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真実

夏休みが来た。家では百合の母親が、また父親と旅行に行ってしまった。雑誌の懸賞で一週間の旅行が当たったのだ。母親を送り出した後、待っていたかのように榊が車で迎えに来た。

「出発は夕方にしよう。全く、誰かさんが日光に弱いと気を遣う」

榊の嫌味も相変わらずだ。日が沈むと、ワズも姿を見せた。榊は二人を車に乗せ、空港に向かった。

「はい、二人の分の偽造パスポート」

「いつ作ったのですか?それに偽造だなんて・・・」

「ワズは戸籍も無いし、偽造でしかできないだろ。百合のもついでに造ったんだ。心配するな。ばれない様に造っておいたから」

「・・・そういう、問題じゃありません」

 百合は、口をとがらせた。

「ったく、相変わらず真面目なんだから。今回だけだから大目にみろよ」

 榊は、頭をポリッと掻いた。

「別に、俺は飛んで行ってもいいんだけどよ」

 ワズがゆっくり伸びをしながら、嫌味っぽく言った。

「ワズのスピードだと、飛行機に追いつけないだろ」

榊はさらっと流すと、ワズは顔をしかめた。

成田で飛行機に乗り、イギリスに着いたのは次の朝だった。

「うー肌が焼ける」

この暑いのに全身コートまみれのワズが、飛行機から空港までの短い距離で騒ぎ立てた。

「騒ぐな。余計変に思われるぞ。我慢しろ」

榊がぴしゃりと言った。

「空港で、お祖母様が迎えに来てくれているはずなんだ」

「あっあの方達でしょうか、日本語で(歓迎、榊様御一行)って旗、振っています」

百合が妙なイギリス人二人を見つけた。一人は上品な老婆で、側に中年の男性がハッピを着て旗を振っている。陽気そうな人だ。

「うわっ、恥ずかしいな。お祖母様と叔父様だよ。日本文化をまた変な方に勘違いしている」

「意外に、間抜けな親族もってんだな。榊」

ワズがニヤニヤしながらいった。

「そんな暑苦しい格好している人に言われたくないな」

榊も言い返した。百合は、少し目立つこの集団の中にいるのが、急に恥ずかしくなって俯いた。

「いらっしゃい。誠」

「良く来たな。誠」

二人は日本語で挨拶した。

「うわっ、お前、誠って名前なのか?似合わねえ名前してるなあ」

ワズが榊を茶化した。榊はうるさそうに肩をあげて、叔父達に話しかけた。

「叔父様、なんですかその格好は。恥ずかしいですよ」

「はは、面白いだろ、ちょっとギャグでやってみたんだ」

男はにこやかに笑った。百合は榊をジロジロと見た。

「何?」

榊が視線に気づいた。

「榊君の親戚ですね、と思いまして」

「・・・うるさい」

榊はボソッと言った。

「でも、日本語ができるのですね」

百合がほっとしたように言った。

「亡くなったおじいさまが日本人だったからね。紹介するよ。こちら桜木百合。僕の同級生。そしてこの黒い服来ているのがワズ。百合の恋人で、吸血鬼」

「あなたがワズ?珍しいくらい純情な吸血鬼だと聞いているわ」

榊の祖母がワズに握手を求めた。

「その表現はどうかと思いますが、おとなしい吸血鬼だと自負していますよ」

ワズは優しく、老婆の手を握った。

「私の名は、メアリー。メアリー・サカキよ。宜しく」

メアリーは、次ぎに百合の手を握った。その後、榊の叔父が二人に握手を求めてきた。

「私はジュン・サカキ。誠の叔父です」

 百合とワズは、軽くお辞儀をした。

「誠が吸血鬼を連れて来たいと言ったときは、ビックリしたよ。何せこの職業柄、吸血鬼は敵だからね」

ジュンは明るく話した。

「でもこれかい、女の子を守ろうとして、亡くした腕は」

ジュンは、ワズの亡くなった腕に触ろうとした。ワズは気まずそうに腕を隠した。

「やめてください。叔父様。彼に失礼ですよ」

榊が止めた。

「ああ、すまなかったね」

彼は素直に謝った。(かばってくれるのですね。)百合はなんだか意外に思った。

