ep7
特に大したこともなく、入学式が終了した。校長の話は相変わらず長い、どこの学校でも、老若男女変わらず絶対長い。呪われてるんじゃないのか?
「はい注目、私がこの1組担任の田中です、1年間よろしく。くれごれも問題ごとを起こさないように」
えらく気だるげそうなこの若い女性教諭が俺のクラスの担任らしい。
田中先生はその後に、簡単な注意事項などを説明したあと、まるでマニュアルをこなすかのように生徒に自己紹介を始めるように指示した。
「じゃあ1番の……青山から」
「は、はい!」
まだ席替えもなく、名前の順に並んでおり、左上から順に次々と事項紹介が進んでいった。
ところで、先ほど名前の順と言ったが……そこから分かるとおり、俺と杏子の席は少し離れている。杏子は苗字が大原だからかなり前、窓際の席だが、俺の苗字は日野原なので大体中間後ろぐらい、廊下から2列挟んで一番後ろの席だ。まだ1番後ろだから良かった。前後左右が知らない奴で囲まれてたら流石に心細過ぎる。
それに俺の左側の男子がチラチラと俺の方を見てきて非常に鬱陶しい、前を向けよ前を。
「えー……じゃあ次は……日野原」
「あ、はい」
俺が席を立つと、一斉に視線がこちらを向く、特に男子の視線がねっとりしていて気持ち悪い。うえぇ……
杏子が心配そうな視線を向けてきているがそれが俺の唯一の癒しになっている。
「え、えーと……日野原月乃です、よろしく」
俺は手早くそれだけを言って席に座った。そこかしこで小さな囁きが聞こえてくるが聞こえないフリをしておく。
横の男子……マジマジと見すぎだろ、流石に気持ち悪いぞ。
今日の新入生の予定は基本的に入学式のみ、その後は各自で部活動見学をするなり帰るなり様々だ。まぁ、この学校は嫌でも部活に所属しないと行けないタイプの学校なので今日は見学者で溢れかえるだろうな。
「月乃はどの部活に入るか決めてるの?」
解散となり、教室が騒がしくなって教室を出て行く生徒もいる中、杏子が近くにきてそう聞いてきた。
「まぁ……一応は。陸上部に入ろうと思ってる」
俺は学校指定の鞄に荷物を入れながら杏子にそう答えた。
「へぇ……でも大丈夫なの?」
「何が?」
「だって陸上部のユニフォームってそれなりに露出多いはずよ?」
「あぁ、それなら大丈夫だ。ここの陸上部は大会に参加してないらしいからユニフォームなんてないぞ」
「それって部活としてどうなのよ……」
「部員数少ないらしいし、それも原因なのかもな」
荷物も整理し終わり、俺は疲れたように声を上げながら席を立った。
「そんなに疲れた?」
「まぁな……横の男子がずっと見てきててさ、それが一番俺の精神を削っていった」
「ガン見してたわね、そういえば」
俺の勘違いでないことを知り、さらに大きく溜め息を吐いた。
「そういえば……杏子はどの部活に入るんだ?」
「そうね……私も陸上部でいいかな」
「柔道部とか空手部とかあるけど良いのか?」
「正確には“男子”柔道部と“男子”空手部よ、女子は入れないみたい」
「えぇ……なんだよそれ」
俺がそう声を上げると、杏子も呆れたような笑みを浮かべた。
「ま、私は家でいっつもやってるから今更部活に入ろうとは思わないけど、入ったところで一悶着ありそうだし」
一悶着?
