第67話 送別席
「……夏樹。入るよ」
陽乃がノックをして部屋に入ってきた。陽乃は夏樹の姿を探すが、見当たらない。
「夏樹?」
「……。」
部屋の隅で毛布を被ってジッとしている夏樹が、静かに動いた。
「いるんじゃない……。ねぇ、12時からよ」
「……。」
「行かないつもり?」
「……。」
「聞いてるの?」
「聞いてる」
「どうするの?」
「……行かないよ」
夏樹は毛布の中にくるまったまま、答えた。
「なんでよ?」
「明日香……いるもん」
「……。」
「明日香……いるもん」
「夏樹……」
陽乃がそっと、毛布越しに夏樹を抱きしめた。
「夏樹。気持ちはわか……るよ」
陽乃も涙で声が思うように出ない。それでも、必死に振り絞って続けた。
「でもね……もう……」
「嫌だ! 嫌だ! 聞きたくない!」
「夏樹ッ!」
「やだ……いるもん、いるもん!」
「夏樹……」
下から由利の声が聞こえる。
「陽乃、夏樹。そろそろ行くわよ」
「わかった……」
「聞こえた〜?」
「わかった! すぐ行く!」
陽乃は少し怒鳴り気味の声で答えた。
「本当に……行かないのね?」
「行かない!」
「……わかった」
陽乃は静かに夏樹の部屋のドアを閉めた。夏樹の部屋に静寂が戻る。
「夏樹は?」
「行かない……って」
「そう……」
由利もそれ以上追及はしなかった。夏樹の耳に、バタン、と玄関のドアを閉める音が聞こえた。
「……。」
まだ、3日しか経っていないのだ。あの瞬間は、ちっとも記憶から薄れることなく、まるで映画のワンシーンのようにクッキリと夏樹の目に蘇ってくる。
「明日香! 明日香ぁ!」
夏樹が必死で明日香の名前を呼んでも、青ざめて冷たくなりかけた明日香は笑うことはおろか、応答すらしてくれない。
「明日香!? 明日香!?」
玲子は取り乱しすぎて、もう名前しか呼べずにいた。
「姉ちゃん! 姉ちゃん!」
圭太が泣き喚き、顔中が涙と擦った跡でグシャグシャになっていた。
「冗談でしょ!? 起きなさいよ、明日香!」
花那も普段は冷静なのに、そのかけらも感じさせないほどに取り乱していた。
すぐに緊急手術が行われた。手術室の前に、連絡を聞いて登がやって来た。やがて、由利、陽乃も駆けつけた。水穂、ちひろ、恭輔、優翔もやって来る。夏樹の担任も来た。明日香の担任でもあるからだ。いちおうは顔見知りであった未華乃、未咲の二人もやって来た。陽乃が連絡したらしい。
明日香が発見されたのは放課後の時間帯にあたる、午後4時45分のこと。既に日は沈み、午後7時40分になっても明日香は出てこなかった。それでも、誰一人帰ることなく手術室の前で待ち続けた。
午後8時ちょうどだった。
「先生!」
暗い顔をした医者が出てきた。全員が立ち上がり、医者の口から出てくる言葉を待った。
「岡本さん……ですね」
「はい……」
「娘の明日香さんですが……」
夏樹の耳に、信じられない言葉が入ってきた。
「午後7時58分に、お亡くなりになりました」
「いやあああああああ〜!」
玲子の悲鳴が院内に響く。
「明日香ぁ! ウソよ! 明日香、明日香ぁ……あああ……」
花那の泣き声が響く。すぐに圭太が「ワァァ〜!」と登に抱きついて泣き始めた。陽乃、由利、優翔、ちひろ、恭輔――。全員が涙を流しているのに、夏樹だけ、別の世界にいるような、フワフワ浮いた感じがしていた。
「あ……!」
夏樹の視界が暗くなった。陽乃が「夏樹!」と声をかけたのを最後に、記憶はない。
そして、いつのまにか通夜の日になっていた。それまで、何をして何を食べていたのか、まったく記憶にない。
もし、自分が10日前ほどに明日香を連れ出さなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。そんな考えがグルグル、頭を巡る。
「俺の……せい?」
夏樹の頭が何かで殴られたかのように強く痛み出した。
「そうだ……俺のせいだ」
まるで何かに取り憑かれたかのように夏樹はフラフラと外へ歩き出した。靴も履かず、ドアに鍵も掛けずに、夏樹はそこへ向かった。
陽乃と由利が式場へ着いたときには、雨が降り始めていた。香典を納め、着席する。立派な花に囲まれて――明日香の写真が飾ってあった。
明日香が大好きだった曲が流れている。優翔たちクラスメイトの姿もあった。
「あの……」
後ろを振り返ると、速水という少年と片岡という少女がいた。夏樹の新しい友達だと聞かされている。
「朝倉くんは?」
「今日は……体調が悪くて」
「そう……ですか」
なぎさが残念そうに俯いた。
「また、お見舞い行ってもいいですか?」
騎士が恐る恐る聞く。
「もちろん。いつでも来てあげて。あの子、喜ぶわ」
「はい。失礼します」
明日香のクラスメイトだろうか。葉島中学校の制服姿が多く目に入る。
やがて、時間ちょうどに式が始まった。お経が続く。やがて、焼香の時間になった。順々に焼香を済ませ、最後の参列者が焼香を済ませると同時に、バァン!と音がして斎場の扉が開いた。
「……!」
「な……つきくん?」
水穂が一番入口に近い席にいた。水穂の目に映った夏樹の手には――果物ナイフが握られていた。




