3 祇園祭に
ゴールデンウィークに瑛丞お兄ちゃんが連れてきた亮に、由利亜は一目惚れした。でも、東京との物理的距離と、15歳と21歳の年の差に、溜め息しかでない。
「それに、亮さんはいつかはイギリスに帰ってしまはるんや。東洋美術に興味があるさかい、日本の大学で勉強してはるだけやもん」
来年は受験だ。でも、お母ちゃんには未だ未だ修行が足りないと、東京行きは許して貰えてない。ブラコンは継続中だが、メールの内容には少し変化が現れている。亮さんは? という問いかけが多くなっていた。
「亮さんは、モテはるやろなぁ」
ゴールデンウィークの間、お兄ちゃんと一緒に京都を案内したが、反対にスマートにエスコートされて、由利亜は大好きになったのだ。観光客で真っ直ぐに歩くのも困難な京都の町並みも、亮と一緒なら気にならない。
「由利亜、こっちに」スッと、向こうから歩いてくる団体から、由利亜を庇ってくれた。
「あんなん、イギリスでは普通なんかなぁ。うちのことは、友だちの妹としてしか思うてはらへんのや。京都の夏は暑いさかい、来てくれはらへんやろなぁ」
住んでる者でも、夏の京都は勘弁して欲しくなるのだ。留学生なら、涼しいイギリスに帰られるかなと、由利亜は溜め息をつく。
ブルブルとスマホが震動し、大好きなお兄ちゃんからや! と、溜め息も忘れて、タッチする。
『祇園祭に、東京の友人を数人連れて行きます。鶴の屋の部屋を二部屋押さえといて! 詳しくは、後で!』
「なんやろ? 亮さんは来はるんかな? ああ、もう! お兄ちゃんったら、肝心な事を書いてはらへん!」
祇園祭は、どこのホテルも宿屋も予約で一杯だ。そのくらい瑛丞お兄ちゃんかて分かっている筈だ。由利亜は、亮さんが来はるのか? と返信で聞きたいのを我慢して、表の旅館に伝えに行く。
「ええっ? 祇園祭に2部屋! あの子は無茶言いますなぁ」
鶴の屋の女将の顔をしたお母ちゃんは、由利亜を睨み付ける。どんなメールやったんや、とスマホを取り上げてチェックする。
「こんなんでは、わかりしまへん!」お母ちゃんがお兄ちゃんに電話して、あれこれ話しているのを、由利亜は亮さんは来はるんかな? と、ドキドキして聞いている。
「あんなぁ、祇園祭に2部屋は無理ですわ。男の方は家に泊まって貰われまへんか?」
「ええっ! 女の人を連れて来はるの!」
お母ちゃんに睨まれて、叫び声をあげた口を手で押さえる。
『お兄ちゃんの彼女やろうか? それとも、亮さんの彼女?』
イギリスで大学を卒業した亮は、瑛丞より年上だし、ハンサムでスマートだから、彼女がいても不思議ではない。お兄ちゃんが祇園祭に帰って来てくれるのは嬉しいが、女連れと聞いて由利亜の気持ちは乱れる。町に流れるコンチキチンという祇園祭のお囃子も、何時もなら浮き浮きするのだが、今の由利亜には耳障りだ。