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第13話 仏壇前の席

「さ〜、いらっしゃい、いらっしゃい! 今日は冬野菜が特に安いですよー!」

 玲子が威勢良く呼び込みをしていると、その視界に見慣れた少年の姿が入った。

「あらぁ! 夏樹くんじゃないの!」

 夏樹はペコッとお辞儀をした。後ろに隠れるようにしてついて来た綾音がその拍子に丸見えになって玲子と目が思い切りあった。

「あら!?」

 玲子は呼び込みも早々に切り上げ、彩音のほうをジーッと見つめた。

「なんだ。どうした?」

 玲子の声が聞こえなくなったのに気づいた登が顔を覗かせて「おっ?」と同じような反応をして夏樹と綾音のほうへ寄ってきた。

「あっ、あの。あたし、その……」

「夏樹くんの彼女さん!?」

 玲子は顔をパァッと明るくして手を合わせた。

「ほほう! 夏樹くん、以前からモテモテだったからねぇ」

 登もウンウンとうなずきながら微笑んだ。

「えへへ……ご無沙汰してました」

 夏樹は少し照れながらもう一度お辞儀をする。

「やだねぇ、水臭い! 気にしなさんな、同じ街に住んでるんだからさぁ」

 さすが八百屋のオバサンというところだろうか。元気いっぱい、下町のオバチャンって感じがする。

「ところで……どうしたんだい、急に」

 玲子が不思議そうに顔を見つめる。

「あの……この子、佐野綾音っていうんですけど……その……」

 夏樹は言いづらそうにしている。それをなんとなく察知した玲子と登が同時に言った。

「入りなよ。明日香もきっと、夏樹くんと綾音ちゃんに会いたがってるはずだから」

 それを聞いてホッとした様子で夏樹と綾音は店の中へ入っていく登と玲子についていった。

「あっと、ゴメンね……あら?」

 靴を脱いでそろえているとぶつかったのは、花那だった。

「あっ、花那さん。お久しぶりです」

 花那はもう大学4年生だ。ずいぶんと大人っぽくなって、夏樹もドキドキすることがある。

「ホントね。最近姿見せなかったから、明日香も寂しがってるんじゃないかしら」

 クスクスと笑う花那。自分と比べると大人っぽすぎる花那に綾音は少し劣等感を覚えた。

「たっだいまぁ〜。あー! チョー疲れた!」

 同時に店の中に入ってきたのは明日香の弟・圭太だった。

「あれ!? 夏樹さん?」

「チッス。久しぶり」

「わぁ〜久しぶりです……ん?」

 隣にチョコンと座っている綾音を見て思わず圭太は赤くなった。

「な、夏樹さん……そのお隣のカワイイ方は?」

 ボン!と音がしそうなくらい一気に綾音は赤くなった。

「えっと……いま、お付き合いしてる……佐野綾音さん」

 さらに顔が赤くなる。綾音は恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。

「そうなんですか……きっと姉ちゃん、嫉妬してますね」

 圭太がクスッと笑った。

「バカ言うなよ」

 クスッと夏樹も笑うが、綾音は複雑な気持ちがいつまでたっても残っていた。


「こっちよ。あれから場所は変わってなくてねぇ」

 玲子の案内で夏樹と綾音は狭い廊下を歩いていく。少し古びていて、どこか懐かしい雰囲気のする明日香の家は、確か小学校6年生のときで築50年だと明日香本人から聞いた。

 歩くたびにギシギシと床の軋む音がする。

 不意に綾音と夏樹の鼻に線香の匂いが伝わってきた。

「はい、どうぞ」

 玲子が障子を開けると、小さな仏壇に花と果物、少しばかりのご飯とお茶が供えてあった。

「さぁさぁ、早く入りなさい」

 綾音が遠慮気味にその和室へ入る。夏樹が続いた。

「それにしても夏樹くん、背が伸びたわねぇ。今は何センチあるの?」

「176センチです」

「176!? まぁ〜……そう。月日が経つのは早いのねぇ」

 玲子の言葉に綾音は少し重みを感じた。

「ちょっと飲み物を用意してくるから、まぁ話でもしてやって」

「はい。ありがとうございます」

 玲子はニコッと笑うとすぐに部屋を出て台所のほうへと向かっていった。

「ゴメンな。なんか」

 夏樹が急に謝ってきたので少し綾音は驚いた。

「ううん! あたしが勝手に行きたいって言ったんだから……なんで夏樹が謝るの?」

「や……なんとなく」

「それより、久しぶりなんでしょ? 明日香さん」

「うん……」

「ほら、早くしなよ」

 夏樹は促されるまま、そっと仏壇の前に座り込んだ。仏壇のところに壁には明日香の写真。そして、その横には夏樹、明日香、優翔、ちひろの4人が写った写真が飾られていた。

 夏樹は懐かしそうにその写真を眺める。

 しばらく見つめた後、(りん)を鳴らした。線香の煙が風にたなびいて少し揺れた。

 綾音は不謹慎だとは思ったが、夏樹のそのときの顔が少しキレイで、思わずドキッとした。

「綾音。次」

「え?」

「え?じゃないだろ。ほら、次」

 綾音は夏樹に押されるようにして仏壇の前に座った。

 それから、さっき夏樹が見つめていた写真を見上げた。

「ねぇ、夏樹」

「うん?」

「この写真……向かって左端は夏樹だよね?」

「うん」

「その隣が、明日香さん」

「うん」

「その隣にいる男の子は?」

 少し間が開いた。

「クラスメイト」

 やっと答えてくれた声もトーンが低い。

「そんなに仲良くはなかったわけ?」

「……まぁ」

「そっか……」

 仲が悪くはなかったのだろう。何か事情があって、疎遠になったのだろうか。

 綾音は鈴を鳴らしてしばらく手を合わせた。夏樹はその後姿を目を細めて見つめる。

 直後、台所のほうからガラスの割れる音と「あー! やっちゃったぁ!」という玲子の声が聞こえた。

「コップ……割っちゃったのかな」

 綾音が立ち上がって廊下のほうを覗き込んだ。

「あ、あたしちょっと手伝ってくるよ」

 綾音は素早く駆け出して和室を後にした。

 夏樹は一人になった部屋でもう一度、4人の写真を眺めた。

「ん……!」

 夏樹の視界が急に眩むようにして揺らいだ。思い出したくない記憶だが、この4人を見るといつも嫌でも思い出される。


 小学5年の夏休み。


 夏樹にとって、大きな出来事が続いた夏休みだった。

久しぶりに岡本家を訪ね、仏壇の前に座った夏樹が思い出す、小学5年の夏休み。夏樹を大きく変える夏のひとつがいま、始まります。

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