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inaudible waves そとになにもきこえない世界のなかで私たちは何から逃げる

悪夢機械は重層に組み立てられた

作者: はたかおる


 私は紅茶が入った薄いカップを唇に近づけると、通りを眺めた。少し冷めてしまった液体は澄んだ深い色を揺らしていた。口紅のついた磁器に視線を移していつも通りの週末の午後に羽を広げた。

 室内で栽培された茶葉と香料で調整された人工のものだが、それを知っていても知らなくてもわたしにはあまり重要な事ではなかった。自発的、自立的にこの匂いと味をおいしいと感じることで今自分は存在していると、感じる。それほど安くはない値段だが、その事も満足感の方向に心地よく働いた。

 私の知らない時代の、知らない人間によって作り出された音楽が静かに掛かり、薄明かりとガラスで囲まれた空間はこの世界で唯一の安らぎを私に与える。それが心の平安という絶対の安定感をもたらすものでは無く、気休めをほんの少しの間与えてくれるに過ぎないのを私は知っていて、心を暗くする。だけど、不安と安定感のバランスをもたらす空間はここしか知らないのだった。

 コンタクトレンズに情報を映し出すために、机にサインを指で描く。それを見つめると端末は起動する。そこは私だけに見える文字の世界。瞳の焦点とは無関係に描き出されるくっきりとした文字は少し無神経ではあるが、ほんの少し刺をさす文字も情報価値を持ったとたん意識はそちらに飛ぶ。

 指の軌跡とその組み合わせで作られた命令。それを眺めて、呪術師が結んだ印のような指示に従い映し出される情報を定点観測する日常と、それが趣味になっている自分に少しだけ嫌気がさすが、死者が発生する事件はひときわ私の目を釘付けにする。平和ではない。

 この事が厭世観を造成し日に日に大きくなっていくのが分かる。いつかこの気持ちが平常心のしきい値を踏みつぶしてしまって、自分を滅ぼすトリガーとなるんじゃないか。うつろに考える。


 先週だけでこの区画の死亡事件は三件に上った。管理された区画でのたった三件がこの世界にのせる、重り。

 警官でも官僚でもない彼女にとってこの数字の意味するところは、この世界は危ない、と言うことと、逃げることもまた出来ないという二点のみであった。たった対角数百キロキロでしかない六角形のこの世界は、さらに事細かく六角形ごとにモジュール化され、一つ一つ別々の対象として人間によって管理されている。

 その管理された社会において私の生存する価値は他の人間とほぼ等価であった。それは、この世界では人間が既に間引かれていて、極端に差がある人間自体が存在しにくいということに支えられているからだろう。空のカップを持ち上げると時間がずいぶん経っていた事に気付く。

「もう一杯もらえないかしら」

 かしこまりましたと、シンプルな厨房にそれを伝えに行くウェイターの背中に視線を少しだけ残した後、この休日の空気をもう少しだけ楽しもうと、コンタクトからログオフして本を広げた。既に入手が難しくなってきている紙媒体の古書であるが、彼女は検索機能も要約の生成もできないこのメディアが気に入っていた。読む、という機能しか実装されていない本は、むしろ読むという行為に、深く耽溺することが簡単だと言う事が物好きな私の気に召すのだ。


 対角五キロの六角形。無数の、蜂の巣のように敷き詰められた区画たち。殆どの区画は隣り合う物との双方向の交通があったが、中には閉鎖されてしまった物もある。私自身、閉鎖された区画からここに移転させられて住んでいる。テロリズムや汚染で安全では無くなった区画は中央政府の決定で猶予のことなど考えずに閉鎖される。いつもそうだ。流動的に人が動く背景にはそう言った事情があった。

 私が現在住むこの区画では今日記念式典が行われる。区画治安機構が人型武装機兵を二機増強したことと、半年前、武装機兵の大破と引き替えに大規模な機械テロを防いだという隊員への勲章授与式があるのだ。区画閉鎖から市民を救ったことで、治安機構の評価は高く実際私も信頼している。テロリズムでまた人間が減ることは、私たち市民には耐えがたい不安に陥る、最も質量を持つ要因であった。

 極端な人口の低さ。今ホモサピエンスは私が住むこの世界で認識されている個体数が一〇〇万人程度まで減少している。人が減りすぎることで人間の労働力はいつも逼迫気味だが、過去の人間が残したオートメーションは、良く私たちを支えてくれている。この優れた遺産は労働と、ロボットが生産する多くのコモディティ化した物を提供してくれる。そのおかげで人間はこの世界を維持する事に余計なリソースの多くを回すことが出来るのだ。

