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王妃の階段  作者: 桜 詩
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見せかけの恋

ファーストダンスをカイルと踊ると、真っ白なカードの持ち主であるフェリシアは壁の方へ寄った。


「次のダンスのお相手は?」


そう聞いてきたのは若い貴公子で、そちらに視線を向けた。

「貴方は?」

「ショーン・アンブローズです。レディ フェリシア」


彼は穏やかな雰囲気で褐色の髪と紫の瞳が綺麗な男性だった。

彼の名は知っていた。アンブローズ侯爵の嫡男であり、エリアルドとは幼馴染みで現在も親しい。優しげであるのに、簡単には近寄りがたいそんな独特の空気を纏っている。


「ショーン卿はわたくしをご存知なのね?」


「今、貴女を知らない人間はこの社交界にはまず居ないでしょう」

そう言う発せられる言葉のイントネーションが素晴らしく綺麗で優雅である。

「その事にはとても戸惑っております」

「そうでしょうね、デビューから一夜にして貴女は有名になりすぎてしまった」

ショーンはそう解説すると

「そんな貴女がここにいるのはとても勿体ない事ですから、是非次は私と一曲お相手を」


ここ、とは壁の事であろう。壁の花…つまりはモテない令嬢というこで…。

今流れている華やかなカドリールは、間もなく終わろうとしていた。

「喜んで」

自然な仕草で出されたその手にフェリシアは手を重ねた。


ショーンの滑るような優雅な動きは、人を落ち着かせる効果があるようで穏やかな会話をポツリポツリと交わしながらそのひとときを過ごした。


そしてショーンがフェリシアをダンスを誘ったからか、次からは男性たちが壁の花になる間もなく申し込まれるようになってしまった。


そうして…舞踏会も後半になり、大人たちがそろそろお酒が入り宴も最高潮を迎えたその時…


フェリシアは、紳士とダンスを踊っていた。

そして…視界に信じられない人が近づいてくるのを見た。

周囲の驚く人々を一切気にせずに、彼は悠然と歩み寄る。


手を離してターンをしたその隙に、それまで踊っていた紳士とその人…エリアルドは交代していた。


「お忍びだよ、驚いた?」


「驚かない訳がありません」


フェリシアの手をとったエリアルドは

「君に会いに王宮を抜け出して来たんだ。喜んではくれない?」

「もちろん…嬉しいです」


ああ、これも計画のうちなのだと了解して、それらしく見えるよう、きれいで美味しいお菓子を見たときの気持ちを思い出して微笑んで見上げた。

「着けて来てくれたんだね、よく似合ってるよ」

エリアルドはさりげなく耳朶(みみたぶ)についたイヤリングを指先で揺らした。

「ありがとうございました、とても嬉しいです」

「お礼状ならもう受け取ってる」

「そうですけど…会ってお礼は言いたいものです」

「そう…じゃあ、ますます来た甲斐があったと言うことだね」

フェリシアはその言葉に小さく頷く。


「ダンスが終わったら…少し話そう」

「はい、殿下」


フェリシアも、彼と話したい。出来れば人に聞かれない所で…


曲が終わり、エリアルドのエスコートで導かれた先はなんと、テラスである。二人の動向を、そこにいる人々は、真っ直ぐ見るのでなく視界の端でチラチラと気にされているのがわかる。


