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はじまり

三月の末の夕暮れだった。百合は自分の部屋の窓から、太陽が遠い山並みに血のような赤い色を残して沈むのを見ていた。彼女は16才にしては大人っぽい表情で息をつくと、窓の鍵を手慣れた手つきではずした。そして頬を空の様に赤く染めながら、恋人の来る道を眺めた。

 日が沈み、闇が迫る頃、隣のうっそうとした森から彼は来た。その男は百合の家の近くで止まると、辺りを見回し誰もいないのを確認した。彼はすっと百合に向かって手を振り、体を浮かせ屋根に座って窓を軽く叩いた。

彼の名はワズ。隣の森に住んでいる吸血鬼で、百合の幼なじみだ。彼はじれったそうにしている彼女の茶色い目を見ながら、窓を開け、するりと部屋に入り込んだ。そして、彼女を抱き寄せ、首筋に優しくキスをした。   彼女は物憂げに呻くと、そっと彼に身を任せた。彼はそのまま浅く牙をたてた。

 三十分くらい経っただろうか、ワズは、ふと我に返り牙を離した。少し夢中になって吸いすぎたようだ。口には彼女の血が、だらしなく垂れていた。百合は物足りなさそうに不満そうな声をもらした。ワズは顔をあげて、彼女を見た。彼女の目が、さっき見た夕日の様に赤く染まっていた。ワズは気まずそうに、口に付いた血を拭うと彼女の首の血も指で拭った。

「・・・寝る前に、桜を見に行かないか?森の桜が咲き始めたんだ」

 百合は、顔を上げて可愛らしく笑った。

「嬉しいです。ずっと楽しみにしていましたから」

百合の夕食が終わった頃、ワズはもう一度彼女の部屋に来た。彼女は、待ちかねたように窓から手を振った。

 夜桜は、なかなか乙なものだ。森の桜は、まだ一分咲きくらいだが本格的に咲くのを待ちきれず、ワズはいつも早めに百合を呼んでしまう。百合は、咲き始めよりも散り始めの方が好きだったが、咲き始めの夜桜を二人で見るのが毎年の恒例となっていた。

「桜を見ると思い出す事があります。あまり、素敵な話じゃ無いのですが、『桜の木の下には死体が埋まっていて、その血で花は赤く染まる。』って話なのです」

 百合が、夜空に映える桜を見ながら言った。

「そうかな。俺には、桜が春に恋をして赤く染まっているように見えるよ。・・・見ろよ、一つ一つ、恥ずかしそうに花開こうとしているじゃないか」

ワズは、小さな蕾に手をかけながら言った。

「その方がいいですね」

百合がにっこりした。ワズは、彼女を横目で見ながら話し続けた。

「春が、終われば夏。夏の終わりは、海辺の花火を見にいこうな。あの潮風の中で見る夜空の花が俺は好きなんだ。少し寂しくなるような感慨深い夏の終わり」

「それから、秋の終わりですね」

百合が、ワズの顔をねだるように覗いた。

「また、雲の上に連れて行ってくださるのでしょう?十五夜の月と秋の星空」

「もちろん。そして冬。月の光に映える雪。毎年の恒例行事だもんな。楽しみだよ」

百合は、嬉しそうに頷いた。

「来月から高校生活始まるだろ。浮気するなよ」

ワズは、百合の頭を撫でながら、顔を覗き込んで言った。

「そんなことしません」

 百合は、少しふくれてワズを残し早足で歩いた。ワズは困った様に笑いながら彼女を追いかけていった。


 それから3週間がすぎた。高校が始まった。今日は入学式だ。

キーンコーンカーンコーン。

 百合が、高校に入って初めてのベルがなった。

「やだっ。入学式なのに遅刻しちゃいます。昨日、ワズと・・・でしたから」

百合は頬を染めて、廊下を急いだ。一年H組それが、彼女のクラス。

「入学早々遅刻とは、良い度胸だなあ。えー桜木百合」

クスクス。教室に笑いが起きた。百合は、今度は恥ずかしさのあまり顔を赤くした。

「遅れて申し訳ありません、先生」

百合は、消え入る様な声で言うと、深々と頭を下げた。

「いいから、席に着きなさい。」

担任の佐々木先生は百合の顔をのぞき見た。

「うん?桜木、お前顔色悪いな、きちんと食べてきたか?それに目が赤いぞ。ああ、赤いコンタクトか。なんか不気味だなあ、色変えたらどうだ?」

「・・・」

百合は黙って俯いたまま、席に着いた。朝の会が終わると、各クラス早々に入学式の準備に入った。

入学式は、クラス毎に入場する。H組は最後だ。前に並んでいる女の子が振り向いて話しかけてきた。

「ねえ、あなた、名前・・・桜木・・百合さんだよね。入学早々目立ってたわよ。私、丘早樹、丘ちゃんってみんなに呼ばれてるの。宜しく」

「宜しくお願いします」

百合は、また深々と頭を下げた。

「同い年だもの、そんなに丁寧にしなくていいのよ。ねえ、知ってる?今年の生徒代表で、挨拶する人。B組にいる人で、結構かっこいいみたいよ。今日、男子で、一番前にいる人だって」

