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第24話 お座敷席

「どうぞ」

 水穂は明日香を部屋の座敷に案内し、お茶を入れて差し出した。相変わらず夏樹は寝ている。

「いいの? 起こさなくて」

 水穂は心配そうに明日香に聞いた。

「いいの、いいの。せっかく寝てるのに悪いわ。それより、お茶ありがとう」

「ううん! いいの。どうぞ」

「いただきます」

 明日香はそっとお茶を口に含んだ。水穂はそれをジッと見つめる。

「ど、どうしたの?」

 明日香はなんだか恥ずかしくなり、思わず聞いてしまった。

「あ、ゴメンなさい……。その、岡本さん……」

「明日香でもちゃん付けでもいいよ! そんなよそよそしいの、ナシ!」

 明日香はニッコリ笑って手を差し出してきた。水穂も笑って手を差し出し、二人はしばらく握り合っていた。

「岡本さん……あ、明日香さん」

「明日香ちゃんでいいよ」

「うん! 明日香ちゃん、本当に綺麗だね!」

「えっ!?」

 明日香は驚いて真っ赤になってしまった。

「やだ……。なんか恥ずかしいな、女の子に言われるのも」

「私も言ってて恥ずかしい」

 二人はクスクスと笑い合う。

「そうだ! 私、ビスケット焼いてきてるの。食べる?」

「あ! もらおうかな!」

 水穂は包んでいた袋を開け、二人でポリポリとそれを食べ始めた。しばらくビスケットを食べる音だけが部屋に響く。

「あの……」

 水穂が沈黙を破った。

「明日香ちゃん……朝倉くんのこと、どう思ってる?」

「えっ?」

 明日香がビスケットを食べながら答えた。

「あ、ゴメンなさい! 汚いよね……ンンッ! はい、OKです!」

 明日香は慌ててビスケットを飲み込んで質問をもう一度聞きなおした。

「明日香ちゃんは、朝倉くんのこと……」

 水穂はどう思ってる、ではなく、こう言い換えて質問した。

「好きだよね?」

「……!」

 明日香はあっという間に顔を赤くした。

「やっぱり」

 水穂はクスクス笑ってビスケットを1枚口にした。

「……バレてた?」

「ううん。クラスの子に話したら『それはありえないね』っていう意見ばっかりだったよ。女の子から見たら、あれはただの友達って感じで接してるっていう意見ばっかりだった。男の子はどうか知らないけど、女の子から見たら朝倉くんの片想いにしか見えないみたい」

「そっか……」

 水穂は口にしていたビスケットを飲み込んでから次の質問をぶつけた。

「告白とかしないの?」

「……。」

 明日香が呆然とした様子で水穂を見つめる。

「ど、どうかした?」

「ううん。ただ、水沼さんって意外とズバズバッと物を言うんだなって思って」

 水穂は慌てて「やだ! ゴメンなさい! 前からお母さんに悪いクセって言われてたのに」と随分慌てた様子を見せた。

「あぁ! いいのいいの! 私もそういうタイプの人、嫌いじゃないから」

「良かった。明日香ちゃんってやっぱり優しい、思いやりの人だね」

 水穂は本当に安心した様子を見せた。

「それで……質問の答えなんだけど」

 明日香はモジモジした様子で続けようかどうしようか迷っている。夏樹のほうを気にしているようだ。

 水穂はそっと夏樹の顔を覗き込んだ。

「大丈夫。寝てるから聞こえてないよ絶対」

「ありがとう。その……答えの前に、いい?」

 明日香は真剣な様子で、全てのことを話し始めた。

 夏樹がイジメを受けていたこと(これは水穂も知っていた)。

 夏休み中に自殺未遂を起こしたこと。

 風邪で長期欠席は実は病院でしばらく診療を受けていたこと。

 そもそもの原因が、明日香と二人で図書館にいたのを目撃されたことから始まったこと。

「……それじゃあ」

 水穂が不安そうに聞く。明日香は小さくうなずいた。

「うん。朝倉くんが様子が変なのは、それ以来ずっとなの」

「……知らなかった」

 水穂はショックが大きすぎて、何をどう返したらいいのかわからなくなった。

「ゴメンね。自然学校中にこんなこと、言うべきじゃないんだけど」

「ううん……」

 水穂はすぐに質問を返した。

「でも、そんなんじゃ……明日香ちゃん、朝倉くんが好きでも付き合ったりなんか……」

「できないよね」

 寂しそうに明日香は笑った。

「でも……小学生で付き合ったりとかって早すぎる気がしない?」

「それはそうかも」

 水穂はクスクスと笑った。

「こんなこと言っておいて悪いんだけど」

 明日香は突然水穂の耳に口を近づけた。なんだかくすぐったい気がする。そして、明日香は水穂に頼みごとを伝えた。

「……。」

「えぇ!? で、でも……」

「この状況をなくすには、そうするしかないって思うんだ」

 明日香は寂しそうに笑う。その笑みがあまりにも寂しすぎる気がして、水穂は心が痛む。

「ダメだよ! いくらなんでも……」

「でも、私は……ゴメン、呼び方変えるね」

「え?」

「私は、なっちゃんがこんな……暗い、塞ぎこんだままのほうが嫌なの」

「……。」

 彼女は、朝倉くんを「なっちゃん」と親しげに呼ぶ。それなのに、どうしてこの二人は距離を置いてまで……私にそんなことをさせてまで、距離を置かなければならないのだろう。

