王宮への誘い
襲撃の翌朝、ラファエルから伝えられたのは、侵入者から依頼人はやはり判明しなかったが、時期的に考えれば、あちら側と考えて間違いないという事だという。
そして…エリアルドは文字通りお忍びでブロンテ家を訪ねてきた。
乗っている馬車は単なる箱形の馬車であるし、身なりはフロックコート姿だった。
玄関ホールに立った彼は、フェリシアの姿を見るとホッとしたように息を吐いた。
「良かった。怪我はなかった?」
「はい、殿下」
ティファニーが応接室へ導き、二人は向かい合わせにソファに座る。
「ブロンテ伯爵夫人、フェリシア、今回の事を聞いて両親とも話し合ったが…。王宮に招きたいと思う」
「王宮へ?」
「もちろん、まだ正式な婚約もまだだから。婚約者としてではなく、陛下の時にも行われた、花嫁選びを真似たいと思う」
エリアルドの言葉に先日マリアンナから聞いた話が思い出される。
「レディ アイリーンを招かれると言うことですね?」
そうだと、エリアルドは頷いた。
「それからエリー・マクラーレンも」
なるほど…エリーもいることで、3人の令嬢に絞ったという事を示す訳である。
「名目上は行儀見習いのような物だ。強引に今、君と婚約することは出来なくはないが、それだとまた何か仕掛けてくるかも知れない。その事を思えばアイリーンも含めて君を王宮に招き、護りきりたい。王宮にいればあちらも仕掛けにくくなるだろう。アイリーンにもエリーにも使用人を連れてくることは許可しない」
エリアルドは淡々と説明をしている。
当たり前だが、そこに本当に恋心などは感じられない。ただ、守りたいという決意は確かで、そこには何らかの情はあるのだとフェリシアは思った。
彼は、国の王太子として、次代の王としてそう言っているのだと思われた。
「アイリーンを招けば…あちらは納得する、と言うことですね?」
「そうだ」
エリアルドは頷いた。
「いつ、娘は王宮へ?」
ティファニーが聞いた。
「準備が整い次第、すぐにでも。幸い部屋はすぐにでも準備が整う」
「わかりましたわ。それでは準備を急ぎます」
「また、正式な招待をする」
フェリシアはエリアルドが席を立ったのをみて、立ち上がり見送る事にする。
「フェリシア、私は心から君に妃になってほしいとそう思っている」
エリアルドはそう玄関ホールに立ちそう告げた。
「競わせる事になり申し訳ない」
「いいえ、力を尽くします」
エリアルドはそのフェリシアの言葉に、頷きと笑みを送りまた馬車に乗り込み帰っていった。
王宮に。
それはまた、新たな歯車が音をたてて動く。そんな風に思えた。
アイリーンとエリーは立派なレディだと思う。その二人よりも自分が相応しいと、周囲に知らしめなければならない。
(お転婆と言われ続けていた私が…)
ちゃんと出来るのか…。と、ぐらぐら揺らぐそんな気持ちがふつふつと沸き上がる。
「どうした?そんな深刻な顔をして」
ホールに立ち尽くしていたフェリシアに、話しかけてきたのはレオノーラであった。
父と良く似た美貌の伯母は今でもその美しさは健在で、またフェリシアよりも少し背も高く、とても格好いい。そう、格好いいという言葉がぴったりなのだ。
かつて女性近衛騎士として活躍したレオノーラは、大変な人気者だったそうで、叔母のルナが描いた絵を見ればその理由はすぐにわかる。
飾りの少ない、スッキリとしたドレスを着ているがそれもまた良く似合い、見るものを惹き付ける。
「レオノーラおば様」
「ダメだよ?若い娘は、そんな難しい顔をするものじゃない」
すっと頬に手を当てられて、フェリシアはレオノーラをわずかに見上る。
「すべて、大人たちが勝手を押し付けてるんだからね」
「でも」
「でもじゃないよ。暗い顔をして…ラファエルもキースを殴りに行こうか?」
「やだ、おば様ったら」
フェリシアは笑った。
しかし、冗談ではなく本当にしてしまいそうだから可笑しい。
「私はね、ずっとお転婆だって注意されてきたから。それで失敗しないかと、不安になったの」
「フェリシア、嫌だったら止めてもいいんだよ?」
それは、フェリシアを支えようとしてきた人たちを、その尽くしてきた手を、水の泡にしてしまうこと。
「それは、しない…。したくない」
(例え、意に染まぬ結婚をしないといけないにしても)
「それが、私の意思なの。おば様」
「フェリシアは…とても、強いな」
レオノーラが笑みを浮かべるとそれをうっとりと見上げた。
「まさか、怖くて震えてる」
「怖いということは、それだけ重さをわかっているということだ。私は結果がどうなろうとフェリシアを誇りに思うよ」
「おば様ったら、私に甘いわ。必ず勝て、いつもならそう言う筈でしょ?」
そう言うと、レオノーラは声を上げて朗らかに笑った。
「そうだね、フェリシアの言う通り。必ず、勝て」
力を得るエールを貰い、
「…妃の座に、就く」
フェリシアが意思をはっきりと口にしたのはこれが初めてだ。
口にすることで、覚悟が定まった。




