表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/81

第12話 3年C組の席

「……樹。夏……」

「ん……」

 自分の名前を呼ぶ声がする。

「夏樹!」

 ハッと目を覚ますと、目の前に見慣れた顔がいた。


 佐野(さの)(あや)()だ。


「綾音……」

「どうしたん? さっきの古文、ずっと寝てたやん」

「え……」

 気づけば腕時計の針は2時10分を指していた。ここ、神奈川県 七海(ななみ)市立七海高等学校は50分授業だ。5時間目は1時20分からだったが、その前の昼休みくらいから記憶がない。

「俺……寝てた?」

「寝てたも何も、爆睡。いびきこそ聞こえてなかったけど、先生何回も声かけてたよ」

「そ、そっか……」

「……。」

 綾音は夏樹の様子がおかしい理由は聞かずにいた。というのも、綾音もその理由をハッキリと知っているからだ。


 2009年11月24日。


 あの日まであと1ヶ月だ。


 夏樹はその日が近づくにつれてなんとなく落ち着かなくなっている。毎年のことだ。そして、気温が下がって寒くなってくると時たま、夢で彼女や彼らのことを思い出す。

「ねぇ、夏樹」

 綾音は夏樹の前の席に座って言った。

「私も、アスちゃんのところへ連れて行って」

「え……」

 夏樹の顔が曇った。綾音自身、自分がどれだけ夏樹にとって重い言っているのかは重々、承知している。それでも、今年ばかりはこれを交わさずに過ごすことは不可能に近かった。


 綾音と夏樹は今、付き合っている。


 今年の4月からだ。


 高校1年生のときに綾音は夏樹に告白したが、夏樹は気になる人がいるからと断ったのだ。綾音自身、それなら仕方がないかと一瞬諦めそうになった。ところが、それがアスちゃん――岡本明日香という女の子であることを知った日から、夏樹の気持ちをなんとか自分へ寄せようと、それこそ毎日努力を重ねた。

 夏樹は見た目が明るく人懐っこい感じから同性、異性問わずに友人が多かった。しかし、異性に対して時折見せる不安感のようなものを綾音は感じ取っていた。それは姉・陽乃に対して特に露骨に出ることがあった。

 一度、陽乃が野球部の応援で倒れたことがあった。熱中症。応援に夢中になりすぎて水分を取っていなかったのが原因だったようだ。幸い、影で休むことですぐに回復したが、夏樹のほうが動揺してそれから応援どころではなくなっていたのを綾音もハッキリ覚えている。


「あたしは」

 綾音はしっかり夏樹を見つめながら続けた。

「夏樹の全部、受け入れるつもりでおるんやけど」

「……簡単に言うなよ」

 夏樹はプイッと顔を背けた。

「簡単じゃないことくらい、わかってる。でも、夏樹はあたしを受け入れてくれた。違う?」

「……。」

 夏樹も十分、わかっていた。

 綾音に告白されたのは何も2回だけではなかった。高校1年生で1回、2年生で3回、そして付き合うことになったときだ。ふつう、フラれたら1回や2回で諦めるものを綾音は諦めるどころかどんどん自分磨きをして夏樹にふさわしい女になるとやたら張り切っていた。

 そうして1年生の時には中学生とほとんど変わらない雰囲気だった綾音が今では私服を着れば大学生かと見間違うほど、きれいになっていた。外見でなく、中身ももちろんだ。

 シッカリ者だったが、それに優しさも加わりただ口うるさいだけではなかった。そこらの女子と比べれば、ずっと夏樹にとっても他の男子にとっても魅力的だった。

 でも、彼女に夏樹自身が抱える過去を一緒に背負ってもらうつもりまでなかった。今まで夏樹も付き合ってきた女の子は何人かいたが、結局夏樹の不甲斐なさに憤慨したり明日香の存在の大きさに耐え切れず、全部向こうから別れを切り出された。

「でも……」

「あー!」

 綾音が大声を出して夏樹のほうに顔を思い切り近づけてきた。

「とにかく! あたしは行く! なんか文句ある?」

「別に……俺は文句なんてないけど」

「じゃあ決定! 案内、お願いします!」

「了解。それじゃ、放課後な」

「オッケー」

 綾音は機嫌良さそうに自分の席へと戻っていった。

「おばさんになんて挨拶しよう……」

 あれ以来、夏樹は岡本家へ入ったことがなかったのでどう切り出して入るべきか、実はわからないでいた。


「おい、どっち行くんだよ」

 夏樹に声をかけられて綾音は思わず振り向きざまに電柱にぶつかりそうになった。

「え? あ、そっちなんや。もぉ、早く言うてよ。ぶつかりそうになったやん」

 夏樹がクスッと笑って「お前の方向音痴、中学のときから変わんないのな」と言った。

「いいやん。人には欠点だって必要やし。あたしみたいなカンペキな女の子にはこういうカワイイところも必要やん」

 夏樹が呆れた様子で綾音を見つめている。綾音は顔を赤らめて「そ、そんな顔せんでもえぇやん! 冗談やねんから!」と半泣きになったような顔でそういった後、後ろを向いて俯いてしまった。

 フゥ、と夏樹はため息をついて綾音の後ろに回り、頭を優しく撫でた。

「それくらいわかってるよ。ほら、早く行こうぜ」

「うん……」

 綾音は立ち上がり、夏樹の後ろをついていった。いつのまにか夏樹の身長も176センチとかになってしまい、164センチしかない綾音と10センチもの隔たりができた。二人が出会った頃、夏樹より綾音のほうが大きかった。やっぱり男の子だな、と思う。

 ふと綾音が気づくと、七海市街の中でも特に下町っぽい雰囲気が出てる海岸沿いの「舞子原商店街」へやってきた。

 午後4時半。夕食の買い物に来ているお母さんやおばあちゃんたちで商店街は大賑わい。そんな中、制服の綾音と夏樹はかなり浮いて見える。

「ね、ねぇ夏樹。ちょっと恥ずかしいんやけど……」

 綾音は夏樹の服をそっと引っ張って訴えた。

「え?」

「商店街なんて通らなくてもいいやん」

「だって、岡本の家、商店街で八百屋やってんだからしょうがないじゃん」

「八百屋!?」

「言ってなかったっけ? ほら、あそこ」

 綾音と夏樹の目の前に映ったのは、威勢良い声で「大根今日は安いよー!」と商売をしているおばさんとおじさんだった。

「ほら、行くぞ」

「えっ!? 本気!?」

「ウソついてどうすんだよ。ほら、早く」

「り、了解……」

 綾音はサッサと行ってしまう夏樹の後へ恐る恐るついていった。

ここは現代(2009年)パート。

夏樹と付き合っている少女・佐野綾音の登場。そして、彼女が今後知る「岡本明日香」という少女の実際とは?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