ep6
時が過ぎるのは早いもので、俺が明成付属小に転校してきてから2年が過ぎてしまった。
実に濃い……濃すぎる程の2年間だった。一緒に生活していく中で仲良くなった友人もたくさんいる、まぁ……全員女子だからな、3人よれば姦しいとか言うが姦しいどころの騒ぎじゃない。
特に鳥遊里、アイツだ。転校当初は清楚なお嬢様だと思っていたがそれはとんだ間違いだった、実のところ唯の変態だったからな……頬を蒸気させて涎を垂らしながら擦り寄ってくる度に杏子が撃退するという茶番がほぼ毎日の頻度で行われている。ちなみに鳥遊里の変態行動に例の症状が出ることはない、本能的に鳥遊里が本気で俺が嫌がることをするはずがないとでも感じているのだろうか。いや……でもいつかやらかしそうで怖いっちゃあ怖い、居ないければ居ないでそれは寂しいんだけどな。
取り敢えずのところ、俺がぼっちになることは全然なかった、むしろのその逆だった。なんとかしてくれ。
「月乃ちゃあああぁん!!」
「失せろ変態!!」
おぉぅ……今日の茶番が始まった。
「大人気ですね、お姉さま」
「全然嬉しくないんだけど……」
俺の隣に立って、微笑みながらそう言ったのは北条だ。結局あれからも俺のことはずっと「お姉さま」呼びのままだ、何故かは知らないが月紫はあまり北条のことが好きではないらしい、いいやつなんだけどな、2年前にあんなことをやらかしたやつとは思えんほどの豹変ぶりだからな、いや……でもこっちのほうが落ち着いててお嬢様っぽくて良いな。
「せめて! せめて月乃ちゃんに踏まれ―げふっ!」
まぁ……鳥遊里よりは良いわ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁー!? 公立て月乃……大丈夫なの!?」
昼休み、食堂にて杏子が大声でそう言った。
「うるさいなぁ……もうちょっと静かにしろよ……」
「あぁ……ごめん……っていや、そうじゃないでしょ! あんた自分がどういう状況かわかってんの?」
「状況?」
「そ、それはほら……月乃って男の人苦手でしょ?」
俺が聞き返すと杏子は周りを気にするように見回してから小さな声でそう言った。配慮どうもです。
まぁ……そう思うのも分からんでもないな、あれから頑張って、それなりに人がいる場所でも一人じゃなければ大丈夫になった、無論触れられるのはアウトだけども。
取り敢えずは学校程度の密度である程度男が周囲にいる環境くらいなら大丈夫になった、はず。どっちみち、俺のこれはいずれ治さないと社会にすら出れないからな、大人になってから治すよりも、今の段階から取り組んだ方がマシだろうという結論に至って、俺は女子校から共学の公立中学に行くことを決めた。中学受験が面倒だったからとか、そういう理由では決してない。
「そこはなんとかなる」
「あんたのその自信は一体どこから出てくるのよ……」
「やらないで後悔するよりやって後悔しろっていうだろ?」
「月乃の場合は後悔じゃ足りなくなりそうな気しかしないんだけど」
それは俺もちょっと思った。
「で? どこに行くかもう決めたの?」
「あぁ、双葉中だな」
「あら、私と一緒のとこじゃない」
「あれ、杏子ってこのままエスカレーター式で明成付属中に上がるんじゃないのか」
何を隠そう、この明成女子大学には付属小の他にも付属中が存在し、姉妹校のような形になるが明成女学院高校が存在しており、その気になれば小中高大すべてを一貫で通すことも出来る。
そのまま行けばほとんど男に触れることなく10年以上も過ごす事も可能だけど、さっきも言ったとおりだ……後でやるなら今治す……ダメだったら? その時は……なんとかなるだろう。
で、杏子はというと、肩を落としてやれやれというようなポーズを取りながら溜め息を吐いていた。
「私もそう思ってたんだけど、いつのまにかそうなってたわ。私の親の事だから共学ならこの性格が直るとでも思ったのかしらね、無理よ」
「無理だな」
「あら、そこは否定して欲しいわ」
「出来るのかよ」
「無理よ」
「だろ?」
ちなみに杏子の両親とは幾度となくあっている。実は杏子の家が有名な道場だといってからちょくちょく通って武道を嗜んでいる、前世でも体育でちょろっとだけやっただけだったし、いざと言う時の護身用としても父さん母さんも快く承諾してくれた。
もちろん走りの方もずっとやっている、夜明けに街道を走るのは父さんにも禁止されている――俺もあまり走りたくない――のでどうしたものかと思ってしばらくは軽い筋トレに勤しんでいたのだが、遂にルームランナーが来た、というかちっちゃいジム的な建物が出来た。月紫の習い事の練習用にピアノなんかが置いてある防音室もあり、俺もたまにそこでピアノを引いている、下手だけどな!
