光り (E)
瞼を閉じれば、そこに焼き付いているかのように繰り返し……あのブルーグレーの瞳が浮かびあがる。気を緩めればそうして思い出してしまうのは、フェリシアの事だった。
エリアルドは執務室でほんの少し小さなため息をついた。
「恋する王子さまは、美しい姫を想ってため息か?」
笑いながら言ったのは、ショーン・アンブローズだった。
ショーンは遊び友達として連れて来てもらい、それ以来今も親友として、尚且つ王太子の仕事を支えてもくれている。
「からかうな……」
くすっと微笑んで、ショーンのその言葉をかわした。
「こんなときにも慌てないなんて、殿下のその王子の仮面は鉄壁だな」
「ショーンにもそっくり返してやるよ」
ぱさり、とショーンが机に置いたのは新聞だった。誰の策かは知らないが、他ならぬエリアルドのロマンスがでかでかと絵入りで1面を飾っている。……この国の行く末に関わる一大事『エリアルド王子の恋』は、そう言っても過言ではないこの国の大事だ。
「この絵よりも……美しかったな、彼女は」
ショーンの言葉にエリアルドは頷いた。
「……そうでなくては……最終候補にならなかっただろうな」
国の看板とも言うべき、未来の王妃は……容姿さえ選抜の基準となっているはずだ。実際、エリアルドの母のクリスタは冴え冴えとした美貌を誇る人だ。
「エリアルド、舞踏会へ行かないか?」
「……舞踏会へ?」
ショーンの誘いに、エリアルドは何を言い出したのかと訝しく思いながらその読めない表情を伺った。
「ウェルズ侯爵家の舞踏会だ。きっと……麗しの姫も来るに違いない」
にこりと微笑むショーンである。
「……忍び込めと?」
王族は基本は、貴族の舞踏会には行かないことになっている。あちらには行ってあちらには行かない、となると問題が生じるからだ。
「誰もお忍びの王子さまを拒んだり出来ないさ」
「誰の策だ?」
「策じゃない。王子さまは、一目惚れしたお姫さまをもう一度その腕に抱きたくて、つい忍び込んでしまうのさ」
(もう一度……)
確かにエリアルドはそう思っている。あながちショーンの言葉はでっち上げではない。奇しくも極めて……本音に近くもあった。
王宮の舞踏会の後にフェリシアには王宮御用達の宝飾品からジュエリーを贈っていた。すぐに彼女からは丁寧な御礼状が届いていて、きっちりとした教養を身に付けた事が伺える筆跡とそして文章が見てとれた。
「贈った物は……気に入ってくれただろうか………」
「気になるなら、確かめてみればいいじゃないか?」
「嫌みなやつ」
これまで女性にジュエリーなど贈ったことはない。
だから……24歳にもなってはじめてしている事だから、戸惑いが大きいというのに。
「カーラにはあれこれ贈ってるくせに」
「カーラは、幼馴染みだろう。それに、身につける物なんて贈った事はない」
「だけど女性には違いないし、贈り物はしてきた事に違いはない」
くすくすとショーンが笑った。
「お前だって……、目に良いと聞けばすぐに贈ってるだろう?」
「まあ、そうだな……」
遊び仲間だったカーラ・グレイ。
失明さえしなければ、エリアルドの婚約者筆頭だったのは彼女だったかも知れない。
だが……それはすでに、はるか遠い過去に失われた可能性だ。今はただ、友人として彼女の幸せを……いつか光が戻らないかと祈るばかりだ。




