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王妃の階段  作者: 桜 詩
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白のドレスは企みの色

 デビュタントたちの白いドレスと、髪には花冠。その姿はただひたすらに初々しくて、社交界に全く慣れていない彼女たちを微笑ましく見せていた。


フェリシアも、今、その内の一人としてジョエルをエスコート相手に、広い王宮の大広間の紳士淑女の中に紛れていた。


先程入場したデビュタントたちは上流貴族たちに暖かく迎え入れられた。こうしてフェリシアも社交界に仲間入りを果たしたのである。

王宮の大広間は圧倒的な伝統と格式のある美術品で飾られ、そこかしこの彫刻を施された柱や扉さえ美しく輝いている。

天井にはガラスの巨大なシャンデリアが蝋燭の炎を反射させて煌めいて、暖かみのあるオレンジ色に室内を照らしている。


エスコート役のジョエルとフェリシアは幼馴染みであるが、大人になった彼と会うのは幼い子供の頃以来であった。

ウィンスレット公爵の弟である彼は、彼の父親にとてもよく似た容貌をしていて、まだ19歳と若いのにとても色気ある男性で、女性たちの視線を集めている。

褐色の髪と青い瞳が男らしく精悍な顔をより麗しく見せていた。

彼の好む、癖のあるムスクの配合した香りも合まってその年齢以上に大人びて見せて、女性を惹き付けている。


「全て、俺に任せるといい」


ジョエルはそう言い、今日(・・)()手筈(・・)を教えなかった。

今日はエリアルドと初対面を果たす日である。どのような形で計画が成されているのか、詳細を告げられないのはとても不安にさせられる。


「余計な事は考えないでフェリシア。今日は君のデビューという晴れがましい日なのだから心から楽しむべきだよ」

「そんな事…」


無理だと告げようとすると


「いけないな。そんな緊張をしていては、俺のエスコートがとても酷いようじゃないか」

おどけて首をふるジョエルにこの日は初めてようやく笑った。


「うん、それでいいよ」


人々の笑いさざめく声の中、ようやく周りが目に入り出す。色とりどりの着飾った若い未婚の令嬢たちは、若い貴公子たちと会話を楽しみ、既婚の貴族たちはそれぞれに語り合い、王族の入場の時まで過ごしている。


「何といっても君は、今や一番美しい令嬢だと言っても過言じゃない、見て?どの男たちも君と話したくてうずうずしてるし、女たちは、君の美しさに嫉妬する」


フェリシアは自分が目立つことをそうやってジョエルに示された。確かに視線は感じるが、あちこちに視線を巡らせることは出来ない。


「ジョエル、視線を集めてるのは貴方ではなくて?」

「まさか。フェリシアは少し、自意識過剰くらいになってもいいんじゃないかな?」


ジョエルに笑いかけた、その時に大広間の正面扉が開き、ここにいる誰よりもひときわ綺羅綺羅しい王族の入場となる。


シュヴァルド王とクリスタ王妃、王弟アルベルトと妃エセル。


そして…王太子エリアルド…と弟のギルセルド。

エリアルドのエスコートする相手は、王姪のプリシラ、ギルセルドには王姪のアンジェリン。


はじめて見るエリアルドは、一言で言い表すなら、美男。

銀とも見紛う淡い金の髪を、しっかりと後ろに撫で付け、キリリとした眉とその下にある青い瞳には鋭さがある、鼻梁はすっきりと収まり、笑みを湛えた唇は、僅かに薄い。

王妃に似たエリアルドに比べると、ギルセルドはシュヴァルド王にそっくりの顔立ちときらびやかな金髪と青い瞳で、どこか冷たい印象があるエリアルドに対して明るい印象があった。


容姿が麗しい事を望んでいた訳ではないけれど、嫌悪感を抱く容姿で無かったことにホッと安堵した。


プリシラとアンジェリンはとても似通った二人で、背がすらりと高く、金髪と青い瞳の目元の美しい美人で、父親のアルベルトと似て見えた。


遠くで王の挨拶が聞こえ、弦楽器の旋律に乗せて王族のダンスから舞踏会始まった。それは華やかな世界への幕開けを思わせ、その音楽と、その音に合わせて踊るこの国一番の貴人の姿に見とれていた。それは、他のデビュタントたちも同じでまだ幼さの残る少女たちは一様に目を輝かせて熱心に見つめていた。


そうして、華やかさにうっとりとした所で腕に手をかけていたジョエルが手を軽く叩いて促してくる。

「フェリシア、俺たちも踊るんだよ」

「あ…」


2曲目が旋律を奏ではじめ、周りの紳士淑女たちは次々にダンスの輪に入っていく。


ずっとダンスの練習はしてきたけれど、こんなにたくさんの人々の中で踊るのははじめてで。ジョエルのエスコートで、くるくるとステップを踏んで踊る。 こんなにたくさんの人がいるのに皆がぶつからないのは凄いことだと思った。