そんなわけで俺はいまでも暇さえあれば無理のないほどに走っている訳だ。その割には筋肉が全く付かないのはなんでだろうな、まぁムッキムキになってもらってもこっちが困るんだけど。
「でも杏子が一緒なら心強いよ」
「そ、そう」
「何赤くなってんだよ」
「なんでもないわよ……!」
なんだ? 変なやつだな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
季節は春を迎えた、今日から2回目の中学校生活が始まる。前回は基本的に読書して過ごしてたからな、体育の時間のバスケとか……マラソンとか……マラソンとか! 楽しみで仕方がない。
しかし……その前に俺はこの難所を乗り越えなくてはいけない。
「月乃……ホントに大丈夫?」
「な、ななな何の事かな?」
「足、ガクガクしてるけど」
「だ、大丈夫に決まってんだろぉ!?」
「じゃあ腕組むの止めて? 外してい――嘘よ、嘘だからそんな捨てられた子犬みたいな目を向けるのを止めなさい」
「そんな目してないし……」
正直なところ、舐めてた。
まぁ……前に言ってた大丈夫な環境っていうのが……いや、老人会的なやつなんだけど……男っていうか翁って言ったほうが妥当なんだけど。だって、お爺さんで大丈夫ならそこらの少年くらい訳ないって思うだろ、年齢的に考えて。
でもいざ来てみればなんだこれは、ホントにこいつら12歳かよ、発育良すぎるんじゃないのか最近の男子は!
身長も俺より頭1つやつはザラだしたまに巨人がいるし。
「実は巨人の世界に迷い込んだとかないの?」
「月乃はちっちゃいからなぁ……」
「杏子とあんまし変わらないだろ」
「何言ってるのよ……月乃、身長は?」
「俺? 140だけど」
いや、小さいとは思ってたけど、今は女子だし、大体こんなもんだろ?
「私は147よ」
「は?」
「なによ」
「おまえ……俺と同じくらいじゃなかったのか……?」
「あんたいっつも私見上げて話してるじゃないの」
「い、1センチくらいの差だと思ってた……」
俺がいっつも自分の年齢を言うと驚かれるのはそのせいだったのか……
「ま、まぁ成長するだろ……」
「普通ならもう成長期に入ってるころだけどね――月乃、そんな目でみないで……成長するから……きっとするから……」
取り敢えず杏子を頼りにクラス分けの張り紙を見に行くことにした。始めに自分のクラスの教室に行ってから入学式だったはずだ。
俺と杏子がクラス分けの張り紙を見に行くと、既に同じ新入生が大量に群がっていた。
「うん……頼んだぞ!!」
「こんなので大丈夫なの?」
「それはこれから考える」
「全く……私と違うクラスだったらどうする気なのよ……」
「俺と……杏子は強い絆で結ばれてるだろ?」
「……ちょっと見てくるから隅の方に小ちゃくなってなさい」
「ひでぇ!」
いや、小ちゃくなるけど。
杏子が離れた途端に隅の方に寄って気配を消す……俺は……壁だ!
