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第63話 談話室の席

「ゴメンな……急にあんなシーンのとこ連れて行ったりして」

 夏樹は寂しそうな笑顔を浮かべて騎士となぎさに謝罪した。

「ううん。俺たちが強引に夏樹に頼んだりするから……俺たちこそ、ゴメン」

「速水たちは何も知らないんだから、謝る必要なんてないよ」

「……。」

 それっきり、全員が黙り込んでしまった。明日香の部屋から怒号がしばらく聞こえていたが、やがて静かになった。

「夏樹……」

 騎士は一番聞きづらいことをあえて聞いておきたかった。ここまで踏み込んだ以上、騎士にも覚悟はできている。

「何?」

「今からの質問に、ウソ偽りなく答えて」

「……何、突然」

「お願い」

「いいけど……内容にもよるよ」

 騎士はガシッと夏樹の肩を掴んで、泣きそうな声を出して言った。

「俺も片岡も、もう岡本さんのことに関して踏み込んでしまったんだ。だったら、彼女の大変さも夏樹の苦しさも受け入れるくらいの覚悟はできてるよ」

「……それ、中1のセリフにしてはカッコよすぎ」

「へへ……まぁ、テレビの受け売りだよ」

「……ゴメン。もう少し、考えさせて」

 夏樹は買ってきて汗をかき始めたジュースに手を伸ばした。半分くらい飲み干してから、夏樹は息を吸い込んだ。

「多分、きっかけは小さなことだった」

「え?」

「本当に、本当に小さなこと。小学校の修学旅行のとき、俺は途中で抜け出して、明日香に会いに行った」

 騎士となぎさは息を呑んで夏樹の話に耳を傾ける。夏樹は淡々と続けた。

「会って……俺と明日香で大事にしてる『二人きりの座席(ばしょ)』で再会したんだ。本当に嬉しかった。でも……俺、そのとき明日香に『ちょっとふっくらしたね』って言った。俺もそんな本気とかじゃなくって。家族の人も気づいてなかったけど、そこから明日香どんどん食べなくなって。食べても吐いたりしてたみたいで……」

「それって……拒食症?」

 なぎさが呟いた。夏樹は小さくうなずいた。

「拒食症って?」

「自分が太っているって思って、食べなくなったりして極端に痩せる……病気だよね?」

「病気……」

「うん。片岡の言うとおり」

「でも、それが夏樹のせいってわけじゃないんじゃないの?」

 騎士がなんとか夏樹に元気を出させようとしてくれているのが、夏樹自身に伝わってきて思わず涙が出そうになった。

「そうよ! 朝倉くんの考えすぎじゃ……」

「そうだったらいいけどね」

 夏樹は冷たい声で返した。

「どういうこと?」

「俺、明日香に直接言われた」

「……何を?」

 聞くのが怖いと思いつつ、騎士はあえて聞き返した。

「『なっちゃんのために痩せようとしてるのに』ってさ……」



 〜1週間前〜


「明日香……食べないの?」

 明日香の目の前には昼食が置かれたまま。今日の昼食は温かいシチューとご飯。それにリンゴ半分。明日香は食べることを制限しないといけない病気ではないため、通常の患者より食事は多めに準備されている。

「食べない」

「でも、食べないと元気にならないじゃん?」

 明日香は目の前に並んでいた皿を左手で一気に吹き飛ばした。シチューが床に飛び散り、皿が音を立てて転がる。

「誰のせいでこんなに辛い思いしてるかわかってる!?」

 明日香がすごい形相で夏樹を睨みつけた。

「え……?」

「何もわかってない!」

 バァン!と音を立ててお盆を机に叩きつけて明日香は怒り出した。

「なっちゃんが秋田から修学旅行で七海に私に会いに来たとき、なっちゃんは『少しふっくらしたね』って言った!」

「あ……」

 夏樹はそれを思い出した。しかし、夏樹は別段それを気にはしていなかった。

「私はきっと太ってる! そう思って頑張って痩せようとしたの! で、頑張って痩せだしたら周りはみんな食べろ、食べろって言う! 私はなっちゃんのために頑張ってるの! なっちゃんのために痩せようとしてるのに! それなのに何!? なっちゃんまで食べろって! 知ってるんだから私。お医者さん、私のこと病気だって。私は病気じゃない! 普通なの。そうでしょ? 普通の女の子なの!」

 夏樹は自分の言ったことがここまで明日香を苦しめていると知り、体の震えが止まらなかった。

「仮に私が病気だったとしたらそれは誰のせいなの? 誰? 誰のせい!?」

 夏樹は自然と涙がこぼれ落ちた。しかし、それを見た明日香はますます激情し始めた。

「泣かないでよ! 泣きたいのは私よ! 誰のせいって!? 決まってるじゃない、なっちゃん! アンタのせい! アンタがあんなこと言うから、私はおかしい子みたいな扱いされるんだ! アンタのせいだ!」

 明日香は夏樹に向かってお盆を思い切り投げつけた。鈍い音を立てて、夏樹の華奢な胸にお盆が直撃した。

「グッ……!」

 激痛が走り、顔を歪める夏樹を見ても明日香は平然としたままだった。

「帰って……帰って!」

 夏樹は涙を流し、痛みを堪えながら病室を出た。ドアを閉めてからヘタリと座り込み、嗚咽ばかりが漏れた。



「だからっ……明日香が病気なのは……俺のせいなんだ」

 騎士もなぎさも言い返せなかった。何も言えない自分たちがあまりにも無力で、悔しいだけだった。

「ゴメン……。こんな話されても困るよな」

 夏樹は立ち上がって半分残ったジュースを一気飲みした。

「そろそろ二人は帰りなよ」

「え……でも……」

「明日香、今日はあんな状態だし。もっと落ち着いたらもう一回見舞いに来てやって」

「でも……」

 何かを言おうとして、なぎさが騎士の手を引いた。

「そうだね。じゃあ、また私たち来るよ」

「うん……ありがとな。速水。片岡」

「じゃあね」

 なぎさは強引に騎士の手を引いて談話室を出た。

「なんであんな強引に……」

「速水くん。今日のことは誰にも言わないでおこう?」

「え?」

「きっと、朝倉くん……本当はもっと辛いと思う。でも、私たちにも頼らず自分で解決しようとしてる。あれは、朝倉くん自身がすっごく悩んでると思うの」

「……それはわかるけど」

「どうしてもダメになって、誰かを頼りたい。そうなったとき、私たちが手を貸してあげよう」

「……。」

「ね?」

「……わかった」

 少々不本意だったが、渋々騎士は納得して二人は家路に着いた。

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