影はそばに
エリアルドはいつもフェリシアに優しい。
夜の晩餐は、二人きり。
フェリシアの夜のドレスは舞踏会とは違い、もっと身軽なもの。艶のあるペールピンクのシンプルなドレスと、エリアルドからの貰ったアクセサリー。
「フェリシア、贈り物は受け取ってくれた?」
「ええ、殿下。いつもありがとうございます」
フェリシアは微笑んで返事を返した。
「良かった…。近頃、元気がないのは私のせいかと思っていた」
「いいえ…慣れない生活に少し、戸惑っているだけです」
この日の贈り物のレースの扇はとても素晴らしくて、一目で気に入った。
「でも、こんなに度々贈り物をしては国庫の負担になるのでは?」
「そんな事」
くすくすとエリアルドは笑った。
「ここ何年か…私の妃の為の予算は貯まりっぱしで、少し散財したくらいでは何も言われない」
「そうですか?じゃあ…もしも、とんでもない散財を私がしたらどうします?」
「君が?」
「ええ」
「そうだなぁ…。侍女たちのいる前でお尻でも叩くことにするか?」
「ええっ?」
想像して思わずフェリシアは笑った。
「うん、これはかなり恥ずかしいはずだから、きっと効くだろうね」
お尻を叩く…最近、そんな話をした人がいたなとフェリシアは思い出した。そうだ…それは、影…。どこか謎めいてみえる黒騎士
フェリシアは自室に戻り、侍女たちが下がると飾り窓を開けて歌を口ずさんだ。
月は輝き星は歌う
いつも母が歌ってくれた。その歌を
「影…いるの?」
飾り窓の横のバルコニーに音もなく影が現れた。
「俺を、呼んだ?」
「…本当に来たのね、魔法みたい」
くすっとフェリシアは笑った。飾り窓を閉めて、バルコニーの窓を少しだけ開けて、その前に座る。
「おい、お嬢様」
「独り言を…今から言うの。影に向かって」
「…おう…」
影はそう言うと、同じように小さくバルコニーに座った。
「影は、結婚してるの?」
「それ、独り言じゃないからな」
「恋人は?」
「あー、まぁ。いるといえばいる」
諦めたように答える。
「もしもよ?」
フェリシアは一旦言葉を切った。
「ここでの会話は、誰にも秘密よ?言えば…貴方に襲われたって言っちゃうから」
「おい、どんな脅しだ…」
額を押さえる彼をおかしく見ながら、細く開いた窓越しに話を続けた。
「例えば…。上司から、結婚しなさいって言われてどうしても、断れないとするでしょ?貴方はどうする?彼女と別れて、その人と結婚する?結婚しても、彼女と付き合い続ける?ね?どうする?」
「なんだって、そんな事…」
「ねぇ?どうする?」
「…悩むなぁ…。別れる…かな、付き合い続けるのは誠実じゃない」
「…それで、その奥さんのことは愛せると思う?」
「…わからないな…相手次第だ」
「結婚して一緒にいても…やっぱり保障はないってことよね?」
「お嬢様…これって…もしかして」
「独り言って言ったでしょ?誰の事でもないの、単に…そうふと誰かに聞いてみたくなっただけ」
フェリシアは立ち上がると、部屋にあるチェストの上のお菓子をハンカチに包んだ。
「聞いてくれてありがとう。これ、恋人にでもあげて」
そっと隙間に差し入れて渡す。
「おい、一方的に終わりかよ」
「いつでも聞いてやるって言ったのは貴方でしょ?」
渡す時に黒の革の手袋の指先と少しだけふれあった。
(付き合い続けるのは誠実じゃない…か…)
男の人はなんでも手に入れたがるのかと思っていた…。エリアルドも、そうして諦めてるの?
影は来たときと同じように姿を消した。
後には少し開いた窓があるだけだ。
フェリシアはそっとそれを閉めてベッドに横になった。
どうすればいいのかは全くわからない。何も…変えようもない、それが現実。