そうしていると、俺の前に誰かが立った。おっと杏子か? こんなに早くあの人ごみを掻き分けて出てくるとは……流石あの人たちの娘だ。
「杏子? 早かったな――ッ!?」
目を開けて確認してみると、そこにいたのは杏子ではなく見知らぬ男子生徒だった。俺の背が低いせいなのか、男子の方が高いせいなのが、妙に圧迫感があって非常に苦しい。
「え、えっと……」
うわ、話かけて来たぞこいつ! こういう時は何も触れずに立ち去るのが常識だろうが。
「もしかして……ヒノか?」
「は?」
な、なんでこいつ俺のあだ名を知ってるんだ?
俺は覚悟を決めて、俯かせていた視線を上げて、目の前の男子生徒の顔を確認した。
なーんかみたことある顔だな……ど、どこでだっけ……?
「え、もしかして忘れた? よくサッカーとかしたじゃん」
「サッカー……」
俺のあだ名を知ってて……サッカーをよく一緒にして……この顔か……ああぁっ!!
「あぁ……おまえ谷坂か」
「なんでそんなにテンション低いの!?」
「いや……おまえならそんなにテンション上げなくても良いかなって……」
「ひでぇ、久々の友人との再開だろ?」
「ゆう……じん……?」
「え?」
「嘘に決まってんだろ」
俺はそう言ってハイタッチを催促するように手を少しだけ上げる。
谷坂も直ぐに理解したようで同じように手を上げて、パチンと軽く音を立てるハイタッチをした。
「そうか……ということは他の奴らもいるのか」
「そうだな。まぁ……いまのおまえを見たら分からないやつもいるかもな」
「は、なんでだよ」
「だってさ……今のおまえ……すげぇ可愛いし……」
若干顔を赤らめて短い髪をいじりながら……モジモジしながら谷坂はそう言った。
「キモッ」
というか恥ずかしいなら言うなよ。
「うそだろオイ、そこはもっと違う反応の仕方とかあるだろ」
「ない」
「変わってねぇな……」
谷坂は苦笑いしながらそう言った。
そうだな……変わってないな……変わって、ないよな……そうだよな。
「で、なんでこんなとこいんの?」
「友達に張り紙見てもらいに行ってんだよ」
「なんで?」
「なんでって……」
群がってる男子に恐怖心覚えるから行けない……とは言いにくいよなぁ。谷坂は多分というか絶対俺の事情については知らないだろうし……というかこいつも男だし……
「んなこと言ってないで見にいくぞ――」
俺が考えていると、不意に谷坂は張り紙を一緒に見に行こうと思ったのか、谷坂は俺の手を取ろうとした。
「月乃」
すんでのところで俺の身体を杏子が引き寄せて、谷坂の手は虚しく空を切った。
そろそろと杏子の顔を見ると、鋭い視線が谷坂を貫いていた。対する谷坂も、眉間に軽く皺を寄せている。
「きょ、杏子……」
「月乃……大丈夫?」
「え、あ、うん……いやあの――」
「ほら、行くわよ。あ、私と月乃は同じクラスだったから」
「お、おぅ……じゃあな、谷坂」
「あ、あぁ……」
杏子に引っ張られるなか、後ろを振り向いて谷坂にそう言っておく。谷坂の眉間の皺は取れていたが、代わりに苦笑いを浮かべていた。
「あいつ……月乃の知り合い?」
少し引っ張られたあと、ゆっくりと教室まで向かっていると、杏子がそんなことを聞いてきた。
「あ、あぁ……前の小学校で一緒だった」
「そう……」
「なぁ、どうしたんだよ……らしくないぞ?」
「……なんでもないわ、ただ……」
「ただ?」
「私とは合わないと思っただけよ」
いつになく真面目な声でそう言う杏子に、俺は何も言えなかった。
そういえば……谷坂とハイタッチしても特に何もなかったな……
こうして……俺の中学校生活が始まる。
読了感謝です!次回は明日の18時です!
あぁ……ストックがぁ……!