第2話 指定席
「まもなく、角館、角館です」
車内アナウンスの機械的な声が聞こえると、由利や明日香の父・登が目を覚まし始めた。
「あ、そろそろ終点かぁ」
夏樹が残念そうな声を上げた。明日香も少し残念そうにしている。
「でも、楽しかったよ。とっておきの情報ありがと」
夏樹がニコッと人懐っこく笑った。明日香は少し顔を赤くしながら返した。
「私もとっても楽しかった。いつも電車の中では退屈してたんだ。今日はありがと」
明日香はサッと夏樹の隣の席から離れた。リンスかシャンプーか、いい香りが夏樹の鼻に届いた。
「ねぇ、なっちゃん」
「なっ、なっちゃん!?」
思わずあだ名みたいな形で呼ばれて、夏樹は顔が赤くなった。
「さっきの隠し技コマンド、言える?」
「あ、当たり前じゃん!」
「じゃあ、言ってみて?」
夏樹はスゥーッと息を吸い込んで、一気に言った。
「上右下上下右左上上下右左上下右右左っ!」
そのあまりに大きな声に、由利や登、明日香の母である玲子たちが笑い出した。
「恥ずかし……」
明日香がニコッと笑う。えくぼが見えた。
「完璧だね! 頑張ってクリアしてね」
「おう! サンキューな」
それからバタバタして、ろくに挨拶もできないうちに夏樹は明日香と別れてしまった。
ホームに降りてからは、明日香ともう一度目を合わせたりすることはできなかった。夏樹はしばらく明日香たち岡本一家の姿を眼で追っていた。
「ねっ、夏樹! あの子のこと、好きなの?」
陽乃が話しかけてきた内容を聞いて、夏樹は思わず真っ赤になってしまった。
「んなんじゃねーよ! デリカシーとかねぇの? 姉ちゃん」
「デリカシーだって。難しい言葉使って、意味わかってんのかな?」
由利と祥夫もクスクス笑う。さらに顔を赤くして夏樹はプイッと顔を背けた。
秋田新幹線角館駅。JR田沢湖線と併用しているミニ新幹線だと調べて知っている。夏樹にとって、この新幹線に乗れるのが毎回の旅での大きな醍醐味のひとつとなっていた。
「何分発のに乗るんだっけ?」
由利が祥夫に聞く。祥夫は切符を確認し「16時48分だな」と返した。今は午後4時40分。まぁそれほど待ち時間は多くない。
「ねぇ、それって指定席?」
夏樹がワクワクした様子で由利に聞いた。
「当然。疲れてるのに座れなかったりしたら大変じゃない。東京まで立ちっぱなしなんて恐ろしくてできやしないわよ」
それを聞いてますますワクワクしてきた。早く電車が来ないか待ち遠しくて仕方がない。
「ねぇ! ジュース買ってきていい? やっぱり、電車でジュース飲むのも旅の楽しみかな〜とか思うの」
陽乃が嬉しそうに由利にねだった。
「あ、俺も俺も!」
「まーったく、仕方がないわね。その代わり、120円のよ。150円のペットボトルはダメ。OK?」
「チェーッ、ケチ」
陽乃がブゥッと頬を膨らませた。
「なに? 飲みたくないの?」
「冗談です! お願いします、奥様」
由利はフーッと息を吐いてからそれぞれに120円を手渡した。
「ありがとっ! 夏樹、行くよ!」
「待ってよ姉ちゃん! 早いって!」
夏樹が慌てて陽乃を追いかけようとして、思わず足を止めた。
「……?」
誰かに見られた気がした。夏樹は振り返って辺りを確認するが、誰もいない。気のせいかもしれない。
「夏樹、早く! 電車来ちゃう!」
「あ、待ってってば!」
夏樹は自販機の前で息を荒げながらどのジュースにするかを選ぶ。
「わーたーしーはー……やっぱり『なっちゃん』だな!」
夏樹は「なっちゃん」という言葉に思わずドキッとして小銭を全部落としてしまった。
「やだっ、ちょっとアンタなにしてんの!?」
「姉ちゃんが悪いんだ! なっちゃんなんて言うから!」
「はぁ!? 意味わかんないから。それより、ほら電車来たから急ぐよ!」
夏樹が振り向くと、こまちがホームに滑り込んできていた。
「わわわっ! ヤバいヤバい!」
二人は慌ててジュースを買い、そのまま電車に滑り込んだ。
「ギリギリセーフだね!」
夏樹が一息ついて、ジュースの栓を開けた。
「ホントあんたたちはいっつもギリギリなんだから。ヒヤヒヤさせないでちょうだいよ」
由利が呆れながら乗車席への扉を開けた。
「俺たちどこ?」
「B−56からよ」
「サンキュー」
そして、B−56の座席に座って向かいを見てから、夏樹は思わずジュースを吐き出してしまった。
「やだぁ、なっちゃん汚い!」
目の前の席にいたのは、他でもない、明日香だった。
まるで図ったかのように夏樹の行くところ、行くところへ現れる明日香。これは偶然か、必然か……。




