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2  ゴールデンにドッキン!

「いくら瑛丞の好物やからと言うても、こんなに食べきられへんで」


 朝から、裏の家の台所で、由利亜はお母ちゃんに教えて貰いながら、瑛丞の好物を作っている。


「だって、お兄ちゃんが帰ってきはるんやもん。それに、お友だちも一緒やとメール来たもん」


「あんた、メールばっかりしてたらアカンえ! 勉強もせんと」


 お母ちゃんに叱られても、由利亜は全く相手にしない。それどころか、スマホをエプロンのポケットから取り出して、「今どこ?」と確認中だ。まるで、新幹線の停車駅を確認しているみたいだと、お母ちゃんは呆れる。


「あっ! もう名古屋を出たみたいやわ! 早よ着替えなあかんわ。お母ちゃん、帯だけ結んで」


 由利亜は、お洒落してお兄ちゃんを出迎えたかった。着物を着るのはできるが、帯はまだ結べない。こんな忙しい時にと、文句を言いながらも、娘に着物を着せるのは楽しみなので、いそいそと着付けてやる。『京の着倒れ!』お母ちゃんは着物道楽が唯一の欠点なのだ。それに、由利亜は着物が良く似合う。




 ゴールデンウィークの京都には、全国から観光客が押し掛けて混雑している。女将は鶴の屋を留守には出来ない。由利亜は満員のバスに乗って京都駅まで迎えに行く。


「えらい人やわぁ。お兄ちゃんと会えるかな?」


 由利亜は、バスから降りると、襟元を整える。白地に薄いブルーの縞模様の紬に、ピンク色に白い花が描かれている帯を締めた由利亜は、人目を惹き付けている。黙っていれば、美人女将の血を引いた綺麗な京娘に見える。


「東京から来たんだ、京都を案内してくれない?」


 なんぱ男は無視する。由利亜は、お兄ちゃん以外興味がない。外国人から写真撮っても良いか? との問いかけには、にっこり営業スマイルで応える。旅館育ちの由利亜は、観光客には優しい。あっと言う間に囲まれてしまった。


「かなわんなぁ~! お兄ちゃんとすれ違うたら困るわ」


 もう、京都駅に着いてる時間やと、スマホで呼び出そうとしたが、懐かしい声がする。


「おおぃ! 由利亜、迎えに来てくれたんやなぁ」


「お兄ちゃん!」周りを取り囲んでる人達をかきわけて、由利亜は瑛丞に飛び付く。


「おやおや、大人びて見えたのは間違いやったみたいや。由利亜、こちらは私の友だちの西園寺 亮(さいおんじあきら)。亮、この見た目は京娘のお転婆が妹の由利亜」


「そやった! お兄ちゃんの友だちも一緒やったんや」


 かんにん、と舌を出して、西園寺を見上げる。


「ええっ? 亮?」驚く由利亜に、瑛丞と亮は苦笑する。何故なら、亮はどう見ても外国人だからだ。見上げるほどの長身に、茶色の髪、ヘーゼル色の瞳が微笑みながら由利亜を見ている。


「こらっ! 失礼やで」と笑いながら、瑛丞は京都駅の人混みからタクシー乗り場へと誘導する。


「日本の大学で勉強するので、祖母の実家の名前を使わせて貰っているのです。クォーターになるのかな?」


 タクシーの順番を待ちながら、亮から説明を受ける。旅館の玄関でタクシーから降りたが、こっちどすぇ! と、由利亜は脇の小さな門へと案内する。


「旅館に泊まって貰っても良いけど、妹は私が帰るのを楽しみにしていたから……」


 イギリスの貴族の血を引く亮は、本来ならどんな高級ホテルでも泊まれる。そんな亮に、瑛丞は家族が住む小さな裏離れへと案内するのかと躊躇する。


「鶴の屋さんにも、いつか泊まりたいですね。でも、今回は瑛丞のお友だちとして過ごしたいです」


 日本の普通の生活を知りたいと、ゴールデンウィークに帰省する瑛丞に無理を言って付いて来たのだ。亮は、可愛い妹までいるとは思わなかったなと上機嫌だ。


「へぇ? ほなら、西園寺さんのお祖母さんが日本のお方やったんですねぇ。日本語がお上手どすなぁ」


 裏の家で出迎えた、京美人に亮はポォッとなる。


「本当に、瑛丞のお母さんなのですか? とても、若く見えるけど」


 お客様にも褒めなれている女将なので、笑って取り合わない。


「えらい、お口もお上手どすなぁ。ほな、ゆっくりして下さい」


 お兄ちゃんの友だちも、ちゃんとお世話しなくてはと、由利亜は客間に案内したりと頑張るが、何故かお母ちゃんには敵わへんなぁと胸が痛む。


「お兄ちゃんだけが好きやったのに……何で、胸が痛むんやろう?」


 由利亜は、自分に似合っている可愛い着物を脱ぎ捨てたくなった。しっとりとした京女になるには、まだ年が足りない自分が腹立たしい。


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