第41話 カウンター席
「終わった終わった〜!」
授業が終わるや否や、勇人が大きく伸びをした。
「タクちゃん、今日はどっか行くの?」
早苗がワクワクした様子で拓弥に聞く。
「そうだなぁ……。ナツもあんまりこの町のこと知らんだろうし……」
「じゃあ、カノンはお好み焼きパーテーしたい」
1年生の花音は未だに「ティ」の発音が苦手らしく、妙な言葉になっている。夏樹はそれがかわいらしくて仕方なかった。
「そうか。じゃあ、オカさん久しぶりに行く?」
「いいねー! 行こう行こう!」
夏樹は昼食を食べてからまだ2時間程度しか経っていないのに、もうお好み焼きを食べるという彼らの言葉を聞いてかなり驚いた。
「もうお好み焼き食べるの?」
「うん! 腹減らねぇ?」
拓弥はおなかを摩った。まだそれほど空いていないというのが夏樹の本音だ。
「まだそんなに。それにお好み焼きって主食じゃない?」
「あぁ……まぁふつうそうかも。でも、俺たちはおやつ感覚なんだ。いいじゃん、見てるだけでも話に加われるし、行こうぜ!」
「でも実はお金をそんなに持ち合わせてなくって……」
「お前は新入りだろ? 俺がおごってやるよ!」
「いいの!?」
「当たり前だろ」
拓弥がニッと笑う。ここまで優しく暖かい人たちに触れるのはかなり久しぶりだ。夏樹は嬉しくなってスキップをしながら廊下に出た。
「ご機嫌だね、彼も」
堀江校長が職員室から見える夏樹の姿を見て安心した様子で言った。
「でも、まだ目が放せませんからね。常に気をつけておきます」
靖治も少し安心した様子でそう言った。
「ね、ねぇ……」
息を荒くした夏樹が奏七太を呼んだ。
「どした?」
「まだ着かないわけ……?」
「あぁ、あと20分くらい歩くよ」
「えぇ〜! マジかよぉ」
既に学校を出て歩くこと30分。田んぼと山林しか見当たらない砂利道を延々と夏樹たちは歩いていた。夏樹はとっくに疲れてきているのに、奏七太たちはまったくそんな様子を見せない。夏樹も体力には自信があるつもりだったけれど、彼らには勝てないと思った。
「もう。これだから都会から来た人は嫌なんだ」
樹音があからさまに聞こえる大きさで嫌味を言った。夏樹がすぐにシュンとした表情に変わる。まだ精神的に不安定な夏樹に追い討ちをかけるように、樹音はどんどん口調を強めた。
「だいたい、ちょっとあたしたちより勉強が進んでるからって調子に乗らんでほしいな。タクちゃんにまで勉強教えるとか、正直あたし、うっとうしいし」
「樹音!」
奏七太が止めようとするが、もう樹音は止まらない。
「それに体育のとき、ワァワァ騒ぎながら球技されんのも正直たまらん。花音やあたし、早苗ちゃんのこと無視してるとしか思えんよ」
「樹音!」
唯一夏樹の事情を知る拓弥が止めようとするが、既に遅かった。
「ナツ? 大丈夫か?」
拓弥が駆け寄るが、夏樹は顔を真っ青にしている。気分が悪いようだ。
「しっかりせぇ。な? 今の、気にせんでいいから! な?」
ここで逃げ出したら、また自分は昔のままだ。
そう思った夏樹は逃げ出したい気持ちを抑え、拓弥を見て笑った。
「大丈夫。行こ?」
「……本当に平気か?」
「うん」
不自然な笑みだったかもしれないが、彼らを安心させるには十分な笑顔だった。
「着いたぞ、ナツ!」
勇人が嬉しそうな声を上げる。出発してからほとんど1時間が経っていた。集落の端に、その店はあった。
「ここかぁ」
夏樹も嬉しそうな声を上げる。看板を見てみるが、古びて剥げた看板は「○○お好み焼き」と肝心な部分が見えない状態になっていた。
「おばちゃーん!」
拓弥が元気な声を出すと「はぁーいよぉ!」と中から数倍元気な声が返ってきた。
「久しぶり!」
「あんれま! 久しぶりだねぇ! どうしたんだい、今日は?」
「転校生来たから、おばちゃんに紹介しようって思って。ほら、ナツ」
拓弥に手を引かれて、夏樹は女性の前に立った。
「あ……初めまして。神奈川県から引っ越してきた朝倉夏樹といいます」
「あれ。カワイイ子だねぇ! へぇ、朝倉くんかい……」
女性はマジマジと夏樹を見つめ、静かに言った。
「どこかで会わなかったかい?」
「へ?」
しばらく見つめた後、女性は「気のせいだね」と言った。
「さぁて、それじゃ今日はおばちゃん奮発するよ! さぁ、座った座った!」
「ありがとー!」
拓弥たちは嬉しそうに笑い、各々(おのおの)席に着いた。座ったのは、数ある席の中でもお好み焼きを焼くのが見れる、カウンター席だ。
ジュウウッ!という音と共にキレイな色をした生地が鉄板に広がる。同時にいい匂いが夏樹の鼻に入り込んできた。
「おいしそぉ!」
夏樹は嬉しそうに身を乗り出しておばさんが焼くのを見る。興味津々なようだ。
「あれあれ、この子は! まったく、うちの姪っ子そっくりだねぇ」
「姪っ子?」
拓弥と勇人は始めて聞いたようで、少し驚いた様子を見せた。
「あぁ! あんたたちは知らんでも無理ないよ。来たのはちょうど前の春休みでね。なかなかあんたたちと会うタイミングがずれてるからねぇ」
夏樹は少し気になることがあっておばさんに質問を始めた。
「あの……その姪っ子さんが来たのって……」
「あぁ、去年の3月末……いつからだったか忘れちゃったけど、4月の1日までいたねぇ」
夏樹の心臓がドキドキと鳴る。夏樹はその鼓動を感じながら、続けた。
「その子……ひょっとして、神奈川に住んでますか?」
「あら、どうして知ってるんだい? そうだよ〜、神奈川県に住んでるんだ」
夏樹は続けた。これを聞けば、確実だ。
「ひょっとして……七海市に住んでますか?」
おばさんが驚いた顔に変わった。
「やだ! 朝倉くんだっけ? なんで知ってるんだい?」
確信はまだない。けれども、可能性は高まった。夏樹はそう感じていた。最後にこれさえ聞けばわかる。夏樹はドキドキを抑えながら、最後の質問に入ろうとした。その瞬間、お店の入口から郵便配達員が入ってきて第一声、こう言った。
「岡本さ〜ん、書留ですよ!」
夏樹の中で、モヤモヤしていた気持ちが確信に変わった瞬間だった。




