第30話 置き去りの席
「……。」
夏樹がふと目を覚ますと、煌々(こうこう)と灯かりの点いた自分の部屋の電気が目に映った。
「寝てたのか……」
時計は午後10時半を指していた。
「夏樹? 寝てるの?」
姉の陽乃がドアをノックした。
「いや……起きてる」
今までは寝ていたけれど、今はもう起きているのであながち間違いではない。
「入るわよ」
風呂上がりらしい陽乃は頭にバスタオルを巻いていた。
「これ、夕方に届いてたわ」
夏樹が陽乃から手渡されたのは1枚の手紙だった。差出人の名前には見覚えがある。
「でもどうせアンタ、行かないでしょ」
陽乃は夏樹の学習机の椅子に座って言った。この手紙が前に来たのは高校1年生の秋だった。夏樹はその時、とても行く気分にはなれなかったので、欠席と返事をした覚えがある。その時も手紙を渡してきたのは陽乃だった。
「……今年は、行こうかな」
「あれ? どういう心境の変化?」
陽乃は少し驚いて夏樹のほうを見た。少し寂しそうに笑う夏樹。
「区切りをつけるため、かな」
「……そう」
陽乃もその言葉が何を意味するのか、なんとなくわかっている。だからこそ、あえて口にはしないのだ。
「まぁ、せっかく行くんだし楽しんでおいでよ。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
陽乃は小さく手を振って部屋を出た。バタン、と隣の部屋のドアが閉まる音を聞いてから、夏樹は手紙の入っている封筒を開けた。
第2回 富樫小学校6年2組 同窓会のお知らせ
2009年12月6日(日)18時より、登戸駅前のレストラン「ウェルシア」で同窓会を行います。前回の同窓会に出席できなかった方も、ぜひ出席ください。お待ちしています。
同窓会幹事 坂上優翔/飯沼水穂
ご出席 ご欠席
懐かしい名前が書かれている。さすがに優翔はもうひらがなで名前を書くことはなくなったようだ。
とりあえずボールペンを手にはしたが、出席と欠席のどちらに丸を付けようか迷ってしまう。夏樹は6年2組に対してあまり想い出も未練もなかった。富樫小学校よりも、ずっと大切な場所と大切な友達、そして大好きな自分の座席があった。
それでも、区切りをつけるために夏樹はこの1ヶ月ですべてを片付けるつもりでいた。綾音のために。家族のために。そして、夏樹自身のために。
夏樹はためらうことなく「ご出席」の「ご」の字を消し、出席に丸を付けた。
「まずは……ここからだ」
あの日のことが蘇る。それを思い出すと、辛く、苦しい。なぜあの時、あんなに残酷なことができたのか理解に苦しむ。あの時の自分に会えるのなら、夏樹は思い切り自分を殴り飛ばしてやりたいほどだった。
ひょっとすると、もう誰もそんな昔のことはあまり気にはしていないかもしれない。しかし、夏樹自身がその思いに囚われ、まるで自分だけ置き去りにされているような感覚がしていた。
夏樹はもう一度、葉書の字を見つめた。その視線は「飯沼水穂」の字を、しっかりと捉えていた。
夏樹だけが囚われているかもしれないある「想い」。その想いを少しでも溶かすため、夏樹は同窓会への出席を決意します。
夏樹がした、残酷なこととは……。