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王妃の階段  作者: 桜 詩
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冷たいリング

家に戻ったフェリシアに一番に駆け寄ったのはローズマリー

「お姉ちゃま、お帰りなさい!」

小さなローズマリーはまるで毬が弾むかのように全身でぶつかってきた。

「ただいま、ローズ」

「お姉ちゃま、どこに行ってたの?王子さまのところってお母さまがゆってたの」

「そうよ、王子さまのいる所に行ってたの」


「えー、ローズも行きたいなぁ~」

「ローズがデビューすれば大丈夫よ」

まだ小さなローズマリーは、連れていくことはなかなか難しい。


「お帰りなさいフェリシア」


ティファニーはぎゅっと抱き締めて、出迎えた。

「お母様、ただいま…」


抱き締められて母の香りがする。

少し離れていた今はその香りにホッとさせられる。その母の空色の瞳を見ればフェリシアの帰宅に喜んでいるのが分かる。


ひさしぶりの自宅はフェリシアを優しく包み込むようなそんな空気が家中にあった。ティファニーは、知っているだろうにこの日は、ローズマリーの話をしたりしてフェリシアの婚約の事は話にしなかった。

その事がホッとしたのもあるし、聞いてほしかったそんな気もする。お互いにどういう態度をとってよいのか分からなかったのかもしれない。

夕方に帰って来たラファエルがフェリシアを軽く抱き締めて

「おかえり、フェリシア」

とそう慈しみのこもった声で言われ、フェリシアもただいまと小さく帰した。ラファエルともまた、いつものように他愛のない会話を楽しんだ。


両親と、ローズマリーと下らない会話をして…。笑いあう。

こんな風に過ごす日は…もうそれほど長くないのだ。


***


そして…その日はやって来た。

大舞踏会は、正式な国の行事であり服装は決まっている。ドレスの裾は後ろを長くを引き、左腕につける紐が裾についていた。左胸にはブロンテ家の紋章を金の糸で刺繍した飾りをつける。

色は淡い色が望ましく、フェリシアのドレスはほのかに黄みがかる淡いピーチピンク。


男性たちはこの国の正装の軍服だった。濃紺の上着に、白の膝たけのズボン、それに黒いロングブーツ。上着には金の飾り緒とボタン、階級をしめす紋章が、きらびやかについている。