 水穂は自分のことのように悔しくなり、泣きだしてしまった。

「どうしたの!? 水穂ちゃん!」

「ゴメン……なんか、悔しくって」

「……ありがとう」

 明日香はそっとハンカチを取り出して、水穂の涙を拭いてくれた。

「ゴメンね、変なお願いして」

「本当にいいの?」

 明日香は力強くうなずいた。

「……わかった。じゃあ、3日目の夜だね?」

「うん。お願い」

 明日香はもう一度、うなずいた。

「うーん……」

 夏樹が突然、起きそうな素振りを見せた。

「ヤバイね! 私、部屋に戻るよ」

「う、うん! じゃあ……私、頑張るよ」

「ありがとう、水穂ちゃん。じゃあ」

「またね!」

 明日香が慌てて部屋を出るのを、水穂は見送るしかできなかった。

「あれ? 飯沼一人?」

 夏樹が寝ぼけ(まなこ)を擦りながら聞く。

「うん……一人だったよ」

 水穂の頭の中を、明日香の頼みごとがグルグルと頭を巡っていた。


 ――水穂ちゃんが、なっちゃんを好きだっていうことにしてほしい。


 ――そうすれば、噂とか消えてしまう。


 ――なっちゃんはステキな人だから、水穂ちゃんがなっちゃんを好きになるかもしれない。


 ――そうなったとしたら、水穂ちゃんはその想いを貫いて。私は、あなたたちが幸せになるのを一番に思うから。


「そこまで強く願うなら……あなたといたほうがきっと幸せなのに」

 水穂は明日香のことを思うと、涙が止まらなかった。

「ゴメン、朝倉くん……私、ちょっと出てくるね」

「え?」

「すぐに戻るから!」

 水穂は夏樹の返事を聞かないうちに部屋を飛び出した。

 明日香の部屋は1041号室。部屋を出て右のはずだと水穂は思い、必死に走った。部屋に入る寸前の明日香を辛うじて水穂は呼び止めた。

「明日香ちゃん!」

「水穂ちゃん?」

 ハァハァと息を荒げる水穂。明日香は心配そうに見つめる。

「どうしたの?」

「私……私ね」

 言おうかどうしようか一瞬迷ったが、言った。

「夏樹くんのこと……ずっと好きだったの」

「……。」

「……急にゴメンなさい」

「ううん。いつから?」

 明日香は笑顔で聞いた。裏では怒っているのではないかと水穂は思ったが、この笑みにそんな(よこしま)な気持ちはひとつも見えなかった。

「3年生の……秋から」

「そっかぁ! スゴいね! 私よりずっと長く思ってるんだ!」

 明日香はパチパチと手を叩いた。

「でも……きっと夏樹くんは明日香ちゃんじゃないとダメなんだよ! 私なんかじゃダメ! だから……さっきの話はナシにしようよ。ねぇ、お願い!」

「……ダメだよ」

 明日香の声が震えた。

「ダメ」

「どうして!?」

「だって……なっちゃん、私と噂立てられたせいでイジメられて、自殺しそうになって! 私と一緒にいたばっかりに今のなっちゃんは昔のなっちゃんじゃなくなっちゃった! 私だけならいい。でも、唯一普通に接してる水穂ちゃんにも本当の意味での笑顔で笑わなくなっちゃった。感情がないみたいになっちゃった! そんなにした私が……なっちゃんを好きでいたって……なっちゃんは幸せになんかなれないよ」

 最後のほうは涙で声が枯れて、とても聞き取りづらかった。むしろ聞こえなかったほうが良かったのかもしれない。明日香の切ない想いが、水穂の胸を締め付ける。

「だから……私はもう、なっちゃんと一緒にいられない」

「……そんな」

「でも、傍で支える人が絶対にいるの。家の人以外に。それは……水穂ちゃんしかいないと私、本当に思うの。だから……お願い」

「……本当にいいの?」

「うん……お願い」

 明日香はギュッと水穂の手を握った。

「ね? そろそろ皆帰ってくるよ。部屋に戻ったほうがいいよ」

「……わかった」

 水穂はまだ納得がいかない様子だったが、明日香は自分の想いは伝えきったので後悔はなかった。

 水穂を見送り、ドアを閉める。暗い玄関でドアにもたれ、明日香はため息をついた

「あれ……?」

 涙が出る。止まらない。

「……後悔なんてしてないのに。おかしい……な……」

 明日香は座り込んで、涙をただただ流し続けた。

 自分の気持ちを押し殺してまでして、夏樹のことを守ろうとする明日香。その明日香を気遣い、最後まで夏樹のことを見てほしいと望む水穂。

 明日香の強い意志に負けて水穂は夏樹を見守ることを決意するが、後悔していないはずの明日香からこぼれる涙。果たして、その涙の理由は……。

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