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第49話 小奇麗な席

 おばあさんとは駅前で別れた。お互い、目的こそ同じだったが目的地は違っていた。複数ある場所だから当然といえば当然である。

 狭い路地を抜け、何回も右折と左折を繰り返してようやくたどり着いた。夏樹は門扉を開けて中へ入る。やはりこの時期にこの場所へ来る人など少ないのかもしれない。門扉の横には「柿生北霊園」という看板が立っていた。

 砂利を踏みしめながら中へ入る。冬の霊園は昼間でもひっそりしていて人気がない。高校生が平日のこの時間帯に霊園にいること自体、おかしいので夏樹にしてみれば都合がよかった。場所は覚えている。大きな道を通って突き当りを左へ。そして見えてきたのは――。


「明日香。おひさ」


 「岡本家」と刻まれた墓石の前に、夏樹は座りこんだ。

 まず、柄杓(ひしゃく)に汲んできた水を(すく)って墓石にかける。いつもやっていることだ。冬場で寒くとも、これを欠かしたことはない。

「明日香は汚いのが嫌いだもんな」

 夏樹の部屋の汚さを怒られたこともあった。どっちの部屋も汚い、とプリプリされたものだ。

 ある程度水をかけ終えると今度は線香を点けて供える。手を合わせる。2分ほど黙り込んで、ひたすらに祈る。

「よし! えっとな、今日果物も持ってきた。もうすぐクリスマスだろ? イチゴが出てたから、持ってきた……」

 夏樹はイチゴを供えようとして気づいた。綺麗な花が供えられていることに。それも、まだ供えられたばかりの綺麗な花。よく考えてみれば、墓石自体も綺麗だったことに気づいた。

「……おばさんとおじさんかな」

 しかし、年末商戦のこの時期だ。八百屋を営んでいる明日香の両親が来る余裕はないように思う。店は毎年大繁盛だからだ。

「じゃあ圭太か花菜さんかな……」

 姉弟(きょうだい)の彼らなら納得もいく。しかし、圭太がここまで綺麗にするとは思えない。そうなると、残る可能性は花菜だけだ。

「まぁ……誰にしても、綺麗にしてもらえるのはいいことだよな」

 夏樹は笑ってイチゴを供えた。もう一度手を合わせてから、夏樹は立ち上がって墓石の前を後にした。

「……行った?」

 足音が遠のいたのを確認して、声をかける。

「大丈夫そうだ」

「じゃあ出ようか」

 そう言って顔を出したのは、和田ちひろだった。

「リョーカイ」

 続いて出てきたのは、嘉村恭輔だった。

「まさか急に来るなんて思わなかった」

「ホントにな」

「バレなくてよかったけど」

 ちひろが笑って言う。恭輔も笑って「ホントな」と返した。

 ちひろは中途半端だった花をもう一度生けなおした。恭輔はお茶を入れて供える。それから夏樹の供えたイチゴをお茶の横に移動させて、彼が点けていった線香に便乗して手を合わせる。ちひろが無言で同じようにしていた。

「あ……しまった。ケータイ置いてきたじゃん」

 夏樹は霊園の入口で携帯電話を置き忘れてきたことに気づいて、足早に墓石のところへ戻りたした。

「あれ? 嘉村くん。これ、あなたのケータイ?」

 ちひろはオレンジ色の鮮やかなケータイを恭輔に見せた。

「いいや? お前のじゃねぇの?」

「あたしのじゃないよ」

 ちひろはケータイを開いて心臓がドクン、と鳴ったのを感じた。

「どした?」

 恭輔もディスプレイを覗き込んで、動きを止めた。

 そのディスプレイに映っていたのは、中学の制服を着た夏樹と明日香だった。

「これ……」

 ちひろが声を詰まらせた

「忘れたんじゃ……」

 恭輔がそう呟いた瞬間、後ろで砂利が踏まれる音がした。

 二人が驚いて振り向くと、夏樹も同じように驚いた顔をして立ち尽くしていた。

「……。」

 気まずい空気が流れる。妙に続く沈黙。しかし、それを最初に破ったのは意外にも夏樹だった。

「よぅ」

「……ウス」

 苦笑いしながら恭輔が返す。ちひろは逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。夏樹がちひろと恭輔のところへ無言で近寄ってきた。何か怒られそうな気がして、ちひろは身を縮こまらせた。

