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第31話 同窓会での席

 12月6日。

 夏樹は七海市クリエイトホールと呼ばれる会館の3階にある中宴会場に向かって階段を上がっていた。

 今日はいよいよ同窓会である。昨日はなかなか寝付けず、若干寝不足気味の夏樹だったが、それよりも緊張のほうが(まさ)っていたのであまり眠気は感じない。

 階段を上がり終えると、少し先に受付らしい場所を見つけた。受付では簡単な手続きが必要だったので、そこでまず当時のクラスメイトだった人物と会うことになる。しかし、夏樹はこのクラスに在籍はしていたものの、面識のある者はほとんどいなかった。なぜなら、七海市から遠く離れた場所に一時的に移り住んでいたからだ。結局、卒業式にすら出席しなかったこのクラスの同窓会の葉書が届いたこと自体、夏樹にとって驚きのほか何でもなかった。おそらく、優翔と水穂が同窓会幹事だからこそ届いたのだろう。夏樹はそんな風に思っていた。

「こんにちは!」

 受付の女の子が明るく声を掛け、夏樹の顔を見てから一瞬強ばったような気が夏樹にはした。

「こんにちは。朝倉夏樹です」

 夏樹は冷静に自分の名前を伝えた。

「はい……。朝倉くんですね。では、名札をそこのテーブルで書いて中へどうぞ」

「ありがとう」

 夏樹は去り際に彼女の胸についていた名札を見た。「中塚麻里」と書かれていた。彼女も6年2組だったんだな、と夏樹はそこで初めて知った。

 中に入ると、6年2組の生徒の半分くらいがあつまっているようだった。男子が少なめ。おそらく開始ギリギリに来るのだろう。

 なんとなく、所在無げな夏樹は適当にテーブルに着いた。左隣の男子生徒を見た。彼もまた、夏樹の顔を見てばつ悪そうな表情を浮かべた。

 名札を見ると「半田敬吾」という字。

(あぁ……。だろうな)

 話しかけづらいのも当然だろう。あれから謝罪もされないうちに消えるように夏樹はこの富樫小学校を去った。それから麻里、萌、敬吾、恭輔とは一度も会っていない。急にこんな所で会ったところで謝るのも変だろうし、だからといって普通には話しかけづらい。

 右隣の女子は、全然知らない子だった。正面にはまだ誰もいない。

 夏樹は仕方なく、目の前のペットボトルからジュースを注ごうとした。その時、敬吾の手が重なった。

「……。」

 夏樹は特に表情を変えず、パッとボトルから手を放した。敬吾は遠慮なくボトルを手にし、自分のほうへと持っていく。

(やっぱ変わってないな。まぁ、期待してたわけじゃないけど)

 すると、そのボトルが夏樹のコップに近づき、トクトクと音を立てて夏樹のコップをジュースが満たしていった。

「え……」

「ひ、久しぶりだね」

 敬吾は少し緊張している様子を浮かべたが、努めて笑顔で話しかけた。

「あぁ……うん」

 急に話しかけられて、夏樹も少し戸惑った。

「いま、どこの高校? 俺は風見台高校に行ってる」

「そっか。俺は七海高校」

「七海か。ちょっと遠いよな」

「まぁな」

 会話が途切れた。敬吾もどうしていいかわからないようだった。その時、正面の席に女子が座った。

「あ……」

 夏樹は胸が痛むような感覚に襲われた。胸の名札には「飯沼水穂」の字。

「朝倉くん……だよね?」

「飯沼……」

「それに、半田くん。二人とも、久しぶりだよね」

「あぁ! 飯沼じゃん! 久しぶり」

 敬吾は「よく来てくれた」と言わんばかりの嬉しそうな表情を浮かべた。水穂は笑って、夏樹に言った。

「来てくれたんだ。ありがとうね」

 夏樹は思わず赤くなってしまう。それから、少し小さい声で返した。

「うん……なんか、会いたくなって」

「そっか。後で優翔くんやちひろちゃん、萌ちゃんも来るから、みんなで久しぶりに話そうよ」

「……。」

「ね?」

 水穂は相変わらず優しい子だ。言葉遣いでわかる。しかし、その中にもしっかりと強さがある。

「そうだな」

 夏樹は微笑んで返事をした。


 同窓会が始まってはや1時間。全員が集まるのは珍しいと思いつつ、夏樹はジュースを口にした。少しぬるくなったオレンジジュースが喉を通っていくのがハッキリとわかる。

「朝倉くん」

 水穂がトントンと肩を叩いて夏樹を呼んだ。

「なに?」

「ちょっと、外に出ない?」

「外? この寒いのに」

「うん。ちょっと話したいことがあるんだ」

「わかった。すぐ行くよ」

 夏樹はパーカーを羽織って中宴会場を出た。水穂が少し前を歩いている。この寒いのに、あんなに短いスカートをはいている。夏樹は思わずスカートの少ししたあたりを見てから、顔を赤らめた。