「さて、ここで長話も何だし、行こうか」

ジュンが、百合の荷物を持った。

「行くってどこへですか?」

百合が榊に聞いた。

「ここではちょっとね。車に乗ったら話すよ」

榊はチラとワズを見た。

5人は大きな黒塗りの車の前に来た。

「この窓は紫外線完全防止になっているから、安心してくれたまえ、ワズ君」

「でも、太陽光は入るんだろ」

ワズは不安そうに聞いた。

「君は自分の事なのに何も知らないんだね。吸血鬼の肌が焼きただれるのは、紫外線の為だよ。そういう意味じゃ、我々も同じだがね」

ジュンは、扉を開けて日よけの傘を車の扉の前で差してやった。

「近年、オゾンの破壊も進んでいるから、紫外線量も増えた。君も大変だろう」

「全身コートで包んでいればなんとか」

皆が乗ると、ジュンはエンジンをかけた。

「まあコートを脱ぐと、良い男だこと」

メアリーが微笑んだ。ワズは恥ずかしそうにお辞儀をした。車が出発した。

「・・・君は、これから行くところが不安じゃないのかい?」

ジュンが運転しながら聞いた。ワズはしばらく俯いていたが、顔を上げて話した。

「不安はあります。でも榊のことも今では信用していますし、このままでは百合と俺は幸せになれないことも分かっていますから」

「随分しっかりしているね」

ジュンが嬉しそうに言った。

「あの・・これからどこに行くんですか」

百合が、身を乗り出して聞いた。

「操魂館。魂の居場所を操る所だよ」

「どういうことですか?それは」

榊が、気まずそうに話し始めた。

「・・・どうか落ち着いて聞いてほしい。ワズ、君の体を人間にするのは無理だ。DNAレベルで、吸血鬼の遺伝子が体中に食い込んでいる。・・・だから君の魂、もちろん今までの記憶を残したままの状態で、人間の受精卵に入れるんだよ。伝説のカップルもそうして結ばれたんだ。ちゃんと調べて分かったんだよ」

「俺に死ねって言うのかよ」

 ワズが榊につっかかった。ジュンが落ち着いた声で付け加えた。

「私たちの一族では、よく行われているんだ。(転生術)と言ってね。痛みは無いはずだよ。魂を移動するだけだからね。君が産まれた時も、同様に魂の移動があったはずだしね」

ワズは黙ったまま、俯いた。

「吸血鬼の本にその方法が書いてなかったかい?」

榊が聞いた。

「・・・あった。でも魔力がとても必要で、300年以上生きた吸血鬼にしかできないって書いてあったぞ」

「操魂館には、吸血鬼の能力を持った人間がいるんだ」

榊が言った。

「なんでもアリだな」

ワズはまた、しばらく黙った。その話を聞いて、百合は年齢の事が気になっていた。(ワズが生まれ変わっても、人間のワズとは16才差、いや、受精卵に移るなら17才差ですね。けっこう差がありますね。)ワズはしばらく俯いて、榊の方を向いた。

「分かった。俺も百合を傷つける吸血鬼で居るよりは、人間でいたい。ただ一つ、お願いだ。最後にもう一晩だけ、俺と百合に時間をくれないか?」

榊はワズをしばらく見ていたが、ゆっくり頷いた。

「いいよ。叔父様、僕の好きなミッテランドホテルに行ってくれないか?多分君たちも気に入ると思うよ」

「了解」

車は向きを変えて走り出した。

「榊、操魂館は近かったのか?」

ワズが聞いた。

「後ろ見ろよ。右の方の青い建物、あれがそうさ」

「悪かったな、予定変えちまって」

「いいさ。その姿での、恋人との最後の夜だものな」

 榊の言葉にワズは少し俯いた。

ホテルに着くと、ワズは再びコートにくるまり、榊達にお礼を言った。榊は受付までついて行き、手続きをしてくれた。

「じゃあ、また明日の・・・夜がいいかな。迎えにくるよ。素敵な一日を」

榊達が去ったあと、百合は珍しくワズに文句を言った。

「ワズが人間になって、きちんと話ができるようになるまで、つまり3、4年くらいですか?随分長い間、待たされるのですね。それにワズが17才になるころには、私は34才です」

