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HEROES+《ヒーローズ・プラス》  作者: しんどうみずき
序章:異世界の邂逅編
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王都

 馬を交代させるために何度かの小休憩を挟みながらヒデオとリエーヌを含めた一行はサフランの首都へと向かった。途中で医者の診察などもあったが健康状態に問題は見受けられなかった。同じ馬車に乗り合わせるふたりは、リエーヌが心情を吐露してから無言だった。


 空に星と太陽が交互に登場し、消えていった。


 ヒデオはなにをするでもなくぼんやりと天井の木目を数えていた。隣にいるリエーヌが眠った時だけその横顔を覗き見た。

 幾度横を向いても、彼女が忽然と消えてしまうような気がした。


「到着いたしました」


 兵士が馬車の扉を開いたのは真夜中のことだった。

 担架に乗せられると、頭上に無数の星が輝いているのが見えた。日本にいた頃はプラネタリウムのなかでしか経験できなかった星空がヒデオの頭上に無限に広がっていた。

 どうやら春はまだ来ていないらしく、肌寒いくらいの冷気がヒデオたちを包んだ。


「これから王城へと移動しますが、その最中はなるべく声を出さないようお願い致します」


 兵士たちが一礼する。

 リエーヌの帰還は極秘にされているらしく、担架は市街を囲む城壁をくぐると、かすかな光を灯しながら人気のない裏路地を選んで城を目指した。


 家屋はほとんどが粗末なレンガで造られていた。家のなかから微かな火の明かりが見えるほかに、街に光源は存在していなかった。暗闇のなかを音もなく進んでいく。

 ヒデオは意味もなく服の袖をつかんだ。


「……不安か」


 リエーヌの小さな声が聞こえた。


「そうかもな」


 ささやくような音量で返事をする。

 サフランは日本とはあらゆる点で違いすぎていた。


 ここには騒々しいくらいのネオンもなければ当たり前のように使っていた電気も通っていない。携帯電話もテレビも発明されていない世界はヒデオにとって異世界であることをまざまざと感じさせた。


 風邪を引いたらどうなるのだろう。科学に裏打ちされていない、経験則だけが頼りの薬草を飲まされるのだろうか。国家試験に保証された優秀な頭脳を持つ医者はどこにもいない。今回はすんでのところで一命を取り留めたが、この世界では命はあまりに簡単に失われる。戦争、病気。そういったものから逃れる手段はないのだ。


 リエーヌは心配のない一生を用意してくれるといった。

 それでも、この世界で生きるためには圧倒的に知識が足りない。


 農作業をしたこともない。建築ができるわけでもない。あって当然だと思っていたものがサフランには存在しない。

 訪問者のほとんどが死んだという事実もうなずけた。この世界はあまりに未熟すぎる。


「私でさえ不安だ。兄上がいないというだけで、慣れ親しんだこの街もまるで違って見える」

「おれは君がいてくれるだけでいいと思ってた。自分が情けないな」

「ヒデオ殿は私が守ろう」リエーヌは初めて笑顔を見せた。笑うと、目がすっと細くなった。「先ほどは悪いことをいった。せっかく助けてもらった命だ、精一杯使ってみることとしよう」

「ぜひそうしてくれ」


 とヒデオはいった。

 レンガ造りの街並みを抜けると、いくばくかの林を通って、坂道を上った。


 どうやら王城は市壁に囲われた土地の中央の小高い丘に建てられているらしい。もはや人目を気にする必要はなかったが一行は忍者のように闇に潜みながら足を早めた。

 夜闇に眠る市街のなかで、王城はひときわ明るかった。


 正門からは入らず裏口を泥棒のごとく侵入していく。リエーヌにとっては我が家なのだろうが初めて訪れるヒデオはなんとなく罪悪感を覚えた。どう見ても歓迎される扱いではない。


 城内は石造りで、あの晩のトンネルのように芯から冷え込んでいた。

 すでに連絡がいっているためか人の気配はなく、無人の廊下を疾駆する。絨毯の敷かれた階段を上ったところで、ヒデオとリエーヌは二手にわかれることになった。


 なんの言葉もなく担架を担いだ兵士たちは平然と進路を変更し、ヒデオの身体を違う方向へと運んでいく。

 いくらかすると不意に天井が消え、ふたたび夜空が視界に映った。

 横殴りに吹き付けてくる風が、そこが渡り廊下であることを示している。その先には一本の塔がはぐれたようにそびえていた。


「ヒデオ様にはあの塔の上にある部屋で生活をしていただきます」


 ここまで来ればもう音を発しても関係ないのだろう。

 兵士のひとりが無機質に説明した。


「リエーヌは?」

「姫様は別の場所で治療に専念されるとのことです。このことは決して口外しないで下さい」


 塔の中身はほとんどが窮屈な石段だった。兵士たちは担架を器用に操ってヒデオを階上へと誘っていく。あまりに回るので、三半規管がおかしくなりそうだった。

 尖塔の頂上には小部屋があった。

 簡素なベッドと木製のテーブルがおかれているほかに家具はなく、格子の嵌められた窓から月明かりがさしていた。


「しばらくはこの部屋で生活を送っていただきます」

「ずいぶんな待遇だな。まるで四畳半だ」

「四畳半?」

「おれの故郷じゃ貧乏学生が暮らすような部屋をそういうんだ」


 とヒデオはいいながら、硬いベッドに寝かされた。動くとまだ傷痕が痛む。


「それでは」


 兵士たちは義務的に一礼すると、そそくさと長い階段を下っていった。

 隔離された尖塔の上にある部屋。

 それがなにを意味するのかは、とっくに理解している。


「気分は囚われのお姫様ってとこか」


 助けに来る白馬の王子様は、どこにもいないけれど。

 吹きさらしの窓から半分だけの月が見える。テーブルに置かれた頼りなさげなランプの火が揺らめいていた。


「ま、それでもいいか」


 希望がある。それだけで十分だった。

 

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