第46話 一般席
白旗神社の前。一般でも見学できる座席に夏樹たち足立分校のメンバーは明日香たちと一緒に座っていた。
心配そうにその様子を見守る拓弥たち。それは水穂たちも同じだった。拓弥たちにしてみれば、突然震えだした夏樹の体調が心配だったし、水穂たちにしてみれば突然自分たちと出くわしたことで夏樹が何か嫌なことを思い出したりしないかが心配だったのだ。
しかし、夏樹と明日香にしてみれば予想しない再会だったので、二人は温かな気持ちでいることができた。
手を繋いだりしないが、二人は偶然を装って隣同士に座った。5月28日は白旗神社例祭が毎年開かれる。夏樹たち一般参拝客も参加できる行事だ。
夏樹は小声で明日香に話しかける。
「ねぇ……なんでココにいるの?」
「うん……私たちね、遠足で来てたの」
明日香も小声で返す。なるべく二人の関係を悟られないようにコッソリ。
「遠足か……。俺たちは、修学旅行だ」
「早いんだね」
「俺たちの学校、いろいろ変わったことをするからね」
「例えば?」
「野菜育て?」
「何それ」
明日香はククッと笑った。夏樹も思わず笑う。
「笑っちゃうだろ。でも……俺、案外楽しみだったり」
「そうなの?」
「うん。何かを育てるって……いいと思わない?」
夏樹がニッコリ笑った。そんな表情を、明日香は久しぶりに見た気がした。
「……そうだね」
夏樹が嬉しいならそれでいい。笑ってくれていればそれでいい。明日香はただ、そういう気持ちだった。
例祭を見学し終えると、夏樹たちと明日香たちは当然ながら別行動となる。一緒に行動する理由など何もない。だが、明日香と夏樹は違う。理由があるのだ。
「……岡本さん。行こう?」
ちひろが明日香の袖を引く。ちひろは一瞬夏樹を見やったが、すぐに目を逸らした。しかし、夏樹は目を放さない。
「……。」
凍るような冷たい目で夏樹はちひろを睨みつける。その異様さに気づいた早苗や勇人も夏樹に声がかけられない。
「なっちゃん」
明日香に声をかけられた瞬間、夏樹の目がいつもの優しさを取り戻した。
「また、ね」
「……うん!」
明日香はちひろの手を振りほどいて先に駆けていった。
「ナツ……?」
早苗がおそるおそる夏樹に声をかけると、いつものように人懐っこい笑顔で「なに?」と返してくれた。
「……なんでもない! 先生、向こうで待ってるよ。行こう!」
「うん!」
その後、様々な場所を見学した夏樹たちは宿泊先の東京都内のホテルへ向かうことになっていた。小田急電鉄片瀬江ノ島駅でロマンスカーに乗車し、相模大野駅まで行く。その後、急行に乗車する。
「相模大野〜。相模大野〜。新宿方面へお越しのお客様は……」
夏樹たちは相変わらず混雑したホームを移動していく。ちょうど滑り込んできた急行に乗り込む。夏樹は見るものすべてが懐かしく写っていた。
「おーい、お前ら! 急行がちょうど来たから乗るぞ!」
「はぁーい!」
拓弥が夏樹と勇人を突き飛ばすようにして車内に入る。見慣れた塗装の列車。見慣れた座席。つり革。車内広告。すべてが懐かしい。
ドアが閉まる。ゆっくりと動き出し、それから車内放送がかかる。秋田の電車はワンマンカーだからいつも車内放送は機械の声だ。
「ご乗車ありがとうございます」
この後、いつも停車駅名を読み上げる。
「停車駅をご案内いたします」
夏樹は思わず耳を塞いだ。あの名前を聞けば、動かずにはいられないと思ったからだ。
「町田、新百合ヶ丘」
「!?」
突然、両手がはがされた。勇人が夏樹の両手を無理やり耳から放したのだ。
「どした?」
「……あ」
「七海」
聞いてしまった。
「どした?」
「……ううん。なんでもないよ」
「なんでもないことないだろ。急に耳を塞いで……」
「大丈夫だよ。本当に」
勇人は心配そうに夏樹の顔を覗き込み「心配事あれば、俺にでもたくちゃんにでも言えよ?」と優しく言ってくれた。本当に彼らは優しい。心底夏樹はそう思う。
町田駅を過ぎ、新百合ヶ丘に停車する。夏樹の心臓の鼓動が早くなる。
「次は、七海。七海です」
――……樹、夏……。
「七海の次は、登戸に停車します」
――ナツ……、……キ。
不意に夏樹の前にいる靖治や右にいる勇人、左隣にいる早苗の姿が白黒に変化する。
聞き覚えのない声。誰かが夏樹を呼んでいる。
「……ッ! ……ッ!」
聞き覚えのあるはずの声がまったく聞こえなくなる。
(この声は……誰だった……?)
頭が痛い。誰の声かわからない。聞き覚えがあるのかないのかもわからなくなってきた。
「夏樹ッ!」
「――!」
夏樹が目を覚ますと、優翔と水穂がそばにいた。
「優翔……飯沼……」
頭がガンガンする。頭痛など久しぶりだ。汗もびっしょりかいている。水穂が彼女のハンカチで濡れた夏樹の額を拭ってくれた。
「ずいぶん息が切れてたし……それに寝言で『行かせて! お願いだから!』とか何度も言ってたけど……」
「……あぁ、うん」
夏樹は水穂のハンカチを借りて汗を拭う。
「ひょっとして……あの日のこと?」
水穂が聞いた。夏樹は無言で小さくうなずく。
「あの日……夏樹にしちゃあ無茶なことしたよな」
優翔が懐かしそうに笑う。夏樹は恥ずかしくて俯いてしまった。
「でも、俺は嬉しかった、かな」
優翔の一言で、夏樹はあの日取った自分の行動が間違いでなかったという気持ちになり、救われた感覚になった。
夏樹はあの日、自分の周りを囲む殻を初めて破ったのだ。