「俺は年齢差はさほど気にしてない。俺の好きなのは、お前の容姿よりもお前の中身だからな」

百合は素直にお礼を言って、腕に手を絡めた。その後、百合とワズは最上階のスイートルームに案内された。

「素敵です。ロンドンの町が一望できます。あっ、でも・・・あまりカーテン開けない方が、いいですよね」

百合はカーテンを閉めた。部屋が、暗くなった。急に恥ずかしくなって、百合は余計にはしゃいで見せた。

「あっ、このカーテン、とても高級品かもしれません。それにこの置物すごく可愛いです」

ワズは何も言わず、電気をつけた。百合はほっとしたと同時に、少しがっかりした。

「気にいらねえ」

ワズが手をポケットに入れて、壁にもたれかかった。

「こんな高級な部屋、俺の財力の無さを馬鹿にされているみたいだ」

「そんなこと・・・無いですよ」

ワズは百合に近づいて、顔をジッと見つめた。

「百合は榊の話どれくらい信じる?」

「えっ、ワズは信用したのじゃないのですか?」

「してねえよ。人間にそんな能力があるのは、不自然だ。それに榊こそ、本当に人間なのか?血を操る能力だなんて、普通の人間にできないだろ。真実を調べるために時間がほしかったから、信じた振りをしただけだ」

「・・・なんか、榊君みたいです。いつから、そんな悪賢くなったのですか?」

百合は、顔をしかめてきいた。

「家の本に書いてあったんだ。身の危険を感じたときは、嘘をついても時間を稼げってね」

「あっそう言えば、ワズの本の文字、榊君の家の本にもあったの思い出しました」

「みろ、余計あやしい。あいつらも魔族じゃないか?」

「・・・でも、どうやって、調べるのですか?」

「忍び込むんだ。操魂館へ」

ワズは椅子にどっかと座った。そして、黙って百合を見つめた。百合はその視線にドキドキした。

「百合、こっちこいよ」

「えっ」

百合は戸惑った。

「どうせ、俺が動けるのは夜なんだ。今は、せっかく用意してもらったスイートルームを楽しんでもいいだろう。もしかしたら、血を吸うのも最後になるかも知れないんだし」

「・・・」

百合が俯いたまま来ないので、ワズは彼女に近づいて頬に手を置いた。

「安心しろよ。吸うのは少しにする。だけど今までで一番気持ちよくしてやるから、思いっきり乱れろよ」

ワズはフカフカの大きなベッドに彼女を寝かせ、愛おしそうに彼女の首に牙をたてた。

日が暮れてきた。時計は5時を指している。百合はベッドから起きあがり、テーブルの食事のチケットを見た。(お昼、抜きだったし、お腹空きましたけど、ワズは、普通の食事だめなのですよね。)百合はベッドで静かに寝息をたてているワズの髪をなでた。百合の血を吸って、彼自身のお腹はふくれているのだろう。起きそうもない。

「仕方がないです、一人で行きます」

百合は独り言を言うと、シャワーを浴び、そっと部屋を出て行った。

レストランは最上階にあった。長身のウエイターが、彼女を窓際の席へと案内してくれた。一品ずつ食事が運ばれてくる。しかし一人で食べるのは、味気無いものだった。豪華な食事もまずく感じた。

