第53話 二人用の席
昼休み。勇人や奏七太は少し疲れたのか、木陰でおにぎりを食べた後はずっと居眠りをしている。樹音は夏樹の一言が背中を押したのか、さっきからずっと拓弥と少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに話をしている。
ふと靖治を見ると、一人落ち着かない様子で辺りを見渡していた。
「……?」
不思議に思った夏樹は靖治の元へ駆けていく。
「先生?」
「おっと!」
靖治は驚いた様子で振り向いた。ますます怪しい。
「どうしたんですか、さっきからキョロキョロして」
「いや……ちょっとな」
「俺たちに言えないようなことですか?」
「んー、まぁな。大人の事情だ」
「ズルいなぁ……大人って」
夏樹はプゥッと頬を膨らませた。
「まぁそうプリプリするな。それより、お前修学旅行のときにご家族に会ってどうだった?」
「え?」
「会えたんだろう?」
あの抜け出して明日香に会いに行った日、靖治や勇人たち同級生には家族に会いに行ったという設定にしていたのを危うく忘れるところだった。
「お姉ちゃんに……一番会いたかったから」
「……やっぱりそうか」
靖治がそう呟くと同時に、彼の携帯電話が鳴った。
「もしもし?」
靖治は出た途端、嬉しそうな声になった。
「そうですか! 着きましたか。場所はわかりますか? えぇ……そうです、そうです。じゃあ、お気をつけて来てくださいね」
電話を切った靖治に夏樹はすぐ疑問をぶつけた。
「先生、誰か来るんですか?」
「あぁ、強力な助っ人だぞ。とりあえず、戻ってご飯を食べてなさい」
「はぁ〜い」
夏樹は渋々戻って中途半端に食べたおにぎりを再び口にし始めた。そしていよいよ最後のおにぎりをかじったすぐ後だった。
「そのおにぎり、何味?」
「えー?」
どこかで聞いた覚えがなくもない声だったが、夏樹は特に気にせず返した。
「これは勇人のおばちゃんお手製の鮭おにぎり」
「へぇ〜! 塩はよくきいてる?」
「そりゃあね。勇人のおばちゃん、手ぇ大きいんだから」
「そうなの? ねぇ、そのハヤトくんのおばちゃんってあの中にいる?」
夏樹は田んぼのあぜ道でガハハハ!と豪快に笑っているおばさんのほうを見て、「あの水玉の頭巾を被ってる人がそうだよ」と言ってから違和感に気づいた。
勇人のおばさんを知らないメンバーはいないはずだった。すると、後ろから話しかけているのは誰なのか。夏樹は不審に思いながら後ろを振り向いた。
「ヨッ、夏樹! 元気?」
そこにいたのは、なんと陽乃だった。
「ね、姉ちゃん!?」
それだけではない。その後ろには陽乃の親友である多部未華乃と志田未咲がいたのだ。
「未咲さん、未華乃さん!」
未華乃がニッコリ笑って手を振った。
「やほー! 夏樹くん、大きくなった?」
「相変わらずイケメンぶりが引き立ってるね」
未咲もかわらず二つくくりのヘアスタイルがよく似合っている。
「3人とも、なんでここに?」
「先生が呼んだんだ」
靖治が夏樹の頭をクシャクシャと撫でながら夏樹の疑問に答えた。
「なんでそんなことしたんですか!?」
夏樹は驚きを隠せない。そんな話、陽乃からも靖治からもまったく聞かされていないからだ。
「田植え、この人数じゃ大変だろう? それに朝倉はお姉さんに随分会いたがっているようだったから」
「え?」
陽乃が少し驚いた表情を見せた。
「ほら、修学旅行のときにお姉さんに会いに行ったんでしょう?」
「……。」
その話は陽乃にも全然していない。それどころか、明日香に会ったことすら知らせていないのだから、陽乃にとってみればまったく訳がわからない話というわけだ。
夏樹の背中に汗が流れる。冷たい、嫌な汗だ。陽乃はしばらく考えて夏樹の目をチラッと見てから答えた。
「そうなんですよー! コイツ、昔からお姉ちゃんっ子で困っちゃうんです」
陽乃の予想外の返答に夏樹は目を丸くした。
(いいから、話合わせてな!)
陽乃の目がそう訴えているように感じたので、夏樹はとりあえず話を合わせておいた。
「えへへ……なんかこんなところまで気遣いしてもらっちゃって申し訳ないです」
夏樹は不自然にならないように気をつけながら答えた。未華乃や未咲もクスクスと笑う。
「それよりお姉さん、後ろの方は……?」
そう呼ばれて初めて出てきた人物を見て、夏樹は顔が真っ赤になった。陽乃がニヤニヤ笑いながら彼女を紹介した。
「あたしの知り合いの、岡本明日香ちゃんっていいます」
「はじめまして。岡本です」
「はぁ〜……こりゃまたカワイイ子が4人も揃ったもんだ」
靖治はごくごく自然にそう言った。すると4人とも真っ赤になってしまった。夏樹は明日香のその反応を見て少し嫉妬してしまった。
ひととおり紹介やら何やらが終わって、陽乃は明日香を夏樹の真隣に座らせた。
「ほらほら、ここは二人の専用席だから座って座って」
「で、でもお姉さん、久しぶりに夏樹くんに会うのに……」
「いいのいいの! あたしなんて会おうと思えばいつでも夏樹に腐るほど会えるんだから」
「腐るって……」
「冗談よ、冗談。それより、ゆっくり話すの久しぶりでしょ? お気遣いなく」
陽乃は笑って走っていってしまった。しばらく沈黙が続く。
「なぁ」
夏樹が声変わりした低めの声で明日香を呼んだ。
「なに?」
明日香が振り向いた瞬間、夏樹がイタズラっぽく頬にキスをした。
「……久しぶり」
「――――!?」
明日香の思考回路が急停止し、何を考えているのか自分でもわからなくなってしまった。気づいたときには、思い切り夏樹の頬をはたいていた。
乾いた音が響き、すぐ後に「痛ってぇ―!」という夏樹の声が山彦しながら消えて行った。