第27話 夏樹の部屋の席
「ねぇ、明日香ちゃん」
水穂が夏樹への手土産として持った給食のプリンを片手に明日香に話しかけた。
「なぁに?」
明日香は明日香で、算数と国語のプリント、参観日の手紙を持っていた。
「朝倉くんの家、行ったことある?」
「まさか! 全然ないよ」
「そっか……」
水穂はその返事を聞いて少し安心した。
「ねぇ、それはそうとなっちゃんとあの後何か進展あった?」
明日香はワクワクした様子を浮かべながら水穂に聞く。
「なーんにも。だって朝倉くん、きっとまだ明日香ちゃんが好きだよ」
「まっさかー! だったらなんで私のこと興味ないような素振り見せるの? 好きなら好きでなんか絡んでくるって」
「でも……」
「でも?」
その先は言わないほうがいい。昔のことをほじくり返してまでそんなことは聞きたくなかった。
「なんでもない! それより、早く朝倉くんの家に行ってあげよ。きっと待ってるから!」
「そうだね!」
水穂と明日香は雨が止んだばかりの道を水たまりをよけながら、夏樹の家へと向かった。
「……。」
「……。」
いざ夏樹の家の前に立つと、緊張してインターホンすら押せないで二人は呆然と立っていた。
「お、押します?」
水穂が明日香をインターホンの前に立たせた。
「いやいや! そこは水穂ちゃんが」
明日香が後ろに回って水穂をグイグイと押した。
「や! きっとおばさんは私より明日香ちゃんのことをよく知ってるはず」
また入れ替わって明日香が立つ。
「や! 水穂ちゃんのほうをなっちゃんは待ってるって!」
「や! 明日香ちゃんのほうが仲良しだし」
そんなこんなでグルグル入れ替わりを繰り返して5分が過ぎた。そんなことをしているのだから息も切れてくる。
「ハァ……ハァ……」
明日香はすっかり疲れてしまっていた。
「こ、これじゃいつまでたってもラチあかないよ」
水穂も息を切らせている。
「それじゃ、こうするしかないよね?」
「そうだね」
明日香と水穂は同時にインターホンを押した。ピンポーン、と音がする。しかし、誰も出てこない。
もう一度二人で押すはずが、タイミングがずれてピンピンポーンと2回連続で鳴らすはめになってしまった。
「しまった……」
明日香が思わず水穂の後ろに隠れる。
「やっちゃった」
水穂がオロオロしていると、シャッと言う音の後にガラガラガラ、と音がした。その音に反応して明日香と水穂が顔をそちらへ向けると、パジャマ姿で少し寝癖のついた髪をした夏樹が顔を出していた。
「チーッス」
熱があるようで少ししんどそうだが、笑顔を見せてくれたので二人はほっとした表情を見せた。
「入りなよ。いま、母さん買い物で留守してるだけだから」
「い、いいの?」
明日香がもう一度確認した。夏樹が、つい最近まで笑っていたように、本当の意味で笑って二人を手招きした。
「しっ、失礼します!」
夏樹の部屋に入る前に、水穂がまるで職員室に入るときのように挨拶をした。
「失礼されます」
夏樹が少し意地悪そうに返事をした。明日香もそれを聞いてクスクス笑う。
「座りなよ。そこのクッション二つあるでしょ。取ってテーブルの前にでも座って」
「う、うん」
明日香も水穂も緊張した面持ちでクッションを取り、言われたテーブルの前に座った。さっき夏樹が顔を出した窓側のほうに明日香。布団の敷いてあるほうに水穂。
「これ、今日の給食のプリン」
水穂がプリンを手渡すと、嬉しそうに「俺、このカスタードプリン好きなんだ〜」と少し温くなったそれを見つめた。
「あ、あと手紙と算数と国語のプリント。これは宿題だって」
明日香がそれを手渡そうとすると夏樹がプーッと頬を膨らませた。
「ねぇ、それ岡本がやっといてくんない?」
「バカ言わないでよ! なっちゃんの宿題なの。自分でするの」
「チェーッ。熱がまだ37度以上ある人に宿題なんて出す大迫先生の意味がわかんない」
「ブツクサ言わずに頑張ってね」
明日香はテーブルの上にプリントを2枚置いておいた。
水穂はキョロキョロと夏樹の部屋を見渡した。
勉強机の上はやっぱり鉛筆やら勉強道具が散らかっていた。水穂の机もたいがい散らかっているが、夏樹よりは綺麗だったので少し安心したが、帰ってから片付けようと思った。
明日香もキョロキョロと物珍しそうに部屋を見渡す。さっき入ったときには気づかなかったが、押入れの横の壁に志田未来、岡本杏理、福田麻由子のポスターが飾ってあった。
「なに二人して俺の部屋の調査してんだよ〜。恥ずかしいじゃん!」
夏樹のその声にドキッとしてすぐに顔をテーブルのほうへ戻した。
「冗談だよ、冗談」
夏樹が大声で笑い出すと、つられて二人も笑ってしまう。
「夏樹、入るわよ」
由利が帰ってきていたようだ。部屋に入ってくるなり水穂と明日香は「こんにちは! お邪魔してます!」と挨拶をした。
「あらあら、そんなかしこまらないで! リラックスしてていいのよ」
由利は優しく二人に微笑んで、持ってきた紅茶とビスケットを差し出した。夏樹が一緒にそれを取ろうとしたので「あんたはこっち!」と手を弾いてポカリスエットを渡した。
それから他愛もない話を1時間ほど続けていたが、明日香が「お手洗い貸してもらっていい?」と言って下へ降りていってしまった。
「……。」
水穂は突然黙り込んでしまう。緊張のあまり、何を話していいのかわからないのだ。夏樹の部屋に初めて入って、しかも二人きりになるなんて予想すらしていなかった。
「急に黙んなくてもいいじゃん」
夏樹が少しふてくされたように呟く。
「き、緊張しちゃって……その……」
水穂もそう言われても何を話していいのかわからなかったので、やっぱり沈黙が続く。
「……。」
「……。」
沈黙ばかりが続く。
(明日香ちゃん! 早く戻ってきて!)