「はあ」

百合は窓の外に広がる摩天楼を見ながら、ため息をついた。日は沈み、星が少しづつ見えてきた。

「ここ、座って良い?」

聞き慣れた声がして、百合は向かいの椅子を見た。見ると、ワズがその椅子に手をかけて立っていた。

「ワズ!」

「ひどいな、先に行くなんて」

ワズは椅子に座りながら、百合の頭をコンと叩いた。百合はとても嬉しそうに微笑んだ。ウエイターが来て、食事の準備を始めた。ワズは、彼をチラと見て言った。

「百合、彼に頼んでくれないか。食事はいらないけど、ワインだけ下さい。って」

百合が英語で頼むと、ウエイターは軽くお辞儀をして、フォークやナイフをかたづけた。

「あの・・・無理させてしまいましたか」

百合は申し訳なさそうに聞いた。

「いや、俺が好きできたんだ。食事はできないけど、雰囲気味わってもいいだろ。こんな素敵な所に好きな人ときてるんだからさ」

ワズは笑って、来たばかりのワインを手に持った。

「有り難うございます」

百合は微笑んで、ジュースを手に持った。

「いつか、俺の力だけでこういうところに連れてくるからな。その誓いの証だ」

ワズは、強引にグラスを重ねた。チン、澄んだ音色が軽く響いた。百合はその言葉だけで、ポーっとなってしまった。彼はワインを半分くらい飲むと、向かいの恋人に向かって軽く笑って見せた。百合は急に恥ずかしくなって

「未成年なのに飲酒ですね」

と、ふざけてみせた。

「いいの。俺は人間じゃないんだから、法律には従わないよーだ」

ワズもふざけて返してきた。そして二人で笑いあった。

食事も終わり部屋に戻ると、もう8時だった。

「行こうか」

ワズが神妙な顔つきで言うと、百合もゆっくり頷いた。

 窓から外に出ると、心地よい風が吹いていた。町の光りが空を照らしている。ワズは他の人に見つからないように、より高く飛んだ。前を見ると目的の青い建物の方へ、何か黒い小さいものが、沢山集まっているのが見えた。

「なんでしょうか」

百合がワズに聞いた。

「多分コウモリだよ。なんであんなに集まっているんだろう」

近づくにつれ、そこが修羅場と化しているのが分かった。

「ギー」

悲鳴が聞こえた。青い建物は高い塀で囲まれて居たが、その中に人間では無い者の姿が見えた。

「吸血鬼が誰かの子供をさらおうとしています」

百合が叫んだ。

「あれはニンフ(妖精)だよ。百合は、ここで待っていて」

ワズは少し離れている建物の屋上に、百合を降ろすと、ニンフと吸血鬼の間に割って入った。コウモリが多すぎて何がなんだか分からない。ワズがピーという、つんとした音をだした。コウモリが戸惑って、ニンフから離れた。ワズは、それにより見えた吸血鬼の腕、子供をさらおうとしている吸血鬼の腕に噛みついた。吸血鬼は驚き、ひるんだが、子供を離そうとしない。ワズはそのまま思い切り血を吸った。さすがに吸血鬼は、その場に倒れこんだ。そしてみるみるうちに砂と化してしまった。

ニンフの親は急いで子供を抱き上げ、青い建物の中へ入っていこうとした。しかし、建物の扉が急に外側に開いた。中から誰かを抱えた吸血鬼と、それを囲むようにコウモリの大群が出てきた。その後に続き、何人かがコウモリに襲われながら出てくる。

「一体どうなってるのでしょう?」

百合はビルの屋上で呟いた。

「ワズ!コウモリ達をどかせろ」

榊の声がした。おそらくコウモリに襲われている一人だろう。

ピー

耳を劈くような音が辺りに響いた。コウモリ達が、急に統制がとれなくなった。あっちへ行く者こっちへ行く者、とにかく襲われていた者は自由になり、吸血鬼に連れ去られようとしている者の姿も見えてきた。

「メアリー婆さんだ」

ワズが舌打ちして、彼女を抱いて飛んでいる吸血鬼に突進していった。するともう一人の吸血鬼が建物から飛び出し、ワズに体当たりした。ワズの体は建物の壁にぶつかって、三階のベランダに落ちた。

