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第56話 話し合いの席

「はい……はい……」

 夏も近づいた7月1日(火)。学校から夏樹が奏七太たちと帰ると、深刻な様子で珠子が電話で話をしている。

「あ、いま夏樹くん帰ったけど……」

「?」

 夏樹がポカンとした様子で珠子と目を合わせた。

「どうする? 代わろうか?」

 えぇ、えぇと何度も答える珠子。何度も夏樹に目配せする。

「なんだろか」

 奏七太が不思議そうに首をかしげた。樹音が先に部屋に入り、メモで「誰?」と書いて珠子に見せた。珠子は面倒そうに樹音を追い払い、話を続ける。

 追い払われた樹音は不服そうに夏樹たちの元へ戻った。

「オトナの話じゃない?」

 オトナ、という言葉に少しトゲがあるような気が夏樹はした。しかし、最近樹音は夏樹に対してそこまでトゲを見せなくなっていた。夏樹の言葉をキッカケに、拓弥と親しくなれたからかどうかは、夏樹も知らずにいた。

「おっす。どした?」

 すぐに現れたのは拓弥、早苗、勇人の3人。

「あれ? 花音は?」

 奏七太が姿の見えない花音を探す。

「今日は留守番だって」

 早苗がつまらなさそうに答えた。

「なぁんじゃ。今日は皆で裏山散策しよっ言うてたのに」

 奏七太はブゥッと頬を膨らませた。そうこうしていると突然珠子が「夏樹くん、ちょっと代わろうか」と電話口へ呼んだ。

「え……あの、誰ですか?」

「……。」

 珠子は少し言いづらそうな顔をしてから、しかしハッキリと言った。

「お母さん」

「――ッ!」

 夏樹の顔が明らかに動揺したのが、誰から見てもわかった。

 脳裏に、転校寸前の状態の頃が思い出された。


 ――出て行け! 今すぐ出て行け! もう顔も見たくない! 出てけ、出てけ、出てけ!


 ――いらない! 姉ちゃんだけでいい! 父さんも母さんもだいっきらいだ!


 ――こんな家……絶対帰らない!


「夏樹くん……」

 珠子が受話器を握ったまま夏樹を見つめていた。奏七太たちも雰囲気を察知したのか、言葉を発さない。

 夏樹はそっと部屋に上がり、受話器をそっと取った。

「……夏樹?」

 懐かしい声だった。毎日、当たり前のように聞いていた、母親の声。

「……。」

 夏樹の頬に、涙が一筋こぼれ落ちた。

「ナツ……」

 勇人や早苗が初めて見る夏樹の姿だった。

「ただいま〜」

 電話口の向こうから、最近聞いた声が聞こえた。

「も〜! 今日の体育ちょ〜しんどかったんだけど。あれ? お母さん、電話?」

 陽乃の声だった。ついこの間聴いたばかりだったのに、妙に懐かしい。さらに夏樹の目から涙が次々と溢れる。

「夏樹? 聞こえる?」

 由利の優しい声。夏樹が転校するときの話し合いのときのようなきつい口調ではなかった。心から心配してくれている、そういう声だった。

「あ……」

 次の言葉が出てこない。夏樹はどうしようか迷った挙句、勢いで受話器を置いてしまった。チーン!という音が響き渡る。

「夏樹くん!?」

 いたたまれなくなった夏樹は、そのまま2階へ上がっていってしまった。

「……おばさん、俺行ってきていい?」

 そう言って靴を脱いだのは、拓弥だった。拓弥は珠子の返事か来ないうちに2階へ上がり、夏樹と奏七太の部屋の前に立ってノックをした。

「ナツ?」

 返事はない。その代わり、グスッグスッと鼻をすする音が聞こえてくる。

「入るぞ」

 断る素振りもないので、拓弥はためらいなく入った。グスグスと泣いてばかりいる夏樹。奏七太の勉強机の椅子に座る。ギィッと音を立てた。さすがに6年も経つと古くなってくるようだ。

「ナツ。なんで電話切った?」

 単刀直入。体育会系の拓弥に遠慮などない。

「……。」

 答えようとしない夏樹。しかし、拓弥の中で答えは出ていた。

「お前……神奈川に……七海に帰りたいんじゃないのか?」

「……。」

「ナツ! 答えろって」

 夏樹は声を発さず、ただ小さくうなずいた。

「なら、なんで電話切るんだよ」

「……。」

 夏樹は再び答えを返さなくなってしまった。拓弥は答えが返ってくるまで、ひらすら待ち続けることにした。

 待つこと10分。突然、夏樹が話し始めた。

「なんで……」

「え?」

「なんで、大切な人は、一人じゃないんだろう……」

「ナツ……」

 夏樹は立ち上がり、窓を開けた。ムァッとした暑さが夕暮れ時になったからか、だいぶと引いていたようだった。

「俺……ホントは早く戻りたかった。母さんに、姉ちゃん。友達。それに……明日香に会いたい」

 夏樹の本音だった。

「でも、拓弥も勇人も、奏七太も樹音も花音も……早苗もおばさんも……みんな大好きなんだ」

「うん……わかるよ。俺も、お前が大好きだ」

 夏樹がそこでギョッとした顔をした。

「あ、そういう意味じゃないぜ」

 クスッと笑う拓弥。こういうイタズラっぽいところがあるのも拓弥らしく、夏樹も変な意味でなく友達として、好きだ。

「でも、やっぱさ。大切な人はホント、一人じゃないんだよ」

「……。」

「残念だけどな」

 ひぐらしの鳴き声が聞こえた。

「夏樹……ホントは、どうなんだ?」

「俺……俺……」

 拓弥がそっと夏樹の頭を撫でた。今までで、夏樹が一番自分に正直になった瞬間だった。


「俺……七海に帰りたい」


「そっ……か」

 覚悟していたとはいえ、拓弥も少なからず動揺した。その目から、涙がこぼれ落ちそうになったが、拓弥はグッと堪えた。

 階段を降りてきてすぐ、夏樹は自宅へ電話をかけた。拓弥は勇人たちへ外に出ようと促し、みんなも雰囲気を察知して出て行った。

 コール音が鳴る。緊張感は相変わらずだが、さっきよりマシになった。

「もしもし!」

 すぐに由利が出てくれた。この様子からすると、ずっと電話を待っていたのだろう。

「お母さん……」

「うん……久しぶりね」

「あのね……俺……」

「なに?」


 ――ホントは、どうなんだ?


 拓弥の一言が蘇る。それに答えるように、夏樹は一言一言、ハッキリと言い切った。

「俺……七海に帰りたい」

 夏樹が大きく、一歩だけだが、前進した瞬間だった。

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