エルザ
大きく開け放たれたベランダへ滑るように着地する。使者は素早くその背から降りると、耳障りな声で屋内に向けて怒鳴った。小柄な悪魔たちが腰を低くして集まってくる。彼らの手にはぶつ切りにされた生国が載せられ、投げつけるように魔獣の足元へ肉を置いた。
「ハヤク降りる。魔王が待ってイル」
機械的な口調でヒデオたちを催促する。
魔獣たちが餌に食らいつくのに夢中で降りやすくなった背中から順次城のなかへ入っていく。思っていたよりも内部は広く、教会のように吹き抜けになった空間には怨嗟の声を立てながら風が通っていた。
「ドラゴンも一緒に入れそうな広さだな。こいつも連れて行くけど、いいよな」
友月は堅い口調で了解をとった。使者は苛立ったように
「構わない。ハヤクイク」
と、いたずらに一行を急かした。
リエーヌは車椅子がないためヒデオがおぶっていくことにし、暁と凛が絶え間なく周囲を警戒しながら使者の後ろを追いかける。がらりとした広間の両脇には狐火のように灯りがともされ、頼りなげに影を描き出した。
魔王の膝下だというのに警備はほとんどおらず、下っ端程度の体格の貧弱な悪魔たちが奴隷のように働いているのが見える。主立つ者はみな兵士として戦場に駆り出されたのだろうか。ヒデオの記憶にある城内はもっと種々の悪魔に満ちていて、欲望の渦巻く活気があふれていたはずだ。
「――これなら魔王といえど途中で暗殺することも可能だろう」
ミヒャエルがこっそりとヒデオに話しかける。姑息な時間稼ぎに利用されるくらいなら、約束を違えてでも魔王を殺害し、エルザたちを迎え討つ態勢を整えたほうがいいというのが彼の意見だった。
「魔王に面会したら、リエーヌはあんたに任せる。エルザがいつ来ても大丈夫なように守ってやってくれ」
「体重が増えていなければ僕でも支えられる。君は安心して戦ってくれたまえ」
肩をすくめるミヒャエル。
気障な仕草がどこまでも似合う男だ。
「乙女に向かってよく堂々とそんな言葉を吐けるものだな。私が万全な状態であれば半死半生にして魔獣の餌とするところだ」
負けじとリエーヌが悪態をつく。清流のように澄んだ声は空虚な広間によく響いた。
「最近歩いていないせいか、ちょっと太ったと思うぞ」
彼女を背負うヒデオが笑いながら暴露した。
顔を真っ赤にして肩甲骨のあたりを叩くリエーヌ。
「馬鹿!」
「悪いことじゃない。元気な証拠だ」
「そういう問題ではない! ヒデオ殿は乙女心というものを理解しろ!」
「ヒデオ殿は君の緊張を解そうとしているんだ。すこしは男の気遣いというものを理解したらどうだい」
「……あんたもな」
苦笑する。
ヒデオたち四人がエルザと四天王との勝負に参加してしまえば、彼女を守れるのはジンかミヒャエルということになる。腕っ節の強さではクワガ王に分があるものの、かつては婚約者だった女性を守れないほど弱い男だとは思わない。ヒデオがミヒャエルを選んだのは現状でベストな決断だといえた。
ジンはおそらく、護衛の対象など気にも留めず悪魔を殲滅することを優先するだろう。自力で動くことのできないリエーヌが放置されるのは、なんとしても避けなければならない。
「ココだ」
一同は巨大な門扉の前に案内された。
エルザの記憶に色濃く刻まれている、架空の動物たちがあしらわれた鋼鉄の扉は、相変わらず広間と魔王の玉座とを明確に切り離していた。この扉をくぐることができるのは側近であるごく一部の悪魔