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第47話 後部座席

「頭 (いて)ぇ……」

 夏樹はガンガン痛む頭を抑えながら立ち上がった。足元がもつれてうまく歩けない。

「おいおい、酔っ払いがムチャすんなよ」

 優翔は苦笑いしながらよろける夏樹の体を支える。夏樹も苦笑いするが、すぐに頭痛で顔をしかめてしまった。

「好きで酔っ払ったんじゃねぇっつの……(いて)ッ」

「強がってんじゃねーの。で? 今日は何で来た?」

「チャリンコ」

「ダメだそりゃ」

 優翔がプッと吹き出した。

「なんで」

「飲酒運転だろ」

「え? そうなの?」

 水穂が驚いたように聞き返す。

「そうだよ。チャリンコは軽車両。酒飲んで運転したら立派な飲酒運転だ」

「チャリンコくらい平気だよ〜。飲酒運転なんてクソくらえ〜」

 夏樹はおぼつかない足でウロウロする。水穂が慌てて体を支えるが、とても支えきれないようだ。そのまま水穂に抱きつくように倒れてしまった。

「ちょっとー! 重い! 重いよ朝倉くん!」

「んー、飯沼なんかいい香りする〜」

「キャー! ちょっとヤダ! ねぇ、起きてよ起きて!」

「いい香り〜……(いた)っ!」

 夏樹の頭に突然の衝撃。もちろんそれを加えたのは優翔だ。

「セクハラオヤジみたいなことやってんじゃねぇよ」

「んだよ〜。今日の優翔はオレに厳しいな」

 夏樹はプウッと頬を膨らませる。優翔はすぐに着ていた上着を夏樹に被せ、夏樹のカバンを手に持った。

「帰るぞ」

「チャリンコだめなんでしょ〜。オレまだいる〜歩いて帰る〜」

「バカ言うなよ」

「だってもうオレ18歳〜」

 水穂も苦笑いする。酒が入るとどうも夏樹は少しタチが悪くなるらしい。

「そう、18歳。未成年ですね」

 夏樹の動きがピタッと止まる。優翔は寂しそうな顔をして続けた。

「未成年はタバコやお酒は禁止されてるんだよなぁ、法律で」

 水穂がクスッと笑いつつも続ける。

「そうね〜。なのに朝倉くんはお酒今日飲んじゃった。もし歩いて帰って警察の人にバッタリ出くわしたりしたら……」

 優翔がクンクンとワザとらしく夏樹の顔の周りで匂いをかぐ。

「んっ? 君、酒臭いね〜」

 水穂も同じようにクンクンする。

「あらっ、本当〜。君、20歳?」

「あっ、高校生じゃないか」

「ダメねぇ」

「ちょっと署まで来てもらおうか。水沼くん、名前と住所、電話番号を聞いて」

「はい。もしもし? 朝倉夏樹さんのお宅ですか? 実は息子さんが……」

「わかーったぁ!」

 夏樹が顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「じゃあどうして帰ればいいのさ!?」

「心配するな」

 優翔は右手の人差し指で何かのキーをクルクル回した。

「何それ?」

「マイカーのキーですよ」

「優翔、運転できるの?」

「18歳ですからね」


「じゃあ悪いけど……お願いね」

 水穂と麻里が優翔に両手を合わせて頼み込んだ。夏樹は頭痛を我慢しながら優翔の車の後部座席に乗った。

「余裕余裕。任せて。また連絡するよ、飯沼」

「うん!」

「じゃあな」

 優翔はエンジンを掛けてから窓を閉め、車を発進させた。車の走行音だけが聞こえる。たまにバックミラーから優翔が後ろを確認しているのが見えて、目が合う。そのたびに優翔はニッと笑ってくれた。

「……優翔」

 信号に引っかかってすぐ、夏樹は優翔の名前を小声で呼んだ。

「飯沼と付き合ってんの?」

「どう思う?」

「また連絡するなんて言っただろ」

「相変わらず鋭いなぁ、夏樹は」

 正確には言わなかったが、それが答えだろう。

「いつから?」

「今年の4月から」

「長いじゃん」

「まぁな」

 信号が青に変わる。ゆっくりと発進し、法定速度の市内40キロで走り始めた。真面目なところはそのままのようだ。

「優翔なら飯沼を大事にするんだろうな」

「なんだよ、急に」

 優翔はクスッと笑った。

「何を基準でそんなこと言うのさ」

「車の運転」

「なんでまた」

 夏樹はしばらく黙って、考えてから言った。自分はいつからあの人のことを普通に話せるようになったのだろう。

「車の運転は人柄が出るんだってさ。親父がそう言ってた。優翔は車の運転がとっても丁寧だ。きっと飯沼のことも大切にするだろな」

「……そうだといいけどな」

 優翔が呟く。

「俺さ、ホントはチョー不安。ホントに水穂のこと、大切にできてんのかな……」

「……。」

「どうだろなぁ」

「心配いらないよ」

 夏樹は心底そう思って言った。嘘偽りなく。

「飯沼、最後うん!って言ったとき、嬉しそうだった」

「そうなの?」

「なんだ。優翔、気づいてなかったのかよ」

 夏樹はおかしくなって笑ってしまった。優翔らしい。肝心なところは見落としてばっかりだ。

「まぁ……大切にしてあげて」

「……サンキュ」

 夏樹の家の前で丁寧に優翔は停車した。

「ありがとね」

「860円です」

「マジかよ!」

「冗談」

 アハハハッと笑い声が響いた。

「夏樹」

「なに?」

「お前……行くの?」

「……。」

「行ってやれよ」

 沈黙が続く。強い風が吹いて、葉のない木が音を立てた。

「考えとく」

 夏樹はハッキリ言わなかった。まだ、心の整理ができていない。

「考えついたら、連絡ちょうだい」

「わかった」

「じゃ……」

「また」

 優翔は最後にもう一度手を振って、車をゆっくり発進させた。夏樹は見えなくなるまで、優翔を見送った。

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