「やっと、本調子?」

「本調子だなんて、とんでもないわ。今だってジョエルの足を踏まないかドキドキしてるもの」


くすくすと軽やかな声をあげて笑いあいながら、ジョエルは巧みにフェリシアを踊らせた。


そして、ふと、フェリシアの背中と誰かがぶつかってしまい、


「きゃ…」


小さな悲鳴をあげて、そしてぶつかった衝撃でぐらりと傾いだ体が、しっかりとした腕に抱き止められる。

床が見えた視界の端に黒のテールコートの裾がひらりと見えた。


「ごめんね、大丈夫?」


ウエストに腕を回されたまま、その声の主を見上げた。フェリシアの髪から花冠がふぁさり、と滑り落ちる。


目を向けたその先にあるのは、鋭い青い瞳。その持ち主はさっきはじめて見た、かの王太子 エリアルドだった。

驚きと……何とも言えない、その一瞬は……。


言うなれば時が止まったよう。


フェリシアは見つめ合ってしまった事にはっとして、視線を外して身を起こしお辞儀をした。

「ご無礼を致しました。申し訳ございません、殿下」

「君のせいではないよ」


これまで知る男性たちの中でも彼の声はとても低くて、響きよく心地良ささえある。

エリアルドはフェリシアから落ちた花冠を拾うと、形を整えてそっと結い上げた髪に丁寧に着け直した。

触れるか触れないかの、その手に全ての神経が向かうかのようだった。


「殿下、申し訳ございませんでした。こちらの令嬢は、レディ フェリシア・ブロンテです」

ジョエルがお辞儀をして敬意を示し、フェリシアをさりげなく紹介した。


「では、レディ フェリシア。これも何かの縁のようです、次の曲は是非私と踊っていただけますか?」


(これが…用意された筋書きなの?)

知らされていたフェリシアにさえ信じられないくらい自然な出会いだったのだ。


「はい、喜んで」


そう、決まりの言葉を呆然としつつ口にした。

エリアルドが前の曲で踊っていたのは、アンジェリンだった。

彼女はにこやかに、ジョエルに誘われ踊りの輪に入っていく。


目の前に出されたその手を取り、エリアルドにしっかりと体をホールドされた。背の高いフェリシアから見ても彼は長身で、ヒールのある靴を履いた今でも、頭半分以上高い。


「フェリシア、と呼んでも構わないか?」

その声はとても甘い響きをして耳に届いた。

「はい、殿下。どうぞ、お好きなように」


これが…計画された出会いだと、この場にいた一体誰が気がつくであろう。いっそ……何も聞かされてなければ……、どんな気持ちでこの手を取っただろうか?


「デビューしたてなのに、とても落ち着いて見えるね」

エリアルドは上に立つものの特有なのか、自信がみなぎって覇気とはこういう物だと他人に知らしめる。

「そうでしょうか?今もまだ緊張して震えています」


「私がそうさせているのかな?」

「そうかも知れませんわ、はじめてお会いするのですから」


「今日はデビューの舞踏会だ。緊張するのは、慣れていないからかな?」

そんな風に色々と聞かれても、何と答えるが正解か必死で

「きっとその通りかと…」

なんて、ありきたりの返事…。これでは彼を惹き付けたいレディとしては落第じゃないのか…。

「まだ…小さい頃から知っている男性としか踊ったことがありませんから」

「だとすれば、私がはじめての…相手ということだね?」

ふっと笑みを向けられて、フェリシアはそうだと頷いた。


「この後、君と踊る男たちに代われと言ってしまいたいくらい、君は美しい。フェリシア…ラストダンスは私と踊ってくれるかな?」

エリアルドはいかにもそれが心からの言葉であるように囁く。


「光栄です。殿下」


曲が終わり、お決まりのお辞儀をして彼から離れた。


離れてからそっと息を吐き出す。

「上出来だ」

ジョエルが労うように迎えて、そして囁いた。

「ラストダンスを踊ることになったわ」

「それは長畳(ちょうじょう)

ジョエルがフェリシアに手渡したダンスカードには、今の曲もラストダンスも名前がすでに書かれていたが、

「平気さ、殿下と張り合おうなど誰も思わない」


それに、きっと…最初からわかっていたはず。ラストダンスはジョエルの弟のマリウスだったのだから。


「次の曲の相手が来たよ」

エリアルドとのやり取りですでに疲れてしまっていたけれど、次のダンスを踊りだした。


次の相手の紳士とは、当たり障りのない言葉を交わしてそしてまた相手を代えて同じ事を繰り返す。

そうして愛想笑いして、時は止まらずにラストダンスに向けて刻一刻と進んでいく。


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