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第42話 君がいた席

「岡本……。おばさん、岡本っていうの!?」

 夏樹は興奮した様子でおばさんに身を乗り出して聞いた。

「あぁ! そうだよ〜、あたしはこの稲賀沢で一番お好み焼きを焼くのが上手い、岡本(おかもと)千鶴子(ちづこ)って言うオバサンさ〜」

 千鶴子はガハハハ!と豪快に笑った。間違いなく、あの明日香に初めて逢った日に電車のホームで彼女たちを見送っていた女性だ。

「ところで朝倉くん。ひょっとしたら明日香と同じ学校かい?」

「うん! とても仲良くしてもらってるんだ」

「そうかいそうかい! いやねぇ、アスちゃんがよく手紙に夏樹って男の子の話を書いてくるもんだから、好きな子ができたんだねぇってあたしやお父さんと話をしてるんだ」

「すっ、好きな子!?」

 夏樹は途端に真っ赤になった。千鶴子はわかっていつつも続けた。

「そうだよ〜、きっとアスちゃんは夏樹くんのことが好きだね!」

 まるでボン!という音がしたかのように夏樹は真っ赤になって机に伏せてしまった。

「アハハハハ! ひょっとして夏樹くんもアスちゃんのことが好きなのかい!?」

「えっ!? そっ、そんなこと……わっ!?」

 突然奏七太と拓弥が横へ座って夏樹をグイグイと両方から押した。

「おうおう、夏樹ぃ。実際のとこ、どうなのさ?」

 奏七太が意地悪く笑う。夏樹は真っ赤になったまま俯いている。

「あれぇ? お返事ないっすね。なっつきさーん」

 拓弥も同じように意地悪く笑って夏樹の頬をつついた。

「……また俺たちだけのときに話させてよ」

 夏樹は樹音や早苗に聞こえないように小さく呟いた。

「ようし! 約束だぜ?」

 拓弥が嬉しそうに指きりげんまんを求めたので、夏樹も指を出した。

「うん……」

 まさか転校してすぐにこんな話をすることになるとは思っていなかったが、嬉しくてつい笑ってしまった。

 お好み焼きができたので男子グループと女子グループに分かれて食べ始めた。拓弥と奏七太はずっと夏樹に付きっ切りだ。

「まったく〜。あんなにナツをイジッたら登校拒否になっちゃいそうだね」

 早苗が呆れながらお好み焼きを口に運んだ。

「ラブラブ〜」

 花音が笑いながら夏樹たちを指差した。早苗が笑いながら「カノン〜? 男同士でラブラブっていうと誤解招くからよそうね〜」と言ったが、花音はもちろん意味をよくわかっていないようだった。

「……。」

 一方の樹音は不機嫌そうな顔をしたままお好み焼きも食べず、ジッと夏樹を睨むように見つめていた。

「ジュノン。どうしたのよ。最近不機嫌だねぇ」

「別に。ただ、男の子ってくだらないツルミが多いなぁと思って」

 ため息を漏らす。

「そうかな? 女子だって似たようなもんでしょ。好きな芸能人の話とかお菓子の話とか」

「そんなんじゃないけど……。それに……」

「それに?」

 樹音は悔しそうに唇を噛み締めながら続けた。

「最近、お兄ちゃん夏樹ばっかりで私のこと相手にしてくれない」

「……それで?」

「転校生だからってチヤホヤしなくたっていいじゃん」

「なるほど。じゃあ女の子が来たら、特に町の案内もせず樹音は転校生ほったらかしにするんだ」

「……そんなことしないけど」

「じゃあなんなの。なんでナツにそんな敵意ガンガンなの?」

「……わかんない! そんなの!」

 樹音は怒りながら冷めかけたお好み焼きを口に押し込んだ。自分でもその気持ちを説明できないモヤモヤ感を抱えているのが樹音は嫌で仕方がなかった。

 千鶴子は夏樹の座っている場所をジッと見つめて微笑んだ。

「どしたの、おばちゃん」

 夏樹がその視線に気づいて千鶴子に聞いた。

「えぇ? 何が?」

「おばちゃん、さっきからジーッと俺のほう見てる」

「あぁ、気づいてたのかい。アンタは鋭い子だねぇ」

 千鶴子はそう言うと茶の間へ戻り、写真を一枚持ってきて夏樹にそれを手渡した。そこには「2010.03.31」と日付が記されていた。

「あ……」

 そしてその写真には笑う千鶴子と圭太、花菜、そして明日香が写っていた。

「アスちゃんが座ってるトコ、アンタの座ってるトコだよ」

「……。」

 夏樹は思わず赤くなる。なんだかそれだけで照れてしまう自分が恥ずかしかった。

「さっきも身を乗り出すし、それにアンタたち、笑い方そっくり。お好み焼きもなんだっけ、よく焼いたほうが好きだってね。でも焦げ目がつくまで焼くのはアンタとアスちゃんくらいなもんだよ」