 そう考えればなんだかそれで成り立っている人類というくくりは今にも丸く収まりはしないだろうかと、子供の頃には良く考えたものだが、結局どうしようも無く、実にどうしようもない事実を見ることになる。この世界の人間はその事をあまり考えないようにしているが、もう人類は、この個体数では滅びてしまっているのだ。




 世界は滅亡してしまった、くどいようだが。何百年か昔、砂漠の誰かがが通常攻撃として核爆弾を使用した。このとき汚染された町は跡形も無くなったそうだが、すぐ除染が始まって生活と再建が始まってしまった。新しく区画された都市は洗浄され、健康な街として再スタートを切るとあっと言う間に人で溢れた。そのような土地を生き返らせるという挑戦的な環境は世界中の人々を刺激して、どのような分野であれ先陣を切ろうと人間で賑わった。

 そうしたら、もうなし崩しだった。小さい奴を使えば割とクリーンだぞ、そう言う雰囲気が蔓延して、結局核弾頭を乗せたミサイルは中近距離からの打ち合いに積極的に使われる様になってしまった。建造物や様々な生産システムは全て消滅した。

 一発ならまだ綺麗だと言っていられるが、何もかもが消えてしまうようなやり方で際限なく人間が戦闘を行ってしまった。

 急速に大気中の放射線濃度が上がってきてしまったこの世界は、二〇〇年掛けて地表を捨てて地下を目指すことになる。そこから人類の文明は消滅して、残された技術を使って残された大勢で生きていくことになったのだった。 


 祝典まで三〇分になり、待ち合わせた恋人と図書館で落ち合う。

 セレモニーホールと隣接したそこは人が少なく、本がある。最高の待ち合わせ場所だ。ガラスと白い壁の、美しい建築物は本とそれを読む人を、無垢の空気に混ぜてしまう。

 二人は会話もしないくらいに没頭して、いくつかの本を漁っているうちに祝典が始まることに気が急く。開会の言葉を区画行政の幹部であろう誰かがしゃべり始めている。

 本を切り上げて、祝典の人だかりに混ざろうとどちらともなく提案してそれに従った。治安機構のパイロットに勲章が授与され、盛大な拍手をうけると彼は感謝と決意を固めたような顔を作った。 

「りりしい人だね、中身も凄いんだろうな」

「区画治安機構のパイロットだし。英雄だよ」

 ああいう風に称えてくれる人がいて、勲章をもらって、うらやましいな。という気持ちに戸惑う。これにはかなわない。意味のない嫉妬は長くブチブチと私の腹の中を焼くことだってある。

 パイロットはそして英雄らしい美しい言葉で、英雄らしいスピーチを始めた。とても私には恐れ多くて言葉に出来ないような美辞麗句を、実践する本人が押しつけがましくない程度の熱を帯びた口調で発し続ける。時折挟まれるジョークに思わず私たちは熱心に耳を傾ける。

 休日にこうしたイベントに足を運び、自分とは違う人種の話を聞く。そして普通の職業ではこうした機会がなければ触れることも目にすることなく、聞いた事さえない機能が実装された機械を目にすると、異世界に自分をおいたような高揚感を得られるのだ。今日もそうやって、異世界の匂いに酔って気分よく過ごした。

「そろそろ帰ろう。今日は賑やかだから楽しく食べようよ」

 まだまだ盛り上がりを続ける式典を後にして、遠ざかる英雄の姿形。混雑を避けてレストランに向かう人々。同じような考えをする人の多さに妙な安心感を覚えた。名残惜しくなってきっかり百メートルを隔てて、振った手に喝采を受ける彼の近影をコンタクトに映し出す。

「すこし、うらやましいね」私のつぶやきに彼は静かな受け答えをしてくれる。

 いつも。

「彼のことを調べて知った気になると、親近感も沸くさ、自分の事みたいにね。だれだってそうさ」

 そのとき場違いで大きな破裂音が立て続けに、鳴る。




 突然音を立てたのはシャンパンやなにかではなく、爆竹が上がったのでも無く、ロケット弾と砲弾だった。

祝典の参加者は何人も重大な怪我をしているようだ。私と彼は助けにいくか迷ったが、ここにいても死ぬ可能性が高い。だったら人命救助位流行っても罰は当たらない。それで良いじゃないか、などと格好良いことを言ってやろうと場違いに笑う。実際は現実感の欠如がそうさせていたのだったが、彼も同じ様な顔をしていた。


