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第4話 離席

「まもなく、東京、東京です。お忘れ物のないようにご注意ください。お乗り換えは……」

 機械だが、車内アナウンスの女性の声が聞こえてくる。その声を聞いて居眠りしていた夏樹や明日香の両親も目を覚ました。

 その頃にはキッチリ自分たちの席に戻った夏樹たちは、さもいま起きたかのような素振りを見せて父母たちと同じように伸びをして見せた。

 それを見た陽乃と花那がクスクスと笑った。

「なっちゃん……ひょっとしてお姉ちゃんたちにバレたかな?」

「いや……バレないように行ったから問題はなかった……はず」

 そう言って恐る恐るもう一度陽乃たちのほうを見ると、なぜかブイサインをもらった。

「バレてたみたいだね」

 明日香がクスッと笑う。

「さすが姉ちゃんたち」

 夏樹もつられて笑った。


 東京駅で下車すると、思ったよりホームに人がいたので歩きにくかった。

「岡本さんは、どちらにお住まいなの?」

 由利の質問に夏樹は心の中でガッツポーズを取っていた。

(母さん! その質問、ナイス!)

「あぁ、私たちは……」

(どこどこ? 早く早くおばさん!)

「フェーックショイ!!」

 肝心なところで、隣で陽乃がでかいクシャミをしたのでまったく聞こえなかった。

「姉ちゃん……」

 夏樹が呆れた表情で陽乃を見つめると、陽乃はティッシュで鼻をかみながら「なに?」と振り向いた。

「……なんでもない。ただ、そんなクシャミじゃ男にモテないよ」

 夏樹の的を射た一言に陽乃は「生意気!」と軽くデコピンを喰らわせた。

「だってホントのことじゃん!」

「レディに対して言っていいことと悪いことがあるでしょ」

「ふん。レディなんて程遠いくせに」

 ふと見ると、花那と明日香がクスクスと笑っている。途端に顔が真っ赤になった。

「おやぁ? 夏樹くん。お顔が真っ赤」

 陽乃がグイグイと肩を押してきた。さっきの食堂車の件にしろ、今回にしろ、普段は全然鋭くない陽乃がこんなときに限って目ざとくいろいろ見てくる。

「そんなことないし」

 夏樹はムスッとした顔を浮かべたが、明日香と目が合うと自然と頬が緩んだ。


 新幹線の改札を出る。明日香と一緒に歩くことができるのはどのあたりまでなのだろうか。自然と由利と玲子の会話に耳が行ってしまう。さっきから恐らくは自分たちの住んでいる場所の話で盛り上がっているのだ。

「あら、それじゃあ……ですね」

 玲子が嬉しそうに由利と話をしている。

「そうね〜、残念だわ。でも同じ……ですし、案外……ですからね」

 自分の身長があまり高くないのが恨まれる。肝心な部分が本当に聞こえない。雑踏にまぎれてしまうというのも理由ではあるけれど、もう少し背が高ければそれなりに聞こえているのかもしれない。

「あら! そうでしたの? じゃあ夏樹と明日香ちゃんって同い年なのね。どおりで話も合うはずよね」

 そんな百も承知なところだけハッキリ聞こえたってちっとも嬉しくない。夏樹はブゥッと頬を膨らませた。

「なっちゃん?」

「わっ!」

 急に明日香が顔を覗き込ませてきたので思わず声を上げてしまった。

「ご、ごめん。なんか機嫌悪そうだから、どうしたのかなって思って……」

 君が住んでいるところが気になって仕方がないから、なんて言えるはずもなく。夏樹は不自然にならないように笑顔を作って答えた。

「なんでもないよ。ちょっと人が多くてやだな〜って思ってるだけ」

 ごまかした。

 なんで自分が「どこに住んでるの?」などという簡単な質問をぶつけることができないのか、そんな不甲斐なさにまた腹が立ってくる。さっきから夏樹はそんなことを考えてばかりの堂々巡りを続けていた。

「明日香! いつまで夏樹くんにひっついて行くの?」

 二人がハッと気づくと、岡本家は在来線の改札口のほうへ向かっていた。


 夏樹たちは――小田急電鉄に乗って帰る。


(ここまでか……)


 あからさまに夏樹がため息をついた。

「なっちゃん!」

 明日香がポンッと肩を叩いた。

「私、今日なっちゃんと帰ることできてとっても楽しかったよ!」

「う……ん」

「なっちゃんは?」

 明日香が不安そうに聞いた。夏樹はごくごく自然に笑顔がこぼれてきた。

「俺も」

 一瞬、雑踏も何もかも消えたかのような静寂が二人を包み込んだような気がした。

 

 夏樹の声だけが聞こえる。


「俺も、今日が終わるのがもったいないくらい、楽しかった」


 すぐに雑踏が帰ってきた。

「また、秋田行けば会えるかもね」

「うん……。そうだな」

 陽乃が「夏樹〜! 多摩急行が出ちゃうから急いで!」と呼ぶ声が聞こえた。

「それじゃ」

 夏樹が小さく手を振った。

「うん」

 明日香もテクテクと家族のほうへ歩き出した。

 

 同時に振り向いて、同時に言葉をぶつけた。



「またね!」

「またな!」

 

 それを見た両方の家族が大きく笑い出した。さすがにこれには明日香も夏樹も恥ずかしくて顔を伏せてしまった。


 明日香が改札を通ったとき。もう一度夏樹は振り向いた。しかし、あまり背の高くない夏樹に身長が大して変わらない明日香の姿は確認できなかった。

楽しい時間はあっという間に過ぎる。それまで当たり前だったことが、急に当たり前でなくなる。夏樹は少し、その寂しさを知った瞬間だったのかも。

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