華麗なる客人
フェリシアが両親から話を聞かされたその数日後の事。ブロンテ家のカントリーハウスには来客があった。
身分を表す紋章のない馬車に乗ってきたのは、フェリクス・ウィンスレット公爵である。彼の妻、ルナ・レイアはフェリシアの叔母にあたる。
全ての貴族の筆頭であり、現王家に非常に近しい血筋の公爵であるウィンスレット家はその富と権力は、他の貴族とは一線を画する別格の存在なのである。
「フェリシア。すっかり綺麗になって見違えたよ」
フェリクスの貴族然と整った容姿は、いつもフェリシアを緊張させる。綺麗になった、そういわれてもその言葉を疎ましく感じるのは、例の話を聞いてしまったからだ。
「春のデビューが楽しみだね、フェリシア」
姪に対する親しみをこめた言葉に
(私は、楽しみじゃなくなりました)
そんな風に言えないのが腹立たしい。
来た客人は、ウィンスレット公爵だけではなかった。
ジュリアン・ブラッドフィールド公爵、ダニエル・グレイ侯爵、フレデリック・アシュフォード侯爵、ベネディクト・マクラーレン侯爵、キース・アークウェイン伯爵、エドワード・アボット伯爵と、フェリシアでもその名を知っている、貴族の中でも富と権力を持っている名家のそうそうたる顔触れがお忍びの様相で一同に介したのである。
そのただ事ではない雰囲気にフェリシアは息を飲んだ。
フェリシアの弟たちは、寄宿舎にまだ居り、妹のローズマリーは別の棟に新しいおもちゃと共に乳母といる。
ラファエルと共に、応接室に入ったフェリシアはそのひとりひとりが放つ威厳に息がつまりそうだ。
震えそうな足を叱咤して、可能な限り優雅な足取りでフェリシアは歩いた。
「娘のフェリシアです」
ラファエルの声に彼らは頷いた。
ジュリアンが席を立って、
「こんなにたくさんのおじさんに囲まれたら、緊張するよね」
とにこやかに言いにきてフェリシアは少しだけ微笑みを浮かべた。
「うん。緊張ついでにまぁ、座って…って君の家なんだけど」
と苦笑する。
フェリシアは彼の言葉を受けてラファエルを伺う。この中では父、ラファエルが一番若い。
「仰るとおりに」
とその言葉にソファに浅く腰かけた。
「フェリシア、すでに父上から聞いているかと思うが」
とエドワードが話し出した。若い頃月光の貴公子と呼ばれたその冴え冴えとした美貌の持ち主の彼は今は渋みのある堂々たる紳士だ。そんなエドワードはクリスタ王妃の弟にあたる。
フェリシアはその青い瞳を見つめながら頷いた。やはり、例の件なのだ。
「新年の王宮舞踏会で、君はデビューするわけだが、そこでエリアルド殿下は、君をダンスに誘う。だから、フェリシアはそれを決して断ってはいけない」
彼がそう伝えるという事は、王家の言葉と同義なのだろう。そしてその話振りは、それはすでに決定している事であると暗に告げていた。
「断っては…いけない……」
…その後はどうなるの?
「殿下が、自ら誘うという行為がこの場合は意味を持つ。翌朝の新聞には殿下と君が一面で掲載されるだろう」
「そんなに、すぐなのですか?」
フェリシアの言葉に答えたのは、フェリクスである。
「殿下は24になる。王族の男性としては適齢期だ、さらに世継ぎの誕生を望むなら、早いに越したことはない」
「世継ぎ…」
フェリシアは呆然とその言葉を口にのせた。
「フェリシア、まだデビュー前の君には、とても過酷な事を押し付けているとわかっている。君の他に候補を立てようとしたがどうにも難しい事になっている」
フェリクスがさらに続けた。
「なぜ…ですか」
「本来ならば、こちらがわから何人か候補を立てられる筈だったが、今の王家に嫁げるくらいの家格からは君と、それからカートライト侯爵の令嬢になる」
ジュリアンがそう説明をする。
「アイリーン・カートライトを妃にするわけにはいかないんだ」
「フェリシア、どうかお願いする。我が娘の目は治療はかなわなかった。盲目では妃にはなれない」
そう言ったのはダニエルである。
「カーラは元々は妃候補の筆頭だったが、高熱で視力を失った」
説明をしたのは、エドワードである。
「マクラーレン侯爵の令嬢では容姿では君にはとても敵わないし、それにとても内気だ。その点、君なら全てにおいて申し分ない」
そうエドワードが言うと、ベネディクトも頷いた。
「エリーはとても妃に推すには平凡過ぎるんだ」
娘に対する言葉であるが、令嬢がすこし気の毒だ。彼自身がすこしばかり重々しく陰鬱な雰囲気があるので、もし彼に似ていれば確かに地味な少女になってしまうのかも知れない。
「中立派には君の従姉妹がいるが、クリスタ妃が中立派の家だったから、今回は妃にすることは出来ない暗黙の決まりだ」
フェリクスがそうまた語りだし
つまりは…、カートライトかブロンテか。カートライトは新政派だという。中立派、穏健派、武門派としてはなんとしても新政派を止めたい、というところか。
派閥は分かたれているが、現在、グレイ家を筆頭とする武門派にブロンテ家は属し、穏健派、中立派とは、水面下で協力しあっている。その他、小さな派閥がいくつかある。
カートライト侯爵たちは、取りまとめている今の王家にとって変わり新政権を握ろうとしている、過激な思想の派閥である。
彼らの派閥から妃を出してしまうことは、この国の平和を揺るがすとても危険な事なのである。
「一向に正式な婚約者を決めない殿下にそろそろ様子を伺っていた上位に属さない家も年頃の娘を出そうと画策しはじめている。そうなると、どうなるか、君にはわかるか?」
対象が拡がれば……その分候補者は増えるけれど、争いは苛烈になり小さな扮装が始まると予測出来てしまう。
「その座を…奪い合う、争いが広がります」
「その通りだ。貴族社会が乱れひいては国が乱れる」
国が乱れれば、父や、ここにいる爵位を持つ貴族たちが必死に護ろうとしてきたこの国。
フェリシアの我が儘で嫌だと言うことは、出来ないと、そう思った。
だからこそ、ラファエルもフェリシアに妃になれと言ったのだ。
「お話は、よく分かりました。わたくしで務まるのでしたらお引き受け致します」
フェリシアだとて、貴族の娘としての矜持はある。こう口に出せば、覆したりしない。
フェリシアは席を立って、片足を後ろに下げるお辞儀をした。
そんなフェリシアを、彼らはうなずいて見つめた。
これだけの、力ある貴族がフェリシアには付くということである。彼らの期待に応えられるか不安は大きいが、反面、心強くもある。
「デビューのエスコートにはジョエルをつける。彼が意図をわかっている筈だから、安心して任せて欲しい」
フェリクスがそう告げる。
ジョエルはフェリクスの年の離れた異母弟である。
デビューまで、後わずか…。時はそれまで休むことなく刻まれていく。