「同じ吸血鬼なのに、何故邪魔をするんだ」

ワズを突き飛ばした吸血鬼は、魔の言葉で話した。ワズも今では本で勉強したので、この言葉が分かる。

「ちょっと、借りがあるんでな」

ワズはぶつけられたお腹を押さえながら言った。お腹からは、血がドクドク流れている。

「お前こそ、何故ここを襲う」

ワズの問いに吸血鬼は、馬鹿にした様に笑った。

「こいつらの能力を知らないのか?魔の国のボスがお望みなのさ。こいつらと引き替えに、俺らは魔の国の居場所が得られるんだ。お前も吸血鬼なら、俺達と共にこいよ。魔の国に俺達の国を作ろうぜ」

「へっ、他人に作ってもらった居場所。そんな脆いもの、俺はいらねえな」

「ふん、片腕のくせに人間に取り入りやがって、ここで殺していくか」

相手の吸血鬼は、牙をむきだした。

「へっ片腕でこそ、できることもあるんだ。一つ忠告しておくぜ、後ろにには気をつけろよ」

「えっ」

吸血鬼が後ろを向いた瞬間、ワズはすごいスピードで彼に近づき、顔をぶん殴った。

「ラディ」

メアリーを、さらった吸血鬼が叫んだ。(殴られた吸血鬼の名はラディというらしい。)彼は、地面に強く打ち付けられた。そこを何人かの人間が、取り押さえた。

「嘘をつきやがったな」

ラディは呻いた。

「危機的状況の嘘は許されるのさ」

ワズが、つらそうに口の中で呟いた。

「あながち、嘘でも無いぞ」

急に榊の声が聞こえた。今度はメアリーを抱いている吸血鬼の後ろに石が飛んできた。コツン、石が彼に当たった。と、その瞬間、石が光り、榊が飛び出した。

「襲ってきた奴は、三人だったよな。これで最後だ」

榊は叫ぶと、そのまま吸血鬼に飛びかかり、軽く傷を付けた。

「逆流血殺」

榊が唱えると、吸血鬼は一気に気を失ってしまった。コウモリも主を失い、森へ帰って行く。しかし三人は土台を失い、一気に急降下した。ワズがすぐに飛んできて、榊とメアリーをひっぱったが、片手で引っ張るくらいでは落下は食い止められそうにない。おまけにワズもすごい怪我をしていた。