 空――区画の天井を私たちはそう呼ぶ――に溶け込む灰色に迷彩を施した人型兵器は治安機構たちの肉眼にようやく姿が見えてきた。隣の区画から侵入するとこの会場を直接銃撃したと言うことだ。いつでも殺すことが出来る、そういうことではないだろうか。セレモニーホールのような大規模な施設は中央の合同庁舎地区にある。誰も迷わない。

 錯綜するこの騒ぎの中で、

「直接操作、直接操作だ人型は。砲台は前に出して自動でやらせろ」

 怒鳴り声が聞こえた。最初の着弾から数十秒、この破壊行為に、これから始まる長い蹂躙に、治安機構は対処しなければならない。命中精度が上がりきった兵器同士の闘争は長く続きはしないが、その時間は当事者にとって永遠にも感じられるだろう。

 見れば私の回りは負傷者だらけであった。一人一人の症状をコンタクトに記録し、病院にデータを送る。意識を失っている者は可能な限り物陰に隠して、救護モードのコンタクトが表示する名前を呼び続けた。死ぬかも知れない人たちの、どこかに消えてしまいそうな魂を声で呼び戻せるものなのか。重いものが地面にたたきつけられる音と振動の中なのにふと、冷静になる。私と彼は呼び続けた。


 灰色の機体は低い高度を手が届くような所まで近づくと、そのまま大きなカーブを描いて飛び去りまた距離を取ろうとしている。飛んでいる。人型の機械が空中に浮きながら人に害意をまき散らす。戦争行為実践のプロ達でさえ、声を失いそうになりながらも、自分達の発する怒声に正気を保っていた。

 もう一度、壊す予定のコースをなぞっている事が見て取れる。すべての毛が逆立つ。危険の予感に、ここを動くべきなのか、瀕死の人々の中でどう言うわけか無傷の自分を守るために逃げ出すべきか迷うが、決める時間すら与えられていないことに気づくと私は立ち尽くすこともままならなかった。

「危ない。かがんで」と恋人は叫ぶのだが、立っていることも倒れ込むことも、意識の上では選ぶことが出来ない。それを察した彼は私の肩をつかむと素早くかがませる。そのままへたり込んで、「ありがとう」などと助けられたのかと自分の言葉にまた一つ恐ろしくなる。

 灰色の小さな機械がまたスタート点についたらしいその一連の動きは優雅で、最新の人型重武装機兵と比較しても洗練されている。小さい機体を見るにそれほど恐怖感を感じないが、その小ささが嫌な予感を増幅させる。

 その間にも予測のつかないよく訓練された運動を続けるテロリストに対し、区画治安機構は三〇ミリ弾をバラバラと二脚を備えた移動砲台撃たせて、防空的な対処を取っている。なめらかに流れるように吐き出される薬莢は美しい。人型はデータリンクを終えて、リアルタイムで立案される作戦行動が始まる。旧式の二足砲台はデータリンクによる作戦が効果的になるように、人型とは全く別の行動を開始するアルゴリズムが流し込まれてすでに砲火を吐き続けている。完璧に機械化された戦争は古代の本の中に登場する神様達よりも凶暴さを持っていて、現実に存在する。どうしようもなく。彼らに対して抱いた嫉妬の馬鹿馬鹿しさ自分の無力さを掛け合わせると、この状況で生き残る自信は喪失していった。

 敵は小型の人型ロボットで、現行製品の持たない機動力と運動性を持つ異世代型に分類されるだろう。空中に長い時間滞在する能力や、地表を高速で滑るように移動することなどから、オーバーテクノロジーを掘り起こしたとしか思えない性能である。

 今この街にあるいずれの戦力もこうした機動性を実装した兵器はない。小型で人型が飛び回る。このようなことのできるものは、供給する企業の製品製品ラインには無く、開発途上のものにさえ、存在していないはずだ。

 私はセレモニーホールのエントランスの影で負傷した人達を寝かせながらテロ活動が収束するのを待つことしか出来なかった。

 距離をとろうとする灰色の機械がセレモニーホールに向けて砲弾をいくつか放つと、大げさに地面が震え、大げさに建物の構造物が吹く飛ぶ。

 兵器部門を持たない重工業の企業へテロリストが発注をした新型なのではないか。テロリストがオーバーテクノロジーを掘り当てたのは間違いない。既存製品のコピー品と、実験機をアセンブルしたらしい。