二人きりになることに躊躇いはあるが、断ることは許されなかったのだと、思い出す…


厚い生地のどっしりとしたカーテンをくぐり二人はテラスに出た。


「寒いだろう?こちらへ」

えっと思う間もなく、フェリシアはエリアルドの腕にすっぽりと抱き寄せられていた。暖かい腕と胸にしっかりとくるまれて、驚きのあまり見上げてしまう。

彼の纏う高貴な香水の匂いがふわりと包み込む。


「今ごろは…凄く騒ぎになっていることだろうね?」

「そのように思います」


「すまない、あまりゆっくりと進める事は出来ないんだ」

「それは…結婚まで、ということでしょうか?」

「そう…。申し訳なく思うよ、まだデビューもしたばかりなのにね」

「殿下は…この結婚をどう思われますか?」

思った以上にか細い声が出て、まるで怯えた子供のようだ。


「待っていたよ、ずっと。君がデビューしてくるのを…私の花嫁」


「それは…決められていたからですか?」

「…そうかも知れない」


「こんな形で…君は私を愛することは無いかもしれない。けれど家族のような気持ちでもいいし、友情でもいい。せめてそんな関係を築けることを私は望んでいる」

「殿下…」

「少なくとも、昨夜私は君の美しさに心から惹かれた」


冷たいような印象があるエリアルドだけれど、その言葉には労りとほのかな愛情が感じられる気がしてフェリシアのがちがちに緊張していた心もほんのりと温められた気がした。

「ありがとうございます…」

決して…決められただけではない…そう感じる事で安心なのか何なのか涙が溢れそうになる。


「…キスをしても?」


耳元で囁かれた言葉に身を強ばらせたが、小さく頷く。

そっと視線を合わせるとその瞬間(とき)はすぐだった。


夜風で冷えていた唇はひんやりとして、しかし繰り返し合わされるキスが、二人の唇の温度を瞬く間に熱くさせた。


酔いしれた一時は彼の言葉でふいに幕を閉じる。

「…大丈夫?」

その言葉にそっと頷く。

体を離すとひんやりとした空気が肌を撫でる。遠くに見える隣のテラスと、そして庭に人の影を見て心臓が跳ね上がった。


「殿下…誰かに見られて…」


「誰も…騒ぎにはしないだろう」

エリアルドはあっさりと言い、手を差し出した。

まさか…見られていることを分かっていて?そう思うと心臓が跳ね上がった。


「さぁ…そろそろ戻らないと」


テラスから再び重いカーテンをくぐり大広間に戻ると、いきなり冷たかった空気から、暖かい空気が身を包んでかえって空気が重く感じる。

「何か飲もうか」


エリアルドはそう言うと、ちょうど近くに来た従者が配るシャンパンを二つ取る。その瞬間彼の顔を見てフェリシアはぎょっとした。


小さく「殿下」と呼ぶと、顔を近づけてくる。

「どうかした?」

「口紅が…」


薄い珊瑚色であるが、ほのかにつけていたそれは彼の唇に移っていた。

「ああ、そうか」


さりげなくハンカチーフで拭うと、なに食わぬ顔でシャンパンを飲んだ。片手はフェリシアの細くくびれをつくったウエストに当てられ、顔を寄せあって話すその姿はさぞかし親密に見えたであろう。


「君もパウダールームに行ってくる?」

「そう、させて頂きます」


大広間を二人で横切って、ホールに出るとそこにはほとんど人気はなく、ホッと息を吐き出した。

「ここで待ってるから行ってくるといい」


頷きで返しパウダールームに入ると、今は夫人が二人ばかりいた。


鏡を見てフェリシアは肩を震わせた。

そこに映る顔は、瞳は潤んで頬は上気して、唇は口紅が微かに残るのみで…。

きっとわかる人にはすぐに何をしていたのか分かったことだろう。


口紅を出して、塗り直すといつもよりふっくらとしている気がして鼓動が一瞬で駆け足に変わる。


「あら、大丈夫?具合でも悪いの?」


夫人に声をかけられ


「大丈夫です。少し…お酒に酔ってしまったようです」

「あら、本当に顔が赤いわ。…あら貴女は…」

夫人は、顔を見てフェリシアが誰なのか気がついたようだ。


冷たい手で顔を冷やし、再び手袋を嵌めた。それで火照りがとれたとも思えないけれど…。このまま、彼のもとへ戻ればきっとフェリシアもエリアルドに恋をしてる。と皆が噂してくれることだろう。この場合は、これで良い…きっと。


夫人たちよりも早くに外に出ると、フェリシアの姿を見たエリアルドが近づいてくる。


「お待たせしてすみません」

「レディの準備を待つのも、紳士の役割の一つだから」


大広間に戻ると、そっと二人を邪魔しないように場所が開けられる。

「ああ、ラストダンスのようだ。フェリシア、私と踊ろう」


この夜のワルツは…昨夜よりもずっと、密着していて火照った顔も恥ずかしく、俯いたまま踊ると、そんな状態のフェリシアの耳元で彼が囁く。


「恥ずかしい?」

「はい…殿下」

「こちらを見て」


そろそろと目だけを上げれば、青い双眸(そうぼう)とかち合う。


「乗馬は好き?」

「ええ、もちろん好きです」


「では良い駿馬を用意して誘うよ」

「楽しみにしています」


フェリシアの返事に麗しい微笑を見せ、ワルツは最後の旋律を奏で終えた。


来たときと同じように、人混みを割りながらエリアルドは大広間を去っていった。


「さ、帰る?」

「ええ、もちろん」

カイルに声をかけられる。


帰りの馬車に乗るまえに

「貴方は知っていた?来ることを…」

誰がとは言わずとも聞かずとも通じる筈で

「いや…聞かされてはいなかったよ」

カイルの言葉も本当なのか…嘘なのか…。

どこまでが筋書きで、どこからが真実なのか…。

「そうなのね…じゃあ、おやすみなさい。今夜はありがとう」


ブロンテ家の馬車はフェリシアだけを乗せて帰路につく。

カラカラという車輪の音とカツカツと響く蹄の音が、急かされるように進み行くしかない現状と合わさり感じたことのない恐怖感が生まれる。


(怖がるな…私は…ブロンテ家の娘…。強く逞しく…熱くたぎる血よ…。どうか私に力を…)


どこまでが……計画で、そうでないのか……。

楽しむ事なんて、出来そうになくて………。

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