トントン、と肩を叩かれたので振り向いた瞬間、夏樹の顔がものすごい近くにまで迫っていた。
「ふぇっ!?」
しかし、夏樹は真剣な表情のままだ。
「あのさ、飯沼」
「はい……」
しばらくためらった後、一気に夏樹は言った。
「俺、飯沼のこと好き」
「え……」
水穂の顔があっという間に真っ赤になった。
「や、やだ。冗談やめてよ〜。だって教室で見てたら夏樹くん、明日香ちゃんとすっごい仲いいじゃ……」
「夏樹くん?」
「!」
ついうっかり、夏樹のことを「くん」付けで呼んでしまった。水穂は焦って言い直そうとするが、夏樹は半分押し倒す形で水穂のほうへ迫ってきた。
「やだ! ちょっ……」
「飯沼は俺のこと嫌い?」
「……。」
「ねぇ、どう?」
水穂は真っ赤になりながら小さい声で答えた。
「好き……です」
「……ありがと」
夏樹は初めてではないキスを、水穂にした。
「岡本、戻ってくるかも。ゴメンな」
夏樹は照れながらすぐに布団に戻った。
「ううん……」
水穂もなんとか明日香が戻るまでに顔が赤いのをなんとかしようと手で顔を仰いだ。
「なぁ、水穂」
「へ!?」
水穂は急に下の名前で呼ばれたので真っ赤になってしまった。これでは一所懸命仰いだ意味がない。
「俺たち、付き合うってことでいいよね?」
「……うん」
「やった!」
夏樹が小さく微笑んだが、その中に少し後悔の念が含まれていたことを、水穂は知る由もなかった。
「……これでいいんだ」
明日香は夏樹の部屋のドアにもたれて、二人の会話をずっと聞いていた。胸が締め付けられるような思いがしたが、そろそろ部屋に戻らないと怪しまれる。明日香は深呼吸をしてから、ドアをノックして部屋へと戻った。
「それじゃ、また治ったら学校でね」
「おう。ありがと、二人とも」
玄関で由利と夏樹に見送られてから、二人は夕暮れの住宅街をてくてくと歩き続けた。
「そういえばさ!」
明日香が思い出したように水穂に言った。
「私がお手洗い行ってる間、なんか進展あった!?」
「え……っと」
水穂が少し戸惑った様子を見せた。
(しまった。なんかワザとらしかったかな)
明日香も少し緊張しつつ、水穂の返事を待った。
「明日香ちゃんだから言っておくね。私たち……付き合うことになったの」
わかっていたとはいえ、明日香に少なからずのショックが走った。
「そっかー! やったね、良かったじゃん!」
けれども、その気持ちを押し殺して喜びを表現する。しかし、意外にも納得がいっていないのは水穂本人だった。
「ねぇ、本当にこれでいいの!?」
「え?」
「だって、明日香ちゃんは夏樹くんのことずっと好きだったんでしょ?」
「やぁだ、そんな昔のこと……」
明日香は水穂と目を合わせないようにそう呟いた。
「昔じゃないよ!」
水穂がグッと明日香の肩を掴んだ。思わず明日香も驚いて水穂の顔を見てしまう。
「ねぇ、本当にこのままでいいの!?」
「……。」
「ホントは夏樹くんだってきっと明日香ちゃんのこと……」
明日香はそっと水穂の手を掴んだ。
「なっちゃんに聞きもしないのに、そんなわからないこと言わないほうがいいよ」
「それじゃ、今からでも聞きに戻ろう!」
水穂が夏樹の家のほうへと戻り始めたとき、明日香がグイッとその手を引いた。
「ダメ」
「なんで!?」
「ねぇ……自然学校で約束したでしょ?」
水穂の頭に、あのときの明日香の声が響いた。
――水穂ちゃんが、なっちゃんを好きだっていうことにしてほしい。
――そうすれば、噂とか消えてしまう。
――なっちゃんはステキな人だから、水穂ちゃんがなっちゃんを好きになるかもしれない。
――そうなったとしたら、水穂ちゃんはその想いを貫いて。私は、あなたたちが幸せになるのを一番に思うから。
「……うん」
水穂は小さくうなずいた。
「だから、貫いてね」
明日香はニッコリ笑った。水穂はまだ少し納得がいかないようだったが、とりあえずうなずいた。
その後は無言のままで歩き続け、舞子原商店街の北にある大通りで「じゃあ、私はここだから」と明日香が水穂に挨拶をした。
「気をつけてね」
水穂が小さく手を振る。
「水穂ちゃんもね」
「うん……」
相変わらず元気がない。
「暗いな〜! そんなで明日、学校に来ちゃダメだよ?」
「うん……」
これ以上一緒にいたら、水穂はますます暗くなるだろうと明日香は思い「それじゃね!」と言って家のほうへと走り出した。
後ろ髪を引かれる思いをしながら、明日香は何度も心の中で呟きながら家へと一気に駆け込んだ。
これでよかったんだ、と。
夏樹に告白され、付き合うことになった水穂。けれど、夏樹も水穂も明日香も、本心を隠したまま。そのまま季節はどんどん過ぎて行き、秋が終わろうとしています。




