第25話 食堂の席
「いただきまーす!」
夕食の時間。5年生一同は食堂に集まり、待ちに待った夕食をとり始めた。夏樹は水穂と建都の間で食べている。向かいの席は和真。その右隣は未波。左隣は――ちひろだった。
夏樹は黙々とご飯を食べる。その様子を少し心配そうに見つめる水穂。なんとか夏樹と接触する回数を増やさなければいけないと思う水穂は緊張もあり、思わず橋の進むスピードが遅くなる。
「……。」
夏樹が所在無げにキョロキョロと顔を動かした。よく見れば、夏樹の豆腐に醤油がかかっていない。
水穂は目の前にあった醤油を手に取り、夏樹に手渡した。
「どうぞ」
「ありがと」
夏樹がニコッと笑って醤油を受け取る。その笑顔を見るだけで、水穂は緊張が解ける気がした。
「ねぇ、朝倉くん」
「なに?」
「朝倉くんは、豚カツ好き?」
水穂の唐突な質問に夏樹はしばらく呆然としていたが、すぐに「うーん。それよりエビフライのほうが好きかな」と答えた。
「そうなんだ。あのさ、私、ちょっとおなかいっぱいだから豚カツ一切れ食べてくれない?」
「え? いいの?」
夏樹が嬉しそうに顔をほころばせた。
「うん! ホントに、どうぞどうぞ」
「ありがとう! いただきます!」
夏樹が嬉しそうにフォークで水穂の豚カツを一切れ、自分の皿へと持っていく。なんとか夏樹と接点ができ、なおかつ増えつつある。水穂にとっても明日香にとっても順調だ。
「おいしい?」
「うん! 飯沼にもらったから余計においしい」
その一言に水穂は思わずドキッとしてしまう。
(ダメよ、ダメ。好きになることなんてないんだから……)
しかし、ドキドキが止まらない。こんなにドキドキするなんて正直、水穂にとっては予想していなかった事態だ。
「飯沼?」
夏樹に声をかけられてハッと我に帰る水穂。目の前に心配そうに覗き込む夏樹の顔が、接近しすぎなくらい近づいていた。
「どした? 気分悪いの?」
「うっ、ううん! そんなことないよ!」
「でも……顔赤いし」
「あぁ! なんでもないの、なんでもない、ホントに。ほら、冷めないうちに食べちゃお!」
そう言って水穂はソースのかかったキャベツを半ば強引に押し込んだ。
「……!」
あまりに勢いよく飲み込んだため、喉に詰まってしまった。水穂の顔色が悪くなる。
「お、おーい。食べすぎじゃね?」
「ゲホッ、ゲホゲホ!」
夏樹が心配そうに声をかけると同時に水穂がむせ始めた。
「あー! もうほら、だから言ったのに! 水飲め、水!」
しかし、水穂のコップは空っぽだった。慌ててペットボトルを探すが、運悪くどれも遠くにある。
「水沼! 俺のヤツ飲めよ」
「んんんん! あめ!(ダメ!)」
「ダメとかじゃねーよ、ホラ!」
夏樹は強引に彼のコップを水穂に持たせ、飲ませた。詰まっていたキャベツがすぐに流れて喉の違和感がなくなった。
「……ありがと」
「いーえ。飯沼って意外とそそっかしいのな」
そう言いながら笑う夏樹の顔が、水穂の目に焼きついて離れなかった。それ以上に、さっきの口にしたコップが間接キスではないかと思うと、ドキドキがますます止まらなくなった。水穂の心が、どんどん夏樹へ引き寄せられる。
夕食も終盤へ差しかかった時。夏樹の顔がさっきから前後に揺れている気がしていたが、水穂が気づくとなんと、水穂の肩に顔を乗せて夏樹が居眠りを始めたのだ。
(え、え、え……!? ちょ、ちょっとこれは困る……)
水穂の顔がみるみるうちに赤くなる。しかし、そんな水穂のことはまったく気にしないという様子で夏樹は居眠りを続けた。
「……。」
水穂は緊張した面持ちでジッと体勢を崩さずに固まったままでいた。起こしてもいいのだけれども、もう少しこういう時間が続いてほしいとも思う。
「あ……」
不意に明日香と目が合った。口パクで何か言っている。注意深くその動きを見守ると、確かにこう言っていた。
いい感じだね!