「クッション」

榊が言うと、倒した吸血鬼の血が傷口から出て、柔らかく固まり落ちる衝撃を和らげた。

「へへ、さすがだな」

ワズはそう言うと、そのまま倒れてしまった。

「血が流れすぎてるわ。誠、治せないのかい」

メアリーが、ワズのお腹から出る血を見ていった。

「一度外に出た血は、雑菌がつくから中に戻せないよ」

「へっ、希望通りになったなあ、榊」

「そんなこというなよ。俺はお前の意志を尊重するつもりだったんだ」

「百合の側に・・・・」

 ワズが口の中で呟いた。

「そう言うと思って、幻に迎えに行かせた」

言うが早いか、百合が駆けてきた。助けられたニンフの親もやってくる。

メアリーがワズの頭に手を置いた。

「魂を抜き取るよ。生きている間に術をかけなきゃ、記憶を失うからね」

メアリーは、静かに祈り始めた。百合はワズの手をとった。

「ワズ。まだ死なないでください。生まれ変わるなんて、私、そんなに離れていたら気がおかしくなってしまいます」

ワズは百合の頬に手を置いた。

「お前を、何年も待たせたくない」

いとおしそうに、ワズが言った。

「・・・しかたがない。」

黙っていたニンフが呟いた。

「歴史が狂うかもしれないから、本当はあまり使いたく無いんだけど、息子の恩人だしね」

そして、ゆっくり手をメアリーの手の上にかざした。

「抜き出た魂を過去に送るよ。17年前がいいね。生まれ変わったら、百合さんと同い年だ」

「・・・感謝する」

ワズが口の中で呟いた。

「ワズ、ワズ」

百合が手を握りながら、ワズの胸に顔を埋め泣いた。

「ワズ、もうすぐ、祈りが終わるぞ、言い残す事は、ないか?」

榊が言った。

「百合、お前をきっと見つける。姿は分からないだろうけど、目印に胸に百合の花をつけて来る・・よ。榊、未来の俺が来るまで、百合に手をだすな・・・」

そう言うと、ワズの体が砂に代わり、消えていった。

ドキン。百合の心臓が高鳴った。ドキンドキン。百合は砂が風に飛ばされて行くのを静かに見送り、そして大きな目で榊を見つめた。

横では、ニンフが最後の呪文をかけ終わっていた。百合の大きな目は、榊に向けられている。

榊は軽く俯いて髪の下から、百合の顔を見ていた。(血を吸われすぎたあの日、助けてもらった次の朝、榊君の胸にあったもの、それは・・・。たしか赤いアザがありました。あの時、彼はなんて言いました?「なあ、百合の花みたいだろ。運命の人と出会う証さ。」まさ・・・か)

「ま・・さ・・か」

百合が喉の奥から、かすれたような声を出した。榊が、いたずらっぽく笑った。

「まさか・・・ワ・・ズですか?」

「やっと気付いてくれた?」

榊との思い出が、百合の頭の中を駆けめぐった。百合は何を言えばいいか分からなかった。榊は百合の頬に手を置いた。それは間違いなくワズの癖だ。

「百合・・・記憶がところどころ飛んでいたから、探すのに手間取ったよ。17年探してやっと見つけた。そして、ああ、やっと本当に触れることができる。百合、本当に長かった」

百合は、榊の手を振り払った。

「うそよ!うそ!そんな事・・・」

榊は軽くため息をついた。

「春は桜、夏は花火、秋は夜空、冬は雪。これからも一緒に見に行ってくれる?」

 そして、いたずらっぽく笑った。

「ワ・・ズ。な・・んで?どうして?」

百合は、榊の胸を叩いた。

「百合」

榊は押さえきれないと言うように、百合にキスをしようと顔を近づけてきた。

「ワズ!ワズ!」

百合は、それより早く榊の胸に飛び込んで、何回も胸を叩きながら泣いた。

「心配したんだよ。なんで、教えてくれなかったの?」

榊は祖母やニンフを見て、困った様な顔をした。周りの皆も一瞬戸惑ったが、すぐに理解した。

「ああ、そうだったの。良かったわね。ワズ」

メアリーが、口を開いた。

「良かった。私の術が、うまくいったようだね」

ニンフも胸をなで下ろした。

「私たちは、場をはずすわね。いいなあ。青春だわ」

メアリーはそう言って皆と一緒に行ってしまった。

「ワズ!」

百合が顔を上げて、怒ったようにむくれた。

「長い間、騙していたのですね。何故言ってくれなかったのですか?」

「言えないよ。昔の僕にばれたら、今の僕だってここに居られるか分からないんだから」

「それにしても、私には言っても」

「百合は昔の僕にきっと言うだろ。リスクが大きいよ」

「信用無いですね」

「百合のことは、僕が一番分かっているよ」

榊はニッと笑った。

「それに、もう一つ内緒にしておきたかった理由がある」

榊は百合の髪をなでながら言った。

「昔の僕と勝負したかったんだ。どちらに百合が惚れるかね。・・・結果は惨敗だったけど」

「それは・・・、ワズのこと、裏切れないですし」

「いいんだ。これから、俺に惚れさせればいいんだし」

そう言うと、榊は百合を強く抱きしめた。

「あとで絶対惚れさせるから、今だけ抱きしめさせて」

ワズに悪いと思いつつ、榊に惹かれていた。その思いから罪悪感がすっと消えた。そしてワズを思っていた気持ちも重なっていく。強く抱きしめられながら、耳元で聞こえる榊の声に、百合は心の奥まで酔った。