王族は、これらの服に装飾がが多くなり、冠や、ティアラをつけて、毛皮つきのマントを着けた。

エリアルドとギルセルドもまたこの美麗な綺羅綺羅しい姿で国王夫妻の後ろに立っていて、その立ち姿の美しさに見惚れる令嬢達がそこかしこに見られた。


大広間の壇上の国王には、公爵家から順に挨拶をしていく。

そして、やがてブロンテ家の順番がやって来ていた。この日は弟のアルディーンとディアンもこの日は共に来ていた。

アルディーンもディアンも、フェリシアと似た容貌でまだ少年ながら美形で、衆目を集めていた。


順番にお辞儀をしてそして、すぐに次の一家が代わる。一瞬だけエリアルドの視線とかち合ったように思われた。

ディアンとフェリシアは初めての壮麗な大舞踏会に目を奪われた。正装姿の改まった大広間はまだ幼さの残る二人には壮観な眺めであった。


「すごいなぁ」

ディアンが目をキラキラさせて、そう言った。ディアンの瞳はラファエルと同じ緑色。まるでエメラルドのようだ。


しかし…この日は、それだけではない。フェリシアはその事を知っているし、アルディーンとディオンもきっと知らされているはずだった。

すべての家族が挨拶を終えると、シュヴァルド王が立ち上がり声を上げた。


「今日は喜ばしい報告がある。第一王子エリアルドの婚約を発表する」


と宣言した。大広間はたくさんの貴族達がいるというのに、しんと静まり返った。


そのしんと、時が止まったような中を、エリアルドは壇上から降りて、フェリシアの元へやって来てその手を差し出した。彼の靴音がコツっと音を立ててそして止まる。

そして、痛いほどの周囲の視線がフェリシアに集まる。

「フェリシア」


名を呼ばれて、反射的にその手に手を差し出すと、エスコートされたフェリシアはエリアルドの悠然とした歩みに続いて、そして壇上に上がる為のわずか数段の階段を上がった。


が、そこから見る景色は別物である。

思わずこくりと唾を飲み込んだ。こちらを見る、紳士淑女たちを上から見下ろす、その光景にフェリシアはふつきそうになる足を必死で堪えた。


「エリアルドが選んだ女性は、ブロンテ家のレディ フェリシア」


そっと前に促されてフェリシアはお辞儀をする。

視線が集中すると共に、割れるような拍手が大広間に響き渡る。


楽団の華麗な舞踏曲が流れて、エリアルドはフェリシアを中央に導く。


二人だけのダンスは…。


どこか他人事のようで…。文字通りエリアルドに踊らされる。


フェリシアの心をよそに、この美しい一対にそこかしこから溜め息がこぼれる。

正装姿のエリアルドはもちろん、緊張にやや青ざめたフェリシアは透き通るように白い肌と、輝くような淡い金髪とブルーグレーの不思議な色合いの瞳。

何よりもその美貌が圧倒的で、さらに言えば、細い首と美しいデコルテ、背中の肩甲骨からウエスト、細い腕から指先、ドレスの裾に至るまでが完璧なラインで人々の目を惹き付けた。


曲が終わり、お辞儀をすると続いて、次の曲が始まりそのまままた、踊る。


その曲が終われば次は壇上で、次から次へと来る人々に祝いの言葉を受け、返事をする。

向けられる美辞麗句に、フェリシアは幸せそうな笑顔を浮かべてエリアルドと並んで立っていた。


そんな人々の…その中に…彼女はいた。


その名は、カーラ・グレイ 侯爵令嬢。


「ご婚約おめでとうございます」

ダニエルはそう笑みを浮かべて言うと、彼の妻マリーと、跡継ぎのアンセルムがカーラをエスコートしてきていた。


「殿下…いつもお薬をありがとうございます。せっかく頂いたのに…相変わらずのこの身、申し訳なく思いますわ」

カーラは、黒い髪と緑の瞳が美しい、はっとするほどの美女だった。その口調は親しみに満ちていて、とても親しげだった。柔らかな物腰とそしてゆったりと落ち着いた話し方はどんな令嬢にもひけを取らない優雅さだ。


「カーラのせいでなはい」

エリアルドが首を、軽く横に一度振り、残念そうに言った。

「殿下のお心遣いにはとても感謝しておりますわ」

微笑むその瞳は本当に見えないのかと思うほど、綺麗だった。しかし、その目はなにも映していない。


「殿下の婚約者のレディ フェリシアはとても美しいのですって?見えなくて本当に残念です」

カーラがそう言うと、

「確かに、美しいよ、後で詳しく聞くといい」

朗らかに応えるエリアルドは…心なしかいつもより楽しげに見えた。

「そういたしますわ」

にっこりと笑むその顔は、決して愛想笑いには見えなかった。


〔レディ カーラ ハ シリョクヲウシナッタカラ エリアルド ノ コンヤクシャ カラ ハズレタ〕

思わずそっとエリアルドを見上げた。


「仲良しでいらっしゃるのですね」


「小さな頃から知っているからね。昔ダニエルは近衛騎士だった事もあったし、マリーは侍女だった」

エリアルドは隣のフェリシアに、機嫌良く話した。

「そうなのですね」


彼女の目が見えていれば、間違いなくここにいたのはこの人だった。


(だから…いつも(・・・)薬を送っていた…彼女の眼を治したかったから…)


わかった気がする。どこかよそよそしいエリアルド。彼はずっとカーラを想っていたからに違いない。


美しく、朗らかで…。

怯えた頼りない、幼い女でない、本当の女性…。


大舞踏会が終わった後、王太子の部屋と王太子妃の階段の下で、エリアルドから贈られたブルーダイヤの素晴らしく豪華で美しい指輪は、冷たくそして重く、フェリシアの指に納まった。


(婚約したその日に…)


シンと心まで冷えたような気がする。

政略なのだから、愛されなくても…仕方ないとは思ってた。貴族として産まれたからには、決して珍しくないこと。なのに…彼が誰かを思っているなんて、考えもしなかった。


(なんて馬鹿なの?)

エリアルドは24歳。これまで誰一人いない方がおかしいのかもしれない。


この日から結婚式までの準備の為に住むことになった冬の棟にある王太子妃の部屋は、広々としているだけに心地悪く、『忘れ物』とユーリエに告げてフェリシアは一度部屋を出て、夜の庭に降りた。


見事な造形をしている生け垣がとても夜に見ても美しく、花の香りが漂っていた。


フェリシアは歌を口ずさんだ。


月夜の夢


叶わない恋を嘆き、最初からすべてが夢であったなら…。という、恋する女性の心情を歌った、フルーレイス語の歌であった。

思い浮かんだその曲が、ますます落ち込ませそうになる。

庭にある噴水の音がどこからか聞こえている。その音があって良かった。

こんな風に夜に散歩しながら、歌を口ずさむなんてどう考えてもおかしい。


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