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第34話 欠席

「……。」

 夏樹が目を覚ますと、日の差し込む部屋にあるベッドの上で寝かされていることに気づいた。その日差しは優しく、暖かい。

「と……うさん?」

 ふと右を見ると、祥夫がベッドの隣に置かれた椅子に座ってうたた寝をしていた。

「あら……! 先生、先生〜!」

 夏樹は先生と呼ぶその女の人のことをハッキリと覚えていた。あの時、お世話になった三浦さんという看護師さんだった。

「朝倉くんが目を覚ましましたよ!」

「おっ……どれどれ」

 そう言って出てきた先生という人にも、夏樹は見覚えがあった。中島という名前の医者だ。

「朝倉くん。喋れるかい?」

「あ……はい」

「ふむ。どこか、気分は悪いかな?」

「ちょっと体がダルいかな……って感じで。それ以外は特に……」

「そうか。吐き気は?」

「まだ少し」

「なるほど。おなかは痛い?」

 しばらく考えてみたが、あまり痛くない。

「そんなに」

「ふんふん……そうか。まだしばらく経過観察が必要だな。三浦さん、ご家族呼んできて」

「お父さんならそこで眠ってらっしゃいますよ」

 理恵子がクスクスと笑いながら祥夫のほうを見た。

「夏樹くん。お父さんね、夏樹くんが倒れた日から毎晩、傍にいてくれたのよ」

「え?」

 夏樹はかなり驚いた。

「お仕事を欠勤……あぁ、学校で言う欠席みたいに休むことはできない分、夜に来て汗をかいてる夏樹くんの額を拭いてくれてたわ」

「……そうなんですか」

「それに、お母さんは朝から昼まで。お姉さんは夕方からお父さんが来るまで毎日来てくれてたのよ」

「そ、そんなに?」

「えぇ。ご家族、みんな夏樹くん思いなのねきっと」

 眠っている父の姿を見て、夏樹は胸が熱くなって涙が自然にこぼれてきた。

「お母さんとお姉さんには今から連絡入れますね」

 そう言って三浦看護師は病室から出て行った。

「お父さん、お父さん」

 中島医師が祥夫を起こした。

「んっ……はい」

「息子さんが気づかれましたよ」

 その声にすぐに目を覚まし、祥夫はしっかりと夏樹を見つめた。

「夏樹……!」

 祥夫は思い切り、夏樹を抱きしめた。少し恥ずかしい。そうは言えないから、夏樹はこう言ってその気持ちをごまかした。

「痛いよ、父さん」


 今日の日付は2月17日。丸3日間、夏樹は眠り続けていたことになる。その間、学校も欠席しているのだからきっと先生や明日香、水穂も心配しているだろう。今すぐにでも目を覚ましたことを伝えに行きたかったが、まだ退院はできなさそうだったので後で明日香と水穂には電話をしようと考えていた。

 夏樹自身、倒れた瞬間は覚えていない。血の味と胃液の酸っぱい味が口一面に広がって、椅子と机で体を打って、美智子の声と女子生徒の悲鳴が聞こえ、それから水穂の顔と明日香の顔が(よぎ)って、その後意識はない。気づけば、17日になっていた。

 水穂からもらったチョコはきっと血にまみれてしまっただろうから、処分されてしまったかもしれない。あの日、靴箱に入っていたチョコはどうなったのか、定かではなかった。

 祥夫は仕事があるので早々に病室を出て行った。入れ替わりで由利がやって来た。

「夏樹……!」

 病室に入るなり、由利も同じように夏樹をしっかりと抱きしめた。祥夫のときほど恥ずかしくはない。

「母さん……痛いから」

 でも急に誰かが来ると恥ずかしいので祥夫のときと同じように、夏樹は由利の体を離した。

「あぁ……ゴメンね。夏樹と喋るの、3日ぶりだからお母さん嬉しくて」

 そう言うと由利はリンゴを取り出した。クーラーボックスに入れてきたようだ。

「リンゴ、食べるでしょ?」

「うん!」

「いま剥くわね」

 由利が手慣れた手つきでリンゴを剥き始めた。

「……。」

 由利なら聞けるかもしれない。

 あの日もらったチョコレート、どうなった?

 ただ、それだけなのに。その言葉が重くて夏樹は聞けないまま、ベッドに横になった。

「あのチョコ……誰のだったんだろ」

 呟いたつもりだったのに、意外と大きい声だったようで由利が「えー? なぁに?」と聞き返してきたので少しドキッとした。

「ううん! 何でもないよ」

「そう? ならいいんだけど」

 ひょっとしたら、明日香のチョコレートだったのかもしれない。そうだとしたら本当に惜しいことをしたな、と夏樹は思った。

 だが、今日からまたしばらく学校は欠席しなければならない。退院して、学校に通えるようになったら明日香に聞いてみよう。夏樹はそう決心した。

 しかし、夏樹が5年5組のあの席に戻ることは二度となかったのだ。

無事意識を取り戻した夏樹。しかし、その彼さえ予想していなかった事態が学校をも巻き込んで大きく波及していきます。

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