「ワズ、私は今のあなたにも惹かれていたのですよ。表には出せませんでしたが」

百合も、榊を抱きしめた。聞きたい事は山ほどあった。だけど、今はこうして抱き合っていたかった。

操魂館に帰ると、ロビーで皆がソファーに座ったまま待っていた。

「お帰り誠。ちょっといいかな?」

ジュンが榊を呼んだ。榊は百合の肩を叩き、ジュンの側に行き、なにやら話をしていた。一人残された百合にメアリーが話しかけた。

「良かったわね、百合さん。無事、ワズが転生していて」

メアリーは百合に椅子を勧めると、上品に笑った。

「有り難うございます、メアリーお祖母様。ワズの転生を手伝ってくれて。それからそこにいらっしゃる・・・」

百合は、子供と遊んでいるニンフに目を向けた。

「いや、気にしなくていいよ。私も子供を助けてもらったからね」

ニンフは愛想良く笑った。

榊が戻ってきた。

「お祖母様、明日の事だけど、僕は行きません。・・・百合と一緒にいたいので」

「・・・分かったわ。明日は話合いだから誠抜きでもなんとかなるでしょう」

メアリーはゆっくり頷いた。

「百合行こう。もう眠いだろ。部屋に案内するよ」

「ワズ・・・」

百合も立ち上がった。

「おーい誠、一緒の部屋はだめだぞ。お前らまだ、高校生なんだからな」

「分かってるよ。叔父様」

榊はクールに返すと、百合を連れて言った。歩きながら、榊は話しかけた。

「百合」

「何、ワズ?」

「そのワズ、っていうのやめてくれないか?昔の僕と比べられているみたいで、いやだ」

「・・・そうね。ごめんなさい。あの、さっき、叔父様なんて?」

「僕と結婚してくれる?」

「えっ」

「今すぐじゃなくて、未来の話なんだけど」

「それは・・・もちろん」

言いながら百合は赤くなった。(あれ、これプロポーズですか?)百合があっけにとられているのを無視して、榊は続けた。

「部外者には、話せないからね。未来の仲間なら話せる」

榊はウインクした。

「・・・さっき捕まえた吸血鬼が、依頼者の名を言ったから、魔の国に行って王に裁いて貰うよう要請しに行こうと言う話。依頼者は王の名を語った部下の一人だったんだ。そいつには謀反の疑いもある」

「えっ?だって、魔の国は魔物の国なんでしょ。人間には危険だって・・・」

百合はビックリして、プロポーズの事もふき飛んだ。

「それは、あれ以上魔の国を探索してほしくなかったんだ。と言うのも、魔の国を作ったのは僕達だからね」

「えっ、どういう事?」

「退治屋の仕事は、人間に対する建前みたいなもので、本当は魔物の保護をしている。つまり、人間に滅ぼされない様に種として守ってるんだ」

「えーっ!」

百合は、思わず、大声を出してしまった。

「でも榊君、吸血鬼を何人も殺したって言っていましたよね」

「・・・ああ、彼らには、僕らも扱いを困っているんだ。彼らは食事も生殖も人間頼みだ。しかもほっとくと、どんどん増えてしまう」

「ワズ・・・じゃなかった榊君だって、吸血鬼だったでしょう?そんな言い方・・・」

「・・・僕は、対吸血鬼の仕事はこれでやめようと思っている。解決にはならないけど、君との事が無ければ関わりたくない」

「榊君・・・」

 百合は榊の心中を察して、しばらく黙っていたが、心に疑問が次々と沸いてきて、我慢できなくなった。

「ねえ榊君、魔の国の王って、榊君の一族なのですか?」

「魔の国の王は、竜がなっている。・・・見たいなら、明日、一緒に行く?そういや、あの時、ほとんど見られなかったもんな。今度こそ、見せてやろうか?」

「行きます!そう言えば、あの時の地図は?」

「あー、ワズだったときの家かなあ」

榊はポリポリ顔を掻いた。

「でも、こっちにも、地図あるから。心配しなくていいよ」

「あと一ついいですか。ワズに攻撃していた時もありましたよね。あれは、どうしてですか」

「ああ、茨城でだろ、君を信じさせるため・・・と、もう一つ、昔の僕が許せなかった。百合を裏切って・・・他の娘の・・・その・・・血を・・・」

 榊はしばらく黙っていたが、急にそっぽを向いて、早口でしゃべり出した。

「あーもう!あのな、吸血鬼の牙は、人間でいうペ○スと同じなんだよ!分かるだろ、女を酔わせる事はできても、戦う武器にはならない。つまりだな。正真正銘の浮気なんだよっ。何で、こんなに説明しているのだ僕は」