「この事が他区画のテロリストに広く知られるとまずいことになる」

 などと区画治安機構の上層部の人間が会話しているのが聞こえた。

 ほんの少し前、腹立たしいほど誇らしげにパイロットの胸元に勲章を着けると、また憎たらしい笑顔で記念撮影をする彼らだったが、今の顔面は蒼白だった。

 また、パラダイムシフトだろうか。今の人型武装機兵が現れた時、人間が爆弾や罠を仕掛けて人を殺すと言うテロがまだ活発だった時代だ。あの時代。生身のテロリストに対して赤子をひねるように制圧してしまった。それが今度は武装機兵に対して行われるのか。




 ついさっき、りりしい顔と無駄のない動きで指示を出していた操縦者は、惚れ惚れするような演説をしていた英雄だ。

「幸いここには人型が四機、新たに二機が補充されて汎用は六機。必ず助かります」

 と、負傷者を何とかしなければとうろたえていた私に、強く確約してくれた。私の恋人の方にも同じようなことを言って、握手をしている。

 助かった。

 そう思った。そして全力疾走で英雄は離れていく。

「銃座になる二足式は三機ですが、もっと展開して人型をバックアップしてください。準備良しです」

 と、上官に叫ぶと人型武装機兵と呼ばれる防衛兵器に乗り込んでいった。

 

 既に中央通りは路面も店も住居も、見事なまでに中途半端に破壊されており、直すのも立て替えるのも、まっさらからやり直すことよりもずっと手間がかかるように見える。この時点で灰色の機械を操っている人々はおおむね目標を達成している。しかし灰色の機械の目的はここまでではなかった。

 区画治安機構が反撃を始めた。人型はマニピュレータが固定した機関銃を連射しながら、囲み込んで二足砲台の集中火点に放り込む。六機の動きは今まで通り完璧だった。

 一機を敵に常に捕捉させ他の二機で後ろを突かせる。全機が状況に従ってローテーションを行いそれを二小隊が交互で行う。高速戦闘はあっと言う間に終わるはずだった。

 が、予想もしない高機動でそこを抜けられると言うことは想定していない。想定していない敵戦力に砲台がまず目標をロストして走査モードをループしていることを作戦司令部が気づく。瞬時にAIが別のアルゴリズムを即座に生成し砲台に注入した。棺桶に足がついたような二足砲台は徹鋼弾を斉射して牽制にいそしんでいるが、回避行動の意味をアルゴリズムが理解しているように見えないような外し方をしている。時折混ざる機関銃の弾丸が手足をかすめることはあったが、外装をえぐるかそれが吹き飛ぶかするだけで、動作には支障を来していないようだった。


 重機兵が速度差で捕捉しきれない状況が発生し、データリンクで先回りを出来ないかと考えた操縦士はすぐさま本部に思考の組み合わせをサンプリングして送信をする。発生したほんのわずかな待ち時間を読みとったかのように灰色の機械は二脚砲台に対してアクションを起こした。足関節部に砲弾を何発も撃ち込むと、フラミンゴのような細い足は吹き飛んだ。

 重心を失った砲台は、姿勢制御のフィードバックをめいっぱいセンサーに要求したがおぼつかない。乗せるべき足がなくなって宙にいるのだから。

 一瞬の間、灰色の機体が踊るように走り抜け弾丸を送り出すのを眺めながら、そのトリッキーな射撃に反撃していますよとポーズをとるためだけの当てずっぽうな弾丸を排出する。


 私は、そのカートリッジが地面にこぼれるまでの時間と映像に、何か美しさを感じてしまう。そして魅入る。

 巨大なカートリッジを吐き出し砲身を冷却するガスが揺らめいた。


 撃った砲弾は、そのうちのいくつかは至近をかすめはしたが、一つも当たらない。カートリッジが地面にたたきつけられる音の直後、さらにやかましい音を立てて勢いよく電装品が詰まった棺桶が三つ、転げ回って露天を踏みつぶして庁舎に飛び込むと、止まった。


 機兵隊は全てのバックアップを失ってしまったが、機動性を軸にした人型は割と素早く建物と仲間との相対位置で素早く射線を確保すると、包囲に掛かろうとした瞬間。その意識は読みとられたかのようにその相手がどこにもいなかった。

 囲いきれずにいた三機の人型は丸ごと背後をとられて、砲弾を浴びた。灰色の機体のマニピュレータに固定された砲身は長く、精密に管制された弾丸が現用品をうち漏らすことはあり得なかった。

 複合装甲を打ち破って居住空間に飛び込んだ弾芯は猛烈な発火をすると、巨大な手足はジョイントからもがれるように吹き飛んだ。芸術的に操られた砲弾は次々に巨人の動きを止める。すすで包まれたような焦げたコアパックは失った手足の根本から炎を吹き出して転げている。

