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第40話 ボロボロの席

「……。」

 夏樹は足立分校の教室にある自分の机の前で呆然と立ち尽くしていた。

「どした?」

 奏七太(そなた)が横にやってきて声をかける。夏樹は答えずにチラッと奏七太の机を見た。

「同じくらいか……」

 そう言ってため息を漏らした。夏樹の言いたいことが奏七太もわかったようで「この分校、昔は倉庫だったくらいだから何もかもボロくてボロくて」と言った。夏樹は慌てて「いや! 別に嫌とかじゃないんだよ!?」と答える。

「ボロいのが嫌だズら、神奈川に帰ればええじぁん」

 前にむくれた様子で座ったのは奏七太の妹である樹音(じゅのん)だった。なかなか気が強い上になぜか夏樹に敵意むき出しなので、いつも冷たくあしらわれることが多い。

「樹音! なんで夏樹にほんたらにきつくあたるんだべ」

「別に。あたしはいつものあたしだよ」

 相変わらずムスッとした様子で樹音は自分の席に着いてからうつ伏せになった。

「ゴメンな、夏樹。なんか樹音のヤツ最近機嫌悪くて」

「いいよいいよ。俺だって急に樹音ちゃんや奏七太くんの家に上がりこんだわけだし……」

 すると「気安く名前で呼ばんで!」と樹音がうつ伏せのまま言い放った。夏樹はションボリした様子で「ごめん……」と小声で謝った。

 見かねた勇人と早苗がパタパタと夏樹に近寄り声をかけた。

「おっはよ、ナツ!」

「あぁ、おはよ! 勇人」

「おは!」

「おはよ、サナ」

「ねぇ、それ何書いてるの?」

 早苗は夏樹が手にしていたメモ帳を指差して聞いた。

「あ、これ? これね、秋田弁をメモしたノート。わかんない言葉があったらメモして先生や奏七太くんに聞いてるんだ」

「へぇ〜! ナツってマメだなぁ」

 勇人がそのノートの一部を見ると『ほんたらに=そんなに』など事細かにメモがしてあるのが目に入った。

「すっげぇなぁ。ナツってホントマメだわ。俺には無理だね!」

 そう言って勇人は大笑いする。横から早苗がデコピンを喰らわせて「アンタは勉強とかできなさすぎ!」と言った。

(いて)えな! ったく、そんなじゃモテねーだろどうせ」

「なっ……なんでアンタはそんなデリカシーのないこと言うの!?」

「うわ、デリカシーだって。難しい言葉知ってるじゃーん」

「バッ、バカにしてぇ! 待ちなさいよ、ぶっ飛ばしてやる!」

 そう言うと早苗は逃げ出した勇人の後を追って教室を出て行ってしまった。

「んだよもう。朝っぱらから騒々しいなぁ」

 早苗たちが出て行ったのとは反対側の入口から(たく)()が入ってきた。拓弥は中学1年生なのに随分と大人びて見える子だ。

「おはよう、拓弥さん」

 2つも年上だとこうも違うのだろうか。姉の陽乃を思い浮かべてみた。姉弟(きょうだい)ではそれほど違和感も感じないのだが、他人となるとどうも大人びて見える。

 拓弥は無表情で夏樹に近寄り、頭をワシャワシャと急に撫でてきた。

「わわわ! た、拓弥さん!?」

「ほら、また『さん』付けだ!」

「へ?」

 夏樹は呆然と拓弥を見つめる。拓弥はニッと笑ってから言った。

「2つしか変わんないだろ? 年」

「あぁ……はい」

「だったら『さん』付けなんていらねぇよ。お前、姉ちゃんいるんだろ? 姉ちゃんのこと『さん』付けで呼ぶのか?」

 夏樹は首を横に振った。

「だろ? だから俺のことも奏七太のことも呼び捨てにすること! この分校じゃそれが決まりなんだ。OKかな?」

「はい……」

「じゃあ練習! はい、俺のこと呼んでみて」

「えっと……」