 水穂がバルコニーらしいところへ通じる窓を開けると、冷たい風が吹き込んできた。夏樹も慌てて後を追う。

「……!」

 外へ出ると、そこにいたのは恭輔、敬吾、ちひろ、優翔の4人だった。

「よぅ」

 恭輔がぎこちない笑顔で夏樹に手を振った。

「久しぶり……」

 夏樹はいつもより幾分低い声で返した。優翔がいつもの夏樹ではないことに真っ先に気づいたようだった。

「元気だった?」

 ちひろの声。少しやわらかくなった感じはするが、夏樹の耳に届くこの声はあまり好きになれない。小学校の頃の嫌味がかった声が蘇ってくる。

「まぁ……」

 なぜ水穂がここへ自分を呼んだのかわからない夏樹はなんとなく落ち着かなくなってきた。沈黙が続くにつれて、夏樹はだんだんイライラしてきた。

「なぁ、なんでここに俺を呼んだの。飯沼」

「あっ……えっと」

 水穂はチラチラとちひろのほうを見た。ちひろが少し歩み寄ってきた。

「今さらだけど……小学校から中学校のことを、謝りたかったの」

「は……?」

 恭輔が近寄ってきて、勢いよくお辞儀をして謝りだした。

「ゴメン! 謝って許されるようなことかどうかはわかんないけど……。俺、小学校でお前に本当にヒドいことをした。でも、謝れなかった……。あんなことをするまで俺、お前を追い詰めてるだなんて思ってなかったんだよ!」

 夏樹は黙り込んでしまった。

「本当に……ゴメンなさい」

 ちひろが呟いた。心配そうな顔をして優翔や水穂が夏樹を見つめている。

「ハッ……」

 夏樹が突然笑ったので全員が驚いた顔をした。

「今さらそんな前のこと言われたって……困るし」

 ハッキリ言った。自分が思っていたことを率直に言った。

「どうだろうね。あの時……俺がもし火の見櫓から飛び降りて死んで、いまここにいなかったら同窓会で俺の話するようなヤツ、この中にいるかな?」

「……。」

 誰も口を開かない。夏樹は自分でも不気味に思うくらい、冷静に続けた。

「だってさ。どうよ。現にもう岡本明日香が……いなくなってからずいぶん経つけど、彼女もこのクラスに在籍してたろ?」

 優翔から聞いたことだ。明日香は2組になって間もなく、転校したのだ。

「今日、このクラスで一回でも岡本の話したヤツ、いる?」

「……。」

 誰も答えない。答えられないのだ。実際に話してなんかいないのだから。

「ほらね。俺にそんな風に謝るのは、俺が今生きてみんなの目の前にいるから。明日香と同じようにいなくなってたら……名前すらも出てこなかっただろうね」

 長い沈黙。冷たい風が全員の頬をなでる。

「飯沼と優翔だけには……俺からも謝るよ」

 水穂がハッとした表情を浮かべて夏樹を見た。

「ゴメンな? 黙ってあんなことして……」

「いいよ……。私、朝倉くんの気持ちは痛いほどわかるから……なんて、またわかりもしないのにこんなこと言っちゃってなんだけど……」

 夏樹は首を横に振った。

「俺が全部悪かったんだ。飯沼は、悪くない。なぁ、あの時のこと、怒ってる?」

 今度は水穂が首を横に振った。それを見て夏樹がホッとした表情を浮かべる。

「よかった。それが聞けただけでも、来たかいがあったよ」

「……。」

「優翔」

 優翔はジッと夏樹を見つめて放さない。

「ありがとね。いろいろ。マジで」

「気にすんな」

「……。」

 それだけで十分だった。二人には、この会話だけで意図することがハッキリ伝わる。

「のど渇いたな……」

 夏樹は恭輔の傍にあった缶を手にしてグイッと中身を飲んだ。

「あっ!」

 恭輔が叫ぶ。

「なに?」

「それ……カシスオレンジなんだけど……」

「へ?」

 夏樹は呆然とする。缶には「これはジュースではありません!」の表記。

 5分もしないうちに夏樹は真っ赤になって、まるで子ども返りしたかのように騒ぎ出した。しかも、父親らしい人の名前を叫んで泣きじゃくるばかりだ。

 困惑する恭輔やちひろをよそに、事情を知る優翔だけが、あの時の同じように夏樹に語りかけた。

「夏樹」

「やだー! やだ! 俺、離れたくない! 七海にいたい〜!」

 優翔がニッコリ笑って夏樹の手を握った。

「聞き分けのないこと言うなよ。別に一生の別れじゃないじゃん」

「やだ……。だって……」

「また会える。絶対、また会える……。だから、な?」

「絶対だよ?」

「うん。絶対」

「……わかった。俺、頑張る」

「待ってるね」

「うん……」

 そう言い終わると、夏樹はスゥスゥと寝息を立てて眠ってしまった。

「坂上くん……今の、どうしたの?」

 水穂が聞いた。

「あぁ……。もういいだろ。そろそろ話すぜ、夏樹」

 優翔は夏樹をロビーへ運んでから4人を中へ呼んで、話し始めた。

突然の夏樹の退行現象。そこで交わされた夏樹と優翔のやり取りが示す過去とは……。

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