 残りの三機はパートナーを一瞬で失い見た目にも動きがぎこちなくなった。急速に接近された隊長機とみられる巨体が切られた。斬られたのだ。トーチのようなもので。

 それは私の目にも映り、何か今までの戦争と違う事が起こっていることだけは分かった。




 本を読む、紙媒体の情報に二人で溺れよう。今日のデートはそのはずだった。図書館で待ち合わせ、英雄達を眺めたら食事に行く。そして気が済むまで本とお互いの指先を楽しむはずだった。

 そして今、こういうことになっている。デートの事はすでに彼の中にも私の中にもすでにない。冷静に行く末を眺めている。

「奇妙だね、治安機構の戦力を壊すと言うのが目的だろうな。ついでに少し人を殺そうとかそう言うヤツらだよ、むしろそっちの方が怖い。造作も無くあんな事をやってのけるなんて、もう一度この世が滅びるんじゃないのか」

 声は震えていた。

「余り考えないで。いまは助かることしか考えられない」

「ああ」

 小さな悪夢機械は、私たちを全く無視して区画から出て行く。その後ろ姿は禍々しかった。


 後に記録が公開されたが後になって何度でも震える。時には涙を知らないうちに流していることもあるらしい。

 あのパイロットが映っている。まだ生きて映像の中で怒声をあげている。

「始めるぞ」

 指先の軌跡を読ませて攻撃スキームを無数に用意し、それを選択させると、システムが使えるパターン修正を掛けて提言してくる。使いますか?と。使うしもっと最初から考えておいてくれ、と操縦者はグチを吐く。

「システムは戦闘モードに委譲されます。歩行スキームと姿勢制御スキームはAIによる自動制御を行います。アシストは本部オペレータが行います。火器管制に集中してください」流暢な音声が頭に響く。

「うるさいよ」

 人型のパイロットはいつもの一人ごとをいった。

 この後も事細かに、殺された彼らの主観で、どのように彼らが殺されたかが続く。

 納品された二機の重機兵も小型の戦力に殲滅されてしまった。

 治安機構の死者は非公表だが、勲章をもらった英雄もこのときに殉職した。パイロットたちは確実に死んだ。そして市民の死者二九人、負傷者は一五四名。

 事実上この区画の治安機構は停止したとコンタクトレンズは記述している。私は息をのんで、なにもできない。奇跡的に無傷で二日たった今日でさえ、病室の床で寝返りも打てない。

「コンタクトはしばらくは使わない方が良いですよ」

 と、言われたのだがこっそり持ち込んだものを着けて惨劇に再びぞっとする。

「こうやってまた人間に居場所が無くなっていく、それを人に伝えたいと思っても、こう言う狭さじゃなかなかね」

 彼は私とは違う。精神的に強い。すでに退院していた彼は必要なものを持っ来てベッドの横にずっと座っている。私の手を握って。

 彼の言うのは検閲のことだろう。頻発するテロリズムは一般的に伏せられる。平和を演出しなければ現実に危険な世の中と折り合いを付けられないのが人間だ。

 弾丸と火薬で穴だらけになったこの区画は、しばらくまた閉鎖されるだろう。

 どこかに転属されて、どう指示が出ようが私もあの人も、死んだ人でさえ取り替えのきくオブジェクト。モジュールとして今日のルーチンとして、実行される生命を消費する。終の棲家も、墓標も記号でしかない。

 退院すれば、一つのオブジェクトとして、私は送られてきた記録を元に製品の開発をすることになるだろう。テロリストが持ち込んだ、失われた超高度古代文明という言葉にすると恐ろしく陳腐な概念を元に新しい仕事が始まる。


 人間が二〇〇年掛けて地下を目指したのは私たちにはよく知られている。けれどいつ、誰が二〇〇年掛けて人間が地下にたどり着いたのか、その後の数年の記録はあるが今人間がどれだけの世代をこの世界で消費しているのかは、どうしてかもう分からない。もしかしたら地上なんていう概念は忘れてしまった方が人間にはいいのかも知れない。


 でも、ここに居る限り、この生命は心地よい、本当よ。




 お読みいただきありがとうございました。次回もお楽しみいただければ幸いです。

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[一言]  お返しと言う訳ではありませんが、もはや「はたフリーク」の一人なので、こちらも読ませて頂きました。(笑)  この小説は、何かの序章の様な小説ですね。  これから何かが始まる様な。そして相変わ…
[良い点] 地下の閉塞した空間の日常は、とても非日常が広がっていました。 息苦しささえ感じられる様なそんな中での人間の想いは「今」この世界を表しているかの様で粛々とした気持ちになりました。 濃密なS…
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