 もうトマトのように夏樹は真っ赤になっていた。恥ずかしくてしょうがない。奏七太と拓弥も茶化す笑いをやめてなんだか赤くなっている。

「お似合いだよ、アンタたち。お互い気持ちは伝えてるのかい?」

 千鶴子は遠慮せず質問をガンガンぶつける。夏樹は真っ赤になりつつも小さくうなずいた。

「あれまぁ、やっぱりねぇ! オバサンは何でもお見通しだよ」

 ガハハハ!とまた笑う千鶴子。奏七太や拓弥、早苗も赤くなりつつもうらやましそうな目を夏樹に見せた。

 ジリリリン!と古い電話の音がする。

「あ、電話だね。まぁゆっくりしていってちょうだい」

 千鶴子が去っていった後、何ともいえない空気が残ってしまった。

「とりあえず、冷めないうちに食べちゃお!」

 早苗が笑いながら言った。

「そうだそうだ! とりあえず食べろ、ナツ!」

 強引に奏七太がお好み焼きを夏樹の皿に載せた。

「うん……いただきます!」

 すぐに元の雰囲気に戻ったので夏樹は改めて周りを見渡した。

 少し焦げた鉄板。古いマンガが並ぶ本棚。木製の椅子。明日香は去年の3月、間違いなくこの席で同じ視点でこの店を眺めていたのだろう。そして同じ味の千鶴子が焼くお好み焼きを食べていたのだろう。

 その場所に座って同じことをしているということに、夏樹は何かを感じられずにいられなかった。

 不意に涙がこぼれた。

「ナツ……?」

 拓弥がその涙に気づいて声をかけるが、もう夏樹には涙を止めることができなかった。

 会いたい。

 君に会いたい。

 話がしたい。

 ここまで君の存在が大きくなっているなんて思ってもみなかった。

「会いたい……明日香……」

 夏樹は小さく呟いた。


 同じ頃。神奈川県七海市にある八幡神社。そこのハズレにある火の見櫓の上で、明日香は沈んでいく夕陽を見ていた。

「ちょうどあっちのほうかなぁ」

 秋田県の方角を見つめる。もちろん東京の背の高いビルに遮られているので山は見えない。

「なっちゃんが行ってからまだそんなに経たないのに、寂しいな〜」

 明日香は突然去ってしまった夏樹のことにいつも思いをはせていた。優翔が「岡本だけは会ってほしい」と寸前のところで伝えに来てくれたのだ。そして、二人は自分の思いを伝え、コンピューター上ではあったが結ばれることとなった。

 しかし、その日以来夏樹と明日香が直接顔を合わせることはなかった。メールでただやり取りをする日々。顔文字をつけてはくれるが、それでも直接声を聞くことはできない。

「……。」

 明日香はあの夏祭りの日を思い出す。あの日確かに夏樹は、隣にいたのだ。

 そっと彼が座っていた場所に手を触れるが、その場所は冷たい。


 ――だって、俺そのつもりで岡本をここへ連れて来たんだから


「え?」

 明日香は夏樹の声がした気がして振り向いた。しかし、もちろん夏樹の姿はない。

「……声が聞こえるくらい、寂しいんだな」

 明日香は自虐気味に笑った。自然と涙がこぼれる。


 ――うん。俺だけ独り占めにするのはもったいない場所だしね


 そう言ったくせに、今は明日香一人きりだ。

「ウソつき……」

 明日香は小さくかがんで夕陽を反射させる新宿副都心のビルを眺めた。スカイツリーはあと半年ほどで完成すると聞いた。夏樹は完成するとき、帰ってきてくれるだろうか。


 ――今日からここは、俺と岡本の特別席――二人きりの座席(ばしょ)だよ


「それなら……お願いだから早く帰ってきて」

 明日香は涙を流しながら、小さく呟いた。

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