王妃の微笑
フェリシアのお転婆ぶりが伝わったのか、本宮の王妃の庭であるローズガーデンにお茶をしましょう、とクリスタから誘いを受ける。いつ見てもこの庭は庭師の素晴らしい仕事ぶりを感じさせる。
「お招き下さりありがとうございます」
「あまり呼び立てても、うっとおしい姑だと思われたくもないし、まだ若くてここに慣れない貴女にはゆっくりさせてあげたかったのだけど…。女官長が貴女には何かと忙しくなるように仕事をさせた方がいいと言われたのよ」
クリスタは笑いながら言った。
「フェリシアは外国語はもちろん、ダンスも勉強も音楽も、すべて身に付けてるでしょう?だからお妃教育ももはや必要なかったのだしね」
今から思えば、両親は妃候補としての教養をきっちりと身に付けさせたのだ。
「そうですね…小さな頃から叩き込まれましたから」
「だからね、慰問をしてもらおうと思うの」
「はい」
「まずは近くのセント・バーバリー修道院からね、修道院と孤児院と併設されているの。もちろんそこで働いてもらう訳ではないけれど、国がついているという事をしっかりと感じてもらうことが大切だと思うのよ。王太子妃である貴女が訪問することにはしっかりと意味があることよ」
「はい。わかりました」
「と、言うわけで女官長に預けるから頑張って裁縫してね」
「裁縫、ですか?」
「小さな子が多いから、服をたくさん作っていってね」
「わかりました」
「と、固いお話はここまでよ」
「はい…」
「エリアルドは…何というか…つかみ所のない子でしょ?」
「そうですね、なかなか本心がわからないというか」
「まぁ、そう育つしか無かったのだけれど。デビュー間もない貴女にしてみれば戸惑う事ばかりでしょう。それに…見た目に反して陛下と同じくらいの真面目ぶりだし」
「見た目に反して?」
「陛下は見るからに取っつきにくくて、仕事ばかでしょ?エリアルドは陛下と比べたら、社交的に見えるし、それでいてすこし冷酷そうででも、ものすごく仕事ばか。親子なのね…」
クリスタ王妃の話ぶりに思わずフェリシアも笑ってしまった。
「でも…まぁ、そんなあの子なだけに…無事に初夜を迎えられて良かったわ。ごめんなさいね、フェリシア。ずいぶんとヤキモキしてしまったでしょ?」
「王妃様!」
初夜とはつまり本当の意味での事に違いなく、クリスタ王妃は白い結婚が続いていた事を知っていたのだ。
「エリアルドはもちろん知っていたと思うけれど、寝室の隣にはまぁ言うなれば夜伽を見守る者が控えてるのよ」
「…」
「王族には世継ぎは大事な事だから…」
「つまりは…その…一部始終を見てる人が…」
「ええ、その通りよ」
(やだ!そんなの…恥ずかしすぎる…!!)
「貴女はまだ若いし、エリアルドも何か考えがあるだろうと少しだけ様子を見ようと思っていたのだけれど、女官長が動いてくれて良かったわ。早くに世継ぎが誕生すればやはりこの国としては安心出来る」
「世継ぎ…ですか…」
「フェリクスの所には…まだ幼い女の子だけ。フェリクスの後継はジョエルになるでしょうけど、エリアルドとギルセルドの後となると年齢的に二人に近すぎるの」
王弟 アルベルトには娘が二人。ウィンスレット公爵家は王家の外戚で、先々代のウィンスレット公爵が先々王の弟にあたる。
今現在でいうと、エリアルドとギルセルド二人に何かあった場合、フェリクス、ジョエルが王位に就くことになる。
「…またまた固い話になったわ…」
「いえ…なかなか…興味深かったです」
「ふふっ」
(ふふっじゃありませんよ…)
「フェリシアはもっと気を使わずにあれこれとわがままを言いなさいね、わがままを叶えるのがエリアルドとそれに侍女たちの仕事なんだから」
「そんなの…言えません」
「ううん、言わなきゃダメよ。いいこちゃん過ぎるもの、反対されてもあれこれしたいとか、欲しいとか言うのよ?経験者が言うんだから間違いないわ」
クリスタ王妃は美しく笑みを向けてくる。
「そうでないと、気持ちがもたないわ」
「はい、ありがとうございます」
気を使わせた…、とそう思った…。
部屋に戻ると、大量の生地が届けられていて女官長の指導のもの子供服の作成が始まったのだ。
女官長の企み通りフェリシアには妃殿下らしくない突然の行動はとらなく、というよりは取れなくなってしまったのだった。




