王妃の謁見
いよいよ始まる社交シーズンに合わせてブロンテ家も王都のタウンハウスへと家族揃ってやって来た。
フェリシアを含む、今年デビューする貴族の令嬢たちは王妃と謁見をすることでレディの称号を授かるのだ。
謁見する時に着るものは、デビュタントらしく白色で、長く裾を引くドレスに、頭には長いベールと手には花のブーケを持つのが決まりだった。
王都にいるメイドたちは流行をすばやく捉えてそして取り入れていく。主をよりよく見せるのが腕の見せどころなのだ。
髪を結い上げると、少女は大人の仲間入りをすることになり、美しく纏めあげられたフェリシアの金髪は、それ自体が金細工のように顔の回りを華やかに装った。
本格的なドレス用のコルセットは、普段用と違い、とてもきつく締められウエストを細くつくる。
「フェリシア様、もう少し息を止めてください」
吸い込んで止めると、さらにコルセットは細く、胸を押し上げ女性らしい体を演出してゆく。
白のドレスは、シンプルに、けれど裾はすこしふんわりと膨らませた愛らしさを感じさせるデザインだ。白の長い手袋とそして花冠とベールを髪に飾る。これで完成となる。
「とても、お綺麗です。フェリシア様」
メイドたちは主の美しさに満足そうであるし、
「おねぇちゃま、すっごくきれい!」
とローズマリーは周りをくるくると回った。
「ありがとう、ローズ。ローズも大きくなったら、こうなるのよ」
フェリシアは10歳下の妹の栗色の髪を撫でた。
ローズマリーはとても母に似ていて、そして無邪気で可愛らしい。
伯爵家の馬車で王宮に向かえば、いよいよフェリシアの運命が大きな力でもって決定づけられていくようなそんな感覚がしてならない。
ティファニーと共に歩くフェリシアは、王妃に会えるからと浮かれる気持ちにはなれなかった。
同じような姿をしている少女たちは、付き添いの母親と謁見とデビューへの浮き立つ気持ちを隠さずに、小鳥のように軽やかな声をあげていた。
王宮の謁見の間へ向かう赤い絨毯の廊下は、靴が沈み足音を消す。そのふかふかの絨毯が権威を示しているようでフェリシアは黙りこんだままその回廊を歩いた。
慣れない裾の長いドレスだからか、裾さばきに苦労している令嬢たちがそこかしこにみられる。
謁見を終えて帰る頃には、裾がとても見られない状態になるのではという令嬢もいるくらいだった。
ティファニーや、伯母たちに散々練習させられたフェリシアは、息をするように自然に裾をさばいて歩くことも、方向を変えることも出来ていた。
白い制服を着た近衛騎士たちが警護をする階段の下では、白のドレスをきたデビュタントたちは一様に緊張している。謁見の間に至るまでにはカーブを描く優美な階段がありそこを昇れば王妃との謁見が待ち受けてるのだ。
フェリシアは、並んでいる令嬢の後ろで名前を呼ばれるのをまっていた。
「アイリーン・カートライト」
と名が呼ばれ、フェリシアは謁見の間に歩んでいく少女を見た。
後ろ姿で顔はよく見えないが、 黒髪を結い上げ、その黒と白い肌の対比が美しかった。
アイリーンの付き添いの夫人は落ち着いたグリーンのドレスで、ふっくりと貴婦人らしい女性だった。
一人ずつ入っては、そして出てくる。その時間はとても短くてフェリシアの順番はどうやら最後になったようである。
「フェリシア・ブロンテ」
フェリシアは返事をして、階段を上がる。フェリシアは、自分に視線が集まるのを感じた。
見回して、確かめたくなる気持ちを堪えてフェリシアはまっすぐに階段を一段ずつゆっくりと進む。これは、伯母であるルシアンナ・ブルーメンタール夫人の教育の賜物である。
若い頃、男性にモテていたルシアンナはどういう仕草をすれば女性が美しく見えるか、とても詳しかったのだ。
謁見の間に入ったフェリシアは、最敬礼をして身を低くしてお辞儀をする。
クリスタ王妃は、年を経ても美しく威厳があった。珍しい銀の髪と、そして青い瞳は冴え冴えとしていて、笑みが無ければ冷たく見えるほどである。
「フェリシア・ブロンテ、貴方にレディの称号を与えます。素晴らしいレディをこのイングレス王国の社交界に迎え入れられたことを喜ばしく思います」
クリスタ王妃の言葉はフェリシアを優しく包み込むようで、フェリシアはそっとその眼差しを見つめ返した。
「お言葉、身に余る光栄でございます」
クリスタ王妃は頷くと、言葉のやり取りはそれで終わり謁見の間を退出する。
謁見を終えた令嬢たちは、安堵と共に親たちと朗らかに笑いながら話している。はじめて見る王宮の様子に興奮しているようでもあり、フェリシアは彼女たちを見つめた。
「フェリシア、落ち着いてとてもよく出来たわ」
落ち着いていたわけではない。例の話がフェリシアをはしゃがせなかっただけ。
ふと見れば視線の先にいるアイリーンは、金褐色の瞳をフェリシアに向けていた。
侯爵令嬢としてふさわしい、装いと風情がありフェリシアの目を引いたのだ。
まるで猫のように綺麗な眼だと、フェリシアは印象を持った。