第45話 自由席
「うわー! うわー! すげぇ、すげぇな新幹線!」
拓弥は大声で座席から身を乗り出して景色を眺めている。
「でしょ! 俺もここから見える風景ホント好きなんだ」
夏樹も同じようになって身を乗り出して一緒に風景を見る。まだ少し残っている雪と芽吹いてきた草のコントラストが本当に綺麗だ。
「おーい、お前ら。他のお客さんもいるんだから静かにせんか」
靖治が呆れた様子で二人に注意をするが、もちろん耳に入らない。勇人が「先生にゲンコツ落とされるぞ」と注意してようやく二人はきちんと席に着いた。
ここは秋田新幹線の車内。予算の都合上、いつも夏樹が家族で秋田を訪問したときと違い、自由席で座っている。
窓際に拓弥と夏樹。拓弥の隣に勇人。そして、夏樹の隣に早苗だ。夏樹はあの日以来、どうも早苗と喋りにくくて仕方がなかった。しかし、一方の早苗は翌日に欠席して以来元気いっぱいで、夏樹にも普通に話し掛けてくれる。
「ねぇ、ナツ」
早苗が急に声を掛けてきた。
「う、うん。なに?」
「なんか妙によそよそしいね」
バレた。心を見透かされている気がして夏樹は落ち着かないが、自然を装って冷静に答える。
「そっ、そんなことないよ」
どうも話すときに言葉が詰まる。早苗はフゥッとため息をついた。
「どうせあの時のこと、気にしてるんでしょ?」
「……。」
「黙ってたってダメ。わかるんだから」
「……ゴメン」
「もう!」
早苗はパンパンと夏樹の背中を叩いた。
「ワッ!?」
「いつまでも男の子がウジウジしてないで! ナツ、いま好きな人いるんでしょ?」
「う、うん……」
「じゃ、その子のこと大切にしてあげて」
「……うん」
「ただ、私のことはちゃあんと友達として見てくれること! OK?」
夏樹の顔が明るくなった。
「もちろん!」
「ヨシ、OK! じゃ、修学旅行楽しむよ〜!」
早苗の笑顔をようやく夏樹はまともに見ることができた。その瞬間、夏樹も心から笑うことができたのだった。
「ナッ、ナツー! 待ってぇ!」
JR品川駅に到着した夏樹たちは新幹線から在来線へ乗り換えるためにホームを移動していた。しかし、あまりの人の多さに早苗、拓弥、勇人の3人は困惑気味だ。
「ハヤト、こっちこっち」
夏樹が慣れた様子で人ごみの間をかいくぐり、夏樹より少し大きい勇人の手を握った。
「プハァ! 助かった……東京って人が多いなぁ」
「これぐらいまだ普通だよ」
「えぇ〜? そうなの?」
「お父さんが言ってたけど、会社行く人とかで朝はもっと混むんだってさ」
「へぇ〜。なぁ、夏樹のお父さんって何してる人?」
そこで夏樹は初めて自分が秋田の友人に父の話をしていることに気づいた。無意識だった。
「うーんと……会社員?」
「なんでそこ疑問形なんだよ」
勇人は笑って返してくれた。その後はすぐに別の話に切り替えてくれたので、夏樹もなんとなくホッとため息をついた。
「見ろよ、勇人! 電光掲示板!」
夏樹が勇人と同時に掲示板を見ると、次の電車の案内が表示されていた。
「こんど、つぎ、そのつぎだって! 『こんど』と『つぎ』ってどう違うんだよ!」
拓弥は大声で笑い出した。
「ホントだ! なんだよ、『こんど』と『つぎ』の違いって! ヤバい、おもしろい!」
ゲラゲラと笑う二人をなんだか冷たい目で見ているホームで待つ人たち。夏樹はなんとなく居心地が悪くなった。
「やめなさいよ! 恥ずかしい!」
早苗が二人の頭をそれぞれ叩いた。
「痛ってぇ……こんな暴力女、絶対モテねぇな」
