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第61話 語り合いの席

「ちょっと、ふっくらしたね」


「……ンッ……!」

 夏樹が目を覚ますと、見慣れない天井が映った。

「あれ……?」

 まったく見覚えがない。しかし、フカフカの布団に白いシーツ、白い壁。ナースコールもある。どうやら病院のようだ。

「ちぃ?」

 ちひろの持っていたカバンが椅子に置いてあった。けれども、ちひろの姿はない。恭輔もいたことを思い出すが、もちろんその姿もない。

「俺、どうしたんだろ」

 頭を押さえながら立ち上がる。周りのベッドにも患者さんがいたりする様子はない。そっと引き戸を開けると、一気に雑踏が聞こえてきた。名前を呼ぶ館内放送、咳き込む人の声、談話室で話す人の声。

「ちぃ? 嘉村?」

 フラフラとおぼつかない足で歩きながら、夏樹は入口のほうへ向かった。夏樹が最初の曲がり角を曲がったところで、後ろから恭輔とちひろが入れ違いで帰ってきた。

「ご両親には連絡ついた?」

 恭輔が飲み物を抱えながらちひろに聞く。

「うん。ご無沙汰だけど、おばさんがいたから連絡ついた。すぐに向かうって言ってくれたよ」

「怒ってなかったか?」

「全然。むしろ、すっごい心配してた」

「そうなのか?」

「うん……。この時期になると、いつもなんか様子がおかしいんだって」

「そっか……。アイツ、まだ自分が言ったこと引きずってるのかな」

「どうだろう。でも、あの一言が直接明日香に影響したとは思えないな」

「俺も思うけど……でも、明日香がもう……なぁ」

「明日香がハッキリそう言ったことは一度もなかったよ。それは、断言できる」

「知ってるよ。優翔に後で聞いたから」

「そろそろやめとこう」

「そうだな」

 病室に近づいたところで二人はこの話を切り上げた。ちひろが元気いっぱい引き戸を引いた。

「朝倉くーん! ジュース買って……」

 ベッドがもぬけの殻になっていた。

「どこ行ったんだよ」

 恭輔が慌ててジュースを置いて辺りを見渡す。しかし、夏樹の姿はない。

「和田! お前玄関のほう行って! 俺、裏口のほう見てくる!」

「わかった!」

 二人は廊下を走り出した。

「なぁんか来た覚えあるんだけどなぁ……」

 夏樹は玄関のあたりをウロウロしていた。雰囲気はまったく違うが、間取りなどがかつて来たことのある場所によく似ている。

「気のせいかなぁ」

 すると後ろから看護師さんが声をかけてきた。

「あれ? 朝倉くん?」

 振り返ると、見覚えのある人が立っていた。

「三浦さん!」

 夏樹が倒れたときにいろいろとしてくれた、()(うら)理恵子(りえこ)看護師だった。

「あらららー! 久しぶりねぇ。どう? 元気にしてるの?」

「まぁ……それなりに」

「そう! いま何歳?」

「もう18で、大学受験控えてます」

「あら! そうだそうだ、ウチの子と同い年だったね。どこの高校?」

「七海高校です」

「えー! ウチの子と同じ高校じゃないの」

 理恵子は目を丸くしてかなり喜んだ表情になった。夏樹も心当たりがある。

「ひょっとして、()(うら)(さと)()くんですか?」

「そうよそう! あらぁ、もうウチの子全然学校の話なんてしないもんだから……知らなかったわぁ」

 その後しばらく、理恵子と夏樹は時間が経つのも忘れて会話を続けた。

「そう……。もうすぐなのね」

「毎年この時期になるとけっこう辛くて……」

「でも、彼女は別段あなたのせいでどうこうっていうわけじゃなかったんじゃ?」

「違うんです。俺が……俺が明日香を……」

 夏樹の様子が明らかに変化したのを、理恵子は察知したようだった。

「落ち着いて。誰もあなたのせいだなんて言ってないんでしょう?」

「でも……でも、俺があの時あんなこと言わなかったら」

「考えすぎよ。誰かあなたを責めた?」

 夏樹は首を横に振った。理恵子が肩に手を置く。

「そうでしょう? それなのに、なんでそういう風に考えるの?」

「わかんない……。こうでもしないとなんか……怒りとか悔しさとか持っていきようがなくって」

「……あなた一人で抱え込んでちゃダメよ」

「こんなこと誰にも言えない」

「本当に? 今日、あなたを助けてくれたお友達は?」

 恭輔とちひろの顔が蘇る。一瞬、小学校のときの顔が浮かんだが、すぐにその記憶をかき消して今の顔を浮かべた。同じ人物とは思えないくらい、二人とも優しくなった。それは、あの事件があったからこそだろう。

「今なら、信用できそうかな」

「それなら、少しずつでも本当のことを吐露しなさい」

「……そんなことで解決できる?」

「そう簡単じゃないの。でも、溜め込んでいたらきっといつか……」

 理恵子は少し間を開けて言った。

「あなたがダメになってしまう」

 理恵子が真剣な顔で諭した。ここまで自分を思ってくれる人がたくさんいるのに、なぜ自分はいつまでも一人で抱え込んでいるのだろう。そんな気持ちで胸が締め付けられそうになった。

「俺……二回ダメになったんです」

「そう……」

 理恵子は追及しなかったが、夏樹は静かに語り始めた。

「一回目は小学校のとき。二回目は……二回目……はっ……」

「やめよう。もう思い出す必要はないわ。落ち着いて」

 しかし、既に遅かったようで呼吸が荒くなる。

「朝倉くん。落ち着いて、ゆっくり呼吸して」

「ゼェ……ゼェ……ハァ、ハッハァッハッハッ……ゲホッ、ゲホゲホ!」

「朝倉くん! ちょっと、中島先生! 先生!」

 意識が遠のく。中島医師の顔が見えた。

「先生……ひさ……し、ぶ、り」

「……! ……!」

 何か声が聞こえる。しかし、次第に何も聞こえなくなって、視界が真っ暗になった。



「……! 朝……。……なさい、朝倉!」

「え?」

 目を覚ますと、先生がものさしで夏樹の頭を軽く何度も叩いていた。

「ふえ? 夢?」

「夢じゃない! まったく、1時間目から寝るとはどういうつもりだ?」

「え? え?」

 夏樹はいったいどうなったのかわけがわからない。

「あれ? いま……ここ、どこ?」

「何を言ってるんだ! ここは葉島中学校1年1組の教室。今は数学の時間だ!」

「……す、すいません」

 ドッと笑い声が起こった。夏樹は真っ赤になって起き上がり、シャーペンを手にした。

 2004年4月19日(月)。朝倉夏樹は、中学1年生になった。

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