第3話 相席
ブスッとした様子で、夏樹は目の前にいる明日香を睨んでいた。
「な、なによ〜、そんな怖い顔しちゃって」
「……。」
明日香が聞いても夏樹は顔を変えようとはしない。
「なんでそんなに怒ってるの?」
「岡本が」
やっぱり表情は変えず、機嫌が悪そうなままだ。
「さっき電車で別れるとき、新幹線でも一緒かもねとか言ってくれなかったから」
「そんなの……言うかなぁ」
「……言わない?」
夏樹の質問に明日香はしばらく考えてから「言わないでしょ、ふつう」と返した。
「そうかなぁ」
夏樹はまだ納得がいかない。そもそも、偶然にしては出来すぎではないだろうか。
「ちょっと聞いていい?」
「何でもどうぞ?」
「お前さ、まさか狙ってココの座席取ったわけじゃないだろうな?」
「は?」
妙な夏樹の質問に明日香は唖然としてしまった。
「だって、周り見ろよ」
二人はこまちの車内を見渡す。ここは6号車。この「こまち123号」は8両編成。3〜6号車が指定席となっている。その最後尾がここ、6号車。しかし、夏樹たちの密集している席、つまり岡本家と朝倉家が密集している席以外はほとんど空席なのだ。
「こんだけ空席があるのに、なんで俺と岡本の家族が向き合うような形で座ることになるんだよ」
「そんなの……うちのお父さんが切符買ってきたんだから、お父さんに聞いてよ」
夏樹はチラッと明日香の父、登を見た。大柄で日焼けしたオジサン。なんだか夏樹には慣れ親しんだことのないタイプの大人だから、話しかけるのもはばかられた。
「いいよ、別に」
夏樹は必死になっている自分に少し恥ずかしさを覚えて、背もたれにもたれた。
「偶然だよ。それに、他の駅で乗るお客さんでうちが取る前に取られてる席かもしれないし」
明日香がクスクス笑いながら同じように背もたれにもたれる。
「これが必然だったらキモいよな」
クスッと夏樹が笑うと、明日香は一瞬間を空けてから「ホント、冗談じゃないよね」と返した。
1時間ほど経った。
気づけば、外は真っ暗。時間は6時前。北海道、東北の順で日が暮れるのだから暗くなっても不思議ではないのだろうけれど、普段まだ薄明るい七海市のことを考えるとやっぱり違和感がある。
そういえば、明日香はどこに住んでいるのだろうか。
夏樹はふと気になって明日香に聞いてみようと思い、顔を見上げてちょっとドキッとしてしまった。
明日香が居眠りをしている。
(ふつうにしててもカワイイけど、けっこう寝るとカワイイんだな……)
そんなことを考えている自分が恥ずかしくなって、真っ赤になってしまった。
(バッカじゃないの、俺……)
スゥ……スゥ……と寝息が聞こえてくる。この間まで一緒に寝ていた姉の寝息と大して差はないのに、なんでこんなにドキドキするのか夏樹にはさっぱりわからない。
凝視しても変だと思い、夏樹は明日香から目を逸らしてそのまま、明日香の横に置いてあったカバンに目が行った。
カバンについているネームホルダーらしきものに『神奈』という字が見えた。
(神奈川県……住まいなのかな?)
だとしたら、住んでいる場所まで同じ県内ということになる。さすがに、ここまで来ると偶然とは思えなくなってくる。
夏樹は『神奈』の先の字を調べたくなって明日香を起こさないようにそっとカバンに近づく。おかしいくらい、心臓がドキドキ鳴る。
(いやいやいや! 落ち着け、落ち着け。カバンをちょっと見せてもらうだけ……)
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい――――!