百合が、みるみるうちに赤くなった。榊はおそるおそる、百合の顔を見た。

「百合、怒った?」

「いえ、違います。その・・・急に・・・恥ずかしくなってしまって・・・。私、ずっと前からワズに吸われていましたから、それって・・・」

百合が耳まで赤くして、俯いた。榊はホッと肩をなで下ろした。

「良かった。そっちの方か・・・。あのさ。僕はこの体で、女性を酔わせたことはないから、上手く君を気持ちよくできないかもしれないけど・・」

 百合は驚いて、榊の口を手で塞いだ。

「私達、まだ高校生ですから」

「安心しろよ。まだ高校生だから、もう少し待っていてやる」

榊はそっぽを向いた。

「榊君、怒りましたか?」

「別に。17年待ったんだ。あと、2、3年、君の側で待つのぐらい・・・」


こんな近い距離で、百合を我慢できる自信あんまりないなあ。っていうか、今だと昔の僕と、そのまま比べられるのか。牙で気持ちよくさせる方法しか、僕知らないぞ。

「あのざ、何度も言うけど、僕気持ちよくできないかも・・」

「もういいですっ」

百合が、榊の声を遮った。気まずい空気が流れたまま、二人は客間の扉の前に着いた。

「あの・・・お休み百合。僕は斜め前の部屋で寝るから。じゃあ、明日は魔の国にいくんだろ。8時にロビーな」

榊は百合の髪をクシャとして、自分の部屋に向かった。

「榊君。おやすみなさい」

榊は、ゆっくりポケットに手を突っ込んだまま、振り向いた。

「さっさと部屋に入れ。こっちも我慢してんだから、ノロノロしていると襲っちゃうぞ」

百合は笑って、手を振った。

「じゃ、明日」

「おうっ、勝手にいなくなるなよ。僕は、17年、探したんだぞ!」

榊は片手をあげて、ウインクして、自分の部屋に入っていった。

百合は落ち着かなかった。ワズが消えたあのシーンが、一人になると蘇った。怖い。百合は、いてもたってもいられなくなった。

「榊君。起きてください」

夜の2時過ぎ、百合は榊の部屋に行って、彼を揺り起こした。

「おお、百合、どうした?こんな夜中に」

「ねえ、榊君、ワズですよねえ。私の側にいるのですよねえ」

榊は微笑んで、百合に優しくキスをした。

「・・・部屋の外、行こうか」

榊は、百合と一緒に部屋を出ると、5階の食堂へ連れて行った。食堂はもう閉まっていたが、自動販売機の前が少し明るくなっていた。

「何飲む?」

榊は百合に聞いた。

「飲みたくないです。榊君は、ワズなんですよね」

百合泣きそうな顔をして聞いた。

「良かった。過去に送ってもらって。これじゃあ、3,4年も一人じゃいられないだろ」

「・・・ワズって呼んで良いですか?今夜だけですから」

「・・・いいよ。もともとワズだし」

百合は榊にしがみついた。

「ワズ、ワズ」

榊は彼女の髪をワズの様に撫でた。ひとしきり泣いてから、百合は目を涙で濡らしながら顔を上げた。

「落ち着いた?」

「はい」

 百合が恥ずかしそうに頷いた。

「ねえ、榊君に生まれ変わったって分かった時どう思いました?」

 百合は、照れを隠すように質問した。

「んー。正直、騙されたって思ったよ。アノヤロー全部知ってたんだなってね。だけど、俺は、榊を羨ましく思っていたから、一方で妙に納得した」

「羨ましかったのですか?」

「ああ、欲しかったもの榊は全部持っていたから・・・人間の体も、百合を守る力も、財力も、冷静さも、計画性も。だから、せめてワズの頃に出会った榊より、いい男になるって、・・・努力したよ」

榊は、ワズの頃に帰った様な口調で話した。そして、まるでワズの様にニッと笑った。百合はホッと息をついた。そしてその瞬間、眠くなって大きなあくびをして、自分でビックリした。

「帰ろうか」

榊が、クスッと笑って言った。



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