「挨拶する人って、成績一番の人ですよね。すごいですね。県で一番の学校で一番なんて。試験良かったのですか?」

「それが、どうも試験は満点らしいのよ。って、あなたの敬語、治ってないじゃない。天然なの?じゃあ、そのままでいいわ」

 百合は、少し申し訳なさそうに頭を下げた。

「どんな人なのですか?」

「私も良く知らないけど、どうもクオーターって話で背も高いみたい」

「いるのですね。そういう人が」

「もうすぐ、見られるわよ」

丘ちゃんは、ウインクしてみせた。

入学式の会場である広い体育館に出ると、百合は、B組の方に目をやった。でも彼はなかなか見えない。

入学式も中盤まで過ぎた。百合は、少し眠そうだった。昨日の寝不足が響いたのだ。

「ちょっと百合、次よ」

丘ちゃんが、つついた。

 「次は、入学の挨拶。生徒代表、榊誠君お願いします」

司会の声が響いた。すらりと背の高い男の子が、ステージに上がった。彼が一番の子。

「入学式を迎えて。僕達は・・・」

あまり、話は覚えていない。だけど、百合は、何故かその子に釘尽けになった。茶色がかったさらさらの髪、西欧の血がはっきり見える顔立ち。

「どう?百合。ちょっと顔濃いけど、まあまあだね。私は、あまり好みじゃないな」

「私は・・・かっこいいと思います」

百合は、少し顔を赤らめた。そして改めて榊をみた。彼は挨拶を終えて生徒側に礼をするところだった。彼は軽くお辞儀をすると、さっと生徒達を見回した。そして、百合と目があった。百合はドキッとしたが、この距離だしと思い目は背けなかった。すると榊もしばらく百合を見つめてから、ステージを降りていった。


 やっと君を見つけた。自分の胸の音が高鳴るのが、聞こえた。榊はクラッとするような目眩を感じた。薄く茶色がかった黒髪、僕の顔をいつもくすぐった柔らかい髪。透けるような白い肌。思い出通りの君。そして、肌に映える赤い目。そう、赤い目。愛された証拠。その温もりを、体中に流れる血を、体の中を、深く深く。


「なんかさあ、こっち睨んでなかった。榊君」

丘ちゃんが小声で言った。

「そうですね。私達うるさかったでしょうか」

 百合達は、互いに肩をすくめた。

教室に戻ると、先生が教科書を職員室からもってきてくれる人を募っていた。何人かの男子が先生の周りに集まった。廊下では、他のクラスの協力者がH組の横を通っていった。百合は、それに混じって誰かの視線に気が付いた。振り向くと、榊の顔が見えた。彼は、間違いなく百合を見ながら通っていった。(何だろう、私、彼に何かしたのでしょうか。)

「ちょっと、また見てたよ。百合に気があるんじゃないの?」

丘ちゃんが、肘でつつく。

「・・・」

(そうでしょうか、出会ったばかりで、そうなるでしょうか。確かに素敵な彼でしたけど・・・あっ、でもこんな事考えたら、ワズに怒られてしまいます。)

教科書が全部配られると、もう帰りの時間になった。入学式の日は早い。でも、もう明日から授業だ。

「百合、家どっち方面?駅行くなら一緒帰ろう」

鞄に荷物をしまっている途中、丘ちゃんが話しかけた。

「おーい、桜木、呼ばれているぞ」

不意にクラスの男子が声をかけた。外には榊がたっていた。百合は赤くなった。(何の用でしょう。こんな目立つやり方で呼ばれると、すごく恥ずかしいです。)百合は急いで教室の外に出た。丘ちゃんは、あまりの展開に呆然としている。

「なっ、何ですか?」

百合は下を向いて、言った。


 手の届く所に百合、君がいる。手を伸ばせば、触れられる所に。待っていた時間。・・・だめだ。言おうと思っていた台詞が、全て消えてしまった。


「・・・・・あのさ」

榊は口をしばらく開けて、やっとこれだけ言った。

(頭が良いはずですのに、言うこと考えていらっしゃらなかったのかしら。しかも・・・榊君の顔が真っ赤です。これでは、余計に恥ずかしくなってしまいます。)

「あの・・君の赤い目、コンタクト?」

百合はドキッとした。ワズに沢山血を吸われた日は、目がいつもよりさらに赤くなるのだ。

「ええ。赤いコンタクトです」

百合は、少し罪悪感を覚えながら、嘘をついた。そして教室に戻ろうとするのを榊は、肩を押さえて押しとどめた。

「本当の目の色じゃないか?誰かに、血を吸われたとか」

百合は、振り向いて榊を見た。

「あなたは、・・・誰ですか?」

榊は、何か言いかけて声を詰まらせた。そして唾を飲み込み、また話し始めた。

「ここでは言えない」

「では、・・・いつなら、言えますか?」

百合は、動揺しながら、少し、きつい調子で聞いた。

「誰も、いない時なら・・・」

榊が怖ず怖ずと言う。

「そうですか、じゃあ・・・、明日早く学校に来れますか?朝8時はどうですか?」

「いや、8時で十分だと思う」

「では、8時にこの教室にお願いします」

百合はそう言うと、急いで自分の席に行き、教科書を詰め込んだ。

「ちょっと、百合、今日全部持って帰る気?明日の授業分ぐらい残したら?」

丘ちゃんが止めた。

「あっそうですよね。私ったら」

百合は手を止めたが、その手は、震えていた。彼女は大きく一呼吸し、丘ちゃんを見た。

「えっと、明日は何の授業がありましたっけ」

帰り道、丘ちゃんは始めこそ何を言われたかしつこく聞いてきたが、何も話さないでいると、

「話せるようになったら、教えて」

と一言言い、他愛のない話題になった。その心遣いが百合には嬉しかった。


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