あぁ……そういえば杏子ってかなり強いんだっけ、柔道だか合気道だかの全国大会には出たんじゃなかったっけ。ブランクとかで賞は取れなかったらしいけど。
杏子曰く「怠けていた結果」らしい、俺も実際に試合の風景を見たことあるけどあれは11、2歳の女子がする試合じゃなかった。
俺? 俺は……受身が上手くなったよ。
「剣道部なら男女両方行けるんじゃないの?」
「剣道は……まだやったことないからダメよ」
「いや、初心者歓迎って書いてあるけど」
「力加減が分からないのよ」
「あぁ……竹刀が折れる情景が浮かんだ」
「そんなに柔じゃないわよ?」
「竹刀が折れるだけじゃすまないのか……」
ぐっと力を入れて力説する杏子に苦笑いしか浮かばなかった。
「そういえば、陸上部の顧問って誰なの?」
「田中先生」
「陸上部がそんな状態なのが分かった気がするわ……」
流石にあの気だるげな先生でもそこまで適当にするとは思えないけどな……
――と、思っていた時期が俺にもありました。
「まさかこれほどまでとは……」
部員数なんと現在3名、しかも全員女子、そのうち2人は幽霊部員、つまり陸上部として活動しているのは1人ということになる。
だが、こうなったのにも理由がある。まず一つ……陸上部の部室だ。まるで数年使ってないかのような寂れっぷり……というか、運動部が着替えたり汗を流したりするための部室棟が数年前に新設されたらしいのだが、陸上部の部屋はなく、いまだに古い方の部室棟を使っているらしい。安全上は問題内容に軽く工事がされており、大きな地震が来ない限りは倒壊の心配もないのだが、その風貌は幽霊でも出てきそうだった。工事によっていらない部分を取り壊されたその2つの部室棟は新設の部室棟よりもかなりこじんまりしており、まさに捨てられた小屋というに相応しい。
「いやぁー機能的には問題ないんだけどねー」
あははーと軽い笑いを浮かべながら頭を掻いたのは陸上部の現部長、3年生が1人もいないため2年生であるこの瀬尾先輩が部長をしているらしい。
「私が入部したときはまだ3年生が男女10人くらいいたんだけど……今はこの有様だよ」
やれやれという風に先輩は肩を落とした。
「こういうのもなんですけど、特に大会も出てない陸上部ならやる気のない人が集まってきそうですけど」
「それは私も思ったんだけど、仮にも運動部だからね。そういう人たちはみんな文化系の……特に美術部とか文学部に行っちゃうんだよ。まぁ、やる気のない人が入ってきても私としては邪魔なだけだから別にいいんだけどねー」
俺がそう言うと、にへらと笑みを浮かべて先輩はそう答えた。
「取り敢えず中に入ろうか、安心してよ、外見はあれだけど、中は案外小奇麗だから」
先輩は話を変えるように先輩は部室棟の扉を開けた。
と、同時に甲高い音が扉からなった。ホラゲーの扉の音みたいだ、中にゾンビとかいないだろうな。
「さ、入ろうか」
「あ、はい」
扉を潜って中に入る、続く廊下もフローリングだった、普段はフローリングに上がるときは靴を脱ぐからなんか新鮮だな。
「……なんかギィギィ言ってますけど大丈夫なんですか?」
歩くたびにどこかしらで音が鳴る、鴬張りかよ……
「大丈夫だよー……多分」
おい。
「はい、それよりも……ここが更衣室になるよ。どう、割と普通でしょ?」
廊下を少し歩いたところにある扉をくぐると、そこには金属製のロッカーと簡素なベンチが置かれたなんともアンバランスな更衣室があった。
「昔はロッカーもベンチも木製だったんだけど……ささくれとかがひどくて危なかったから金属製なったらしいよ」
「どうせなら新設の方に陸上部の部室を作った方が安上がりな気がしますけど……」
「まぁ土地もギリギリだったから……仕方ないねー」
その後は更衣室の奥になるシャワー室、こっちは昔からタイルだったらしいのであまり変な感じはしない。ただ、お湯が出るのが遅いらしく、気をつけないと真冬に冷水をかぶることになるらしい。
「私は去年ミスって真冬に冷たいシャワー浴びちゃって風邪ひいたんだよ」
誇ることではないな。
「月乃……どうするの? なんか危なそうだけど」
「まぁ良いんじゃないか、俺はここでいいけど」
「まぁ……それもそうね」
「お、どうした新入生! もしかして陸上部に入る気になった?」
「あ、はい、じゃあお願いします。入部届けって先生にもらってくればいいんですよね?」
「あーやっぱり入らないよね、いやー分かるは流石にこの状況ではいら……入るのっ!?」
「そう言ってるじゃない」
「杏子、相手一応先輩だぞ」
「そうだったわ」
先輩は俺たちの返答に驚いたのか、それ相応の驚愕の顔を浮かべていた。
「こ、こんな陸上部に入るなんて……君達変わってるね……」
「あんたが言えることじゃないわよ」
「杏子、相手先輩だから!」
とりあえず、俺と杏子は陸上部に所属することが決まった。
あと、陸上部が大会に出ない理由は、田中先生が引率するのが面倒で手続きしたくないからだそうだ。理由が予想異常に酷かった。
読了感謝です!次回は明日の18時です!