……。」

「誰かが、望んだのかい?」

「俺が望んでる」

「君だけかい?」

「多分……そうだろうと思う」

「そうなんだね……。じゃあ、明日香さんは、そんなことを望んでいるのかい?」

「……!」

 夏樹の目の前に飾られた明日香の写真が、そっと微笑んだように見えた。カシャァン、と音を立ててナイフが落ちる。それから崩れ落ちるように、夏樹が座り込んだ。

「うっ……うあ……ああああ〜……あああああ……!」

 夏樹の泣き声が斎場中に響き渡る。すると、真っ先に玲子が近寄ってきた。

「夏樹くん」

「ウグッ……うぅ……ゴメンなさい……おばさん……俺……」

 玲子はポケットから一枚の分厚い紙を取り出した。

「これ……明日香からの手紙なの」

「え……!?」

「あなた宛に……。もちろん、あたしたち家族にも丁寧に宛てられていたの。でもね、あなたが一番長かった」

「……そうなんですか?」

「えぇ……あの子、病気になってからずっと寂しかったみたい。でもね、夏樹くんに会えることだけが、糧になってたみたいなの」

「……。」

「でもね、こないだの件で……けっこう悩んだみたい。これはね……きっとあの子、死ぬ直前に書いたのよ」

「どうしてわかるんですか?」

「……とにかく読んで。読んでくれたらわかるの」

「……わかりました」

 夏樹は手紙を受け取り、そっと1枚目から読み始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