「ありがとな、ちぃ」

 夏樹に「ちぃ」と呼ばれるのは、本当に久しぶりだった。それに、ありがとうと言われるのも。

「お前らだろ? 明日香のいるとこ、綺麗にしてくれてたの」

「……。」

「おかしいと思ってたんだ。ご家族がそんなに頻繁にお花を活けに来たり、掃除に来れるほど時間ないもん。それなのに、いつも綺麗な花が咲いて、新鮮なお供え物があって。たまにまだ火が点いたままのお線香もあった」

「……そこまで見てるのか、お前」

 恭輔がため息を漏らした。

「観察眼はあるんでね」


「はい、温かいお茶。うちで入れてきたの」

 ちひろは夏樹と恭輔に紙コップにいれたお茶を渡した。

「ありがと」

 夏樹はニッコリ笑ってお茶を受け取る。ちひろの顔はまだ緊張したままだ。

「……もう口も利いてくれないと思ってたのに」

「え?」

「同窓会でも……ろくに話もできなかったから」

「あぁ……あれは俺もベロンベロンになったってのもあるし」

 夏樹は笑いながら答えた。本当にあれは恥ずかしかった。

「本当はさ、言いたいこといっぱいあったよ。でも……なんだろ。優翔に呼ばれて行ったときに、ちぃと嘉村は本当に辛そうな顔してた」

「あまり会いたくなかったかな……事実。まぁ、朝倉のほうが俺たちに会いたくなかったろうけど」

 恭輔がお茶を飲み干してからやっと口を開いた。

「いや……俺は、みんなに会いたかった……のかな。わかんない」

「……あたしは、会いたかった」

 ちひろが涙をこぼしながら震える声で言い始めた。

「ひどいことしたのに、何にも謝罪しないで。なんとか言おうとしたとき……もう朝倉くんはいなくて。言えなくて。遠足で会ったときにも何も言えなかった。中学で再会したときも、同窓会でも……」

 震えるちひろの頭を、夏樹の手が優しく撫でた。

「もういいよ……」

「でも……でも……」

「ひとつだけ、いい?」

「なに?」

「いつから……こういうことしてたの?」

 ちひろは涙を拭いてから言った。

「明日香がここへ来てから……ずっと」

 夏樹はある程度予想はしていたが、本当にそう言われると驚きのほかなかった。同時に、自然とその言葉が出た。

「本当に……ありがとう」


 夏樹は七海へ戻る電車の中で、恭輔とちひろに挟まれて揺られていた。ここから見える風景も、あの日とはずいぶん変わってしまった。

「お前さ」

 恭輔がおもむろに話し始めた。

「よっぽどだったんだな」

「何が?」

「修学旅行抜け出してまで会いたかったんだな……」

 夏樹の胸が締め付けられる思いがした。

「あたしも見たよ。もう、必死な朝倉くんを……」

(みんなは知らないだけだ。あれで、あれで明日香は……)

「……朝倉?」

 急に夏樹の呼吸が荒くなってきた。

「ゼェ……ゼェ……!」

「朝倉くん? どうしたの!?」

 ちひろの声が頭に響く。息苦しくなり、そのまま倒れてしまった。

「朝倉!」

「朝倉くん!」

「和田! 車掌呼んで来い!」

「わかった!」

「朝倉……! ……倉! 朝……ッ!」

 次第に恭輔の声が遠のく。目の前が暗くなって、そのまま何も聞こえなくなった。

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