「なんか照れちゃう……」
水穂は少し俯いて呟いた。すると夏樹の顔がますます水穂に近づいてきた。
(ひぃぃ〜!)
夏樹の髪からシャンプーの香りが漂う。男の子なのに、なんでこんなにいい香りがするのか水穂には不思議でたまらなかった。しかし、問題が起きた。夏樹の髪の毛が水穂の口の辺りに当たり、さっきからムズムズして仕方がないのだ。
(も、もうダメ……!)
「ヒックシュン!」
肩が揺れて夏樹の顔がガクン!と揺れてすぐにそのまま水穂の脚に、ちょうど膝枕のような状態で夏樹の顔が着地した。
(ひゃああああああ!)
さすがに周りの生徒たちも気づいてザワザワと騒ぎ始める。さすがに耐え切れなくなった水穂は夏樹を揺らして起こした。
「朝倉くん! 起きて、起きて!」
「んあ……あ?」
かなり寝ぼけているらしく、目を開けても状況がつかめていないようだった。
「恥ずかしいってば! 早く起きてよ!」
「うわっ……わあ! ご、ごめん!」
夏樹がようやく正気に戻って思わず勢いよく顔を上げた拍子に思い切り水穂の顎に夏樹の頭が当たり、そのまま水穂は椅子ごとひっくり返ってしまった。
「うあー! い、飯沼!」
夏樹は慌てて水穂を抱き起こしたが、既に半分失神状態だった。
「朝倉くん! なにやってるの!?」
美智子が騒ぎを聞きつけて血相を変えてやってきた。
水穂の耳には何か騒いでいる美智子の声。目には泣きそうな顔をした夏樹が映っていた。
「とにかく、部屋で安静にさせないと。朝倉くん、一緒に連れて行ってあげて」
「……はい」
夏樹は申し訳ない気持ちがいっぱいであったが、同時になんとなく、水穂と以前より近くなれたのではないかとも感じていた。
廊下を歩いていると、水穂が小さい声で呟いた。
「朝倉くん……」
「なに?」
夏樹は優しい声で返した。
「私ね……別に朝倉くんが頭、私の脚に乗せたことは嫌じゃなかったよ?」
「そうなの?」
夏樹は驚いた様子を見せた。
「ただ……恥ずかしかっただけ」
「……そっか」
夏樹はそう言ったきり、何も言わなくなった。
部屋に着くと夏樹はすぐに布団を敷いて、そのまま水穂を寝かせてくれた。
「ゴメンね。なんかホント悪いね」
「いいよ。元はといえば俺のせいだしね」
夏樹が笑う。やっぱり、彼は笑っているのが一番だと水穂は心底そう思った。
「なんか……眠くなってきちゃった」
水穂の目がトロンとしてくる。
「バスの移動とかで疲れたんだよ。お風呂の時間まで俺もいるし、少し寝たら?」
「そうしよっかな……」
「うん。それがいいよ」
「ありがと……。そうする」
「じゃ。オヤスミ」
「おやすみなさい」
そう時間が経たないうちに、水穂は寝息を立てて気持ち良さそうに寝始めた。
「……。」
夏樹はその水穂の様子を微笑みながら見つめた。
いま思えば、夏樹は本当に水穂のことをそういう風に見ていたのかもしれない。少なくとも、これは嘘偽りなく言えることだった。
家族以外に、明日香以外に、支えが欲しい。
家族に頼りっぱなしではいけない。明日香にはもう、頼りにすることで迷惑をかけられない。水穂しかいない。
そう思ったときには――夏樹は、水穂の唇に自らの唇を重ね合わせていた。
他人を好きになる。
好きになった。
夏樹は生まれて初めて、それを自覚した。
自分の気持ちに気づいたとき、夏樹はその感情を行動へと移してしまいました。夏樹を支えてくれている水穂。彼女がクラスメイトから大事な人へと変わった瞬間だったのです。