勇人がブツブツ文句を言うのを早苗は聞き逃さず「アンタ、いっぺん地獄へ行け!」とホームで勇人を追い掛け回し始めた。
「やめんかー!」
靖治のゲンコツが早苗と勇人に飛んできたのは、そのすぐ後だった。
1時間ほど各駅停車でゆっくり揺られて夏樹たちは午後2時、鎌倉市内へ入った。まずJR北鎌倉駅で下車し、鶴岡八幡宮へと向かった。
「はぁ〜……」
徒歩15分ほどで着いた鶴岡八幡宮を見るなり、拓弥たちはため息を漏らした。
「大きなイチョウの木だねぇ……」
早苗が大銀杏の木を見上げた。
「ね、夏樹! なんかこの木で知ってることないの?」
勇人が興味津々といった様子で夏樹の袖を引く。
「え〜? 俺が知ってるのはこの木が樹齢1000年くらいってことだけかなぁ……」
「1000年!? それって俺たちの何倍生きてるんだ!?」
拓弥が一所懸命計算を始めた。
「うへっ! 100倍かぁ。スゲェなぁ」
「人間もそれくらい生きられたらいいのにね」
「俺は嫌だなぁ。ジイさんになっちゃうし」
勇人が嫌そうな顔をしてイチョウを見上げた。
「何もおじいさんになってからの姿で長生きするとは限らないでしょ。単純に考えて200歳くらいまではピチピチなんじゃないの?」
「そっか! じゃあこの木はジイさんか?」
「それも違うと思うけど……」
夏樹は彼らの会話に苦笑いする。でも、この鶴岡八幡宮には今まで何度も来たことはあったが、ここまで素を丸出しで感動してい人を見るのは拓弥たちが初めてだった。
「わっ! スゲェ長い階段!」
勇人が指差したのは本宮へ続く大石段だ。
「ナツ! これ、何段あるの?」
「これは61段」
「中途半端だなぁ」
拓弥が笑いながら真剣に段数を数え始めた。
「さっきから言いたい放題だね、勇人と拓弥は」
夏樹も思わず笑ってしまう。勇人が「62段あるぞ!」と言ってすぐに早苗が「私、59しかない!」と言い、拓弥は「70段もある!」と悲鳴に近い声を上げた。
「そんなわけないだろ! ちゃんと数えろよ〜。ねぇ、先生?」
「先生も70段あるんだけどな……」
「……。」
この少ない人数でこれほど大石段のことで盛り上がれるグループもないだろう。夏樹はそう思うと笑わずにいられなかった。
「じゃあ、数えながら上がろうか」
「それいいねぇ!」
夏樹の提案に全員が賛成し、ゆっくり数えながら上がる。
「30!」
4人で手を繋いで上がる。そんな彼らを周りの観光客が笑いながら見守る。
「58……59……60……」
残り1段。やっぱり61段だった。
「61!」
上がった先でうっすら出た汗を拭い、夏樹が前を見たときだった。
「待ってよ、恭輔〜」
聞き覚えのある名前が夏樹の耳に入った。
「おっせーよ、敬吾。お前、家で引きこもってる間に体力落ちてる!」
夏樹の心臓が急に早く鳴りだした。
「ナツ? どした?」
勇人が心配そうに声をかける。
「勘弁してあげなよ、嘉村くん」
女子の声が聞こえると、夏樹はかがんで震えだした。
「やだ……やだ!」
「ナツ! 落ち着けって、どうしたんだよ!?」
拓弥が震える夏樹の体をさする。早苗が慌てて靖治を呼んだが、夏樹の震えは治まらない。
「あっ……!」
夏樹の耳に懐かしい声が聞こえた。すると、少し震えが治まった。
「ねぇ、ねぇ!」
その声が誰かを呼ぶ。懐かしい。そう遠くない、最近までよく聞いていた声。
「あっ……」
その声に今度は違う心臓の音がした。
「なっちゃん……」
顔を上げると、嘉村恭輔、半田敬吾、和田ちひろ、飯沼水穂、そして岡本明日香の姿があった。