 夏樹の心臓がドキドキする。緊張のあまり冷や汗まで出てきた。

「たっ」

 心臓の音が拓弥にまで聞こえている気がする。

「拓弥」

「はいよ!」

 すると拓弥は嬉しそうに夏樹の頭を撫でた。さっきよりも優しい撫で方だ。

「やればできんじゃん!」

「へへ……」

 夏樹は久しぶりに自然な笑みを浮かべた。夏樹自身、それが久しぶりであったことは自覚できてはいなかった。

 樹音が羨ましそうにその夏樹をジッと見つめていたのを知っているのは1年生の吉本(よしもと)()(のん)だけだった。


 昼休み。

 都会(もやし)っ子の夏樹は昼休みに外で元気に遊び回る分校のメンバーについていけず、教室の机でうつ伏せになっていた。

「元気だねぇ……俺にはついていけないよ」

 クスッと夏樹は笑った。もっとも、自分もついこの間までは七海の小学校で走り回っていた元気な生徒の一員だったのだが。

 ボロボロの机。まさか転校してすぐにこんなボロボロの席に座らされるとは思っても見なかった。しかし、夏樹はこのボロボロの席が大好きだ。

 冨樫小学校の頃。夏樹の椅子はピカピカツルツルの綺麗な椅子だったのに机だけはボロボロだったのを覚えていた。他の子はみんな綺麗な机だったのになぜ自分だけこんな机なのかと最初は不満タラタラだった。

 そんなある日、こう言ったのは明日香だった。

「いいじゃん。昔、この机使ってた人の何かが残ってるかもしれないよ?」

 そんなの残っていたってしょうがないと思っていたけれど、意外なところでその言葉の意味がわかったのだ。

 あれはちょうど6月の梅雨の頃。連日雨で外で遊ぶことができなかった日が続いたのでボーッとしながら夏樹は自分の机を見つめていた。するとその机になにやら書かれているのに気づいたのだ。

『机の裏を見てください』

「机の裏?」

 机の裏を見るとメモ用紙が貼られていた。そのメモ用紙を取るとまた何か書かれている。

『掃除用具入れを見てください』

 夏樹は指示されるがまま、掃除用具入れを開けた。すると掃除用具入れの上にメモが貼ってある。

 そのメモを剥がして見てみると今度は『教卓の下に何かあるぞ』というメモ。夏樹は不審がるクラスメイトをよそに教卓の下を覗き込んだ。

 すると、教卓の下にメモとは違う何かが貼り付けてあった。夏樹はそれを剥がしてみた。それはシャーペンだった。そしてそのシャーペンに付いていたメモを剥がしてみた。

『おめでとう! 実はこれを置いたのは君の1年上の者です。去年、僕が座ったときに同じようなメモがあったので同じようにやってみました。見つからないと意味がないけど……(笑) 見つけてくれたなら、ぜひ君もやってみてください。案外おもしろいよ』

 夏樹はありがたくそのシャーペンをもらっておいた。しかし、それが誰の仕業かわからぬまま、そしてそれを引き継がないまま、秋田へやって来た。少し心残りだったかもしれない。 

「……動いてみないとわからないかな」

 夏樹はそう呟くと立ち上がり、玄関へ向かった。靴を履き替えて、サッカーをしている奏七太たちのところへ駆け寄った。

 心臓がドキドキする。拒まれたりしないだろうかという不安が夏樹の胸の中を巡った。

「おっ、俺も入れてほしい……な」

 最後のほうは声が小さくなった。しばらくして顔を見上げると、拓弥が手を差し伸べていた。

「当たり前だろ」

「……あっ、ありがとう!」

 夏樹は嬉しそうに笑い、すぐその輪の中に加わった。

(秋田で……俺、元気になるよ、明日香)

 夏樹は心の中でそう呟いた。

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