「熱っ……」
結局、カバンに近づくこともできず真っ赤になって汗をかいて終わってしまった。
「だいたい、知ったところでどうするんだって話だよな……」
2時間経過。
「ねぇ、なっちゃん……」
周りがみんな寝ていることに気を遣ってか、明日香が小声で夏樹を呼んだ。
「なに?」
「あの……その……」
何かをためらっている様子の明日香。もしかして、時間的におなかがすく時間だから何か食べたいのだろうか。
「あのさ、いい?」
明日香が言い終わらないうちに夏樹から切り出した。
「な、なに?」
「ご飯、なんか食べない?」
「こまち」には今年の1月から昔、東海道新幹線にあったという食堂車ができた。案外これがヒットし、秋田新幹線では人気があるという。
「俺、ちょうど1000円くらい持ってんの。うちは今日、新幹線内でテキトーにご飯食べるって話にしてたし」
「え……あ、うちも! うちもそうなの!」
明日香も財布を取り出し、1500円入っていることを確認した。
「じゃ、行ってみる?」
夏樹が立ち上がり、食堂車のほうを指差した。
「うん!」
明日香も嬉しそうに立ち上がり、夏樹の後に付いて行った。
それを見ていた陽乃と、明日香の姉・花那が顔を見合わせる。
「ご飯、ここで済ませるんですか?」
陽乃が聞いた。
「初耳です」
花那が笑って返す。
「うちもですよ」
陽乃も同じように笑い、二人は夏樹たちの背中を見送っていた。
「すっごーい! キレイし、広〜い!」
食堂車に入るなり、明日香と夏樹はその広さとキレさに驚いてしばらくキョロキョロと目をうろつかせた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
突然スタッフの人に声をかけられて夏樹は「お、お二人様です!」と返してしまった。
「こちらへどうぞ」
クスクスとスタッフの若い女性が笑いながら二人を窓際の席へと案内してくれた。
「また、後ほどご注文にうかがいますので」
「ありがとうございます」
明日香が女性に微笑みながら礼を言う。キッチリとした子だ。
「ねぇ、なっちゃん」
明日香はメニューをバッと広げて夏樹に手渡した。
「なに食べる?」
夏樹はメニューを受け取ろうとして手を止めた。陽乃のいつかの言葉が蘇る。
(女の子と一緒に出かけたりしたら、基本的に女の子から優先してさせてあげたりしないと男としてダメよ!)
「なっちゃん?」
明日香に声をかけられ、ハッと我に帰ってから夏樹はメニューを彼女のほうへと向けた。
「岡本から先に選べよ」
「いいの?」
明日香が嬉しそうに笑う。
「もちろん」
「やったー! ありがとう!」
明日香はメニューをすぐに受け取り、何にするか考え始めた。
3分ほどたって明日香は何にするか、決めたようだった。
「ねぇ、なっちゃん」
明日香はメニューを持ったまま夏樹を見つめた。
「なに?」
「なっちゃんが何が好きか、当ててあげよっか」
「へぇ? 俺の好みわかるの?」
「わからないから当ててあげようって言ってるの」
ペロッと舌を出して悩みながら明日香はメニューとにらめっこを続けた。
こちらは5分くらい悩んでいたが、スタッフさんはジッとこっちを見たりせず、チラッとたまに夏樹たちを見て微笑ましそうにしていた。
「わかった!」
ようやく明日香がメニューを閉じた。夏樹は右手を差し出してマイクに見せ立て、明日香に聞いた。
「ズバリ、俺の好きな料理は?」
「カレーライス!」
ありきたりな答え。
でも――はずれではなかった。
しかし、一発で当てられたのは悔しい。
「なんでそんなすぐにわかるんだよ。俺としては納得行かないね」
夏樹はプイッと顔を背けた。
「そんな怒らなくたっていいじゃん。私と一緒だもん」
さり気ない一言だったけど、なぜか夏樹はその一言が耳から離れなかった。
カレーライスがテーブルに並ぶ。さすが新幹線の車内のカレー。学校の給食とは比べ物にならないくらいの高級感が出ている。
「す、すごいね」
明日香もさすがにビックリしてしまったようだ。
「うん……」
夏樹も手をつけていいのかどうかわからず、しばらく湯気の上がるカレーを見つめていた。
「冷めないうちにどうぞ」
さっきのスタッフさんが優しく声をかけてくれた。
「じゃあ!」
夏樹が手を合わせる。それを追うように明日香も手を合わせた。
「いっただきまーす!」
二人は声を合わせてカレーを食べ始めた。
「見て!」
明日香が窓の外を指差す。
「キレイな夕焼け!」
「わぁお、ホントだ」
二人はカレーに手をつけようとしていったん止めて、しばらく夕陽を見つめていた。
(ずっとこの時間が続けばいいのに〜とかマンガだったら思うんだろうな)
夏樹は思わずそんなことを考えてしまい、笑いがこみ上げてきた。
「なに笑ってるの?」
「なんでもなーい。早く食べよう!」
「変ななっちゃん」
二人はだんだんと暮れていく日を背に、カレーライスを食べ始めた。
新幹線での座席は偶然か、必然か。夏樹は思わず「必然だったらキモい」と言ってしまう。その発言に一瞬、陰りを見せた明日香。本当に偶然か、必然か……。二人の物語は、ここから大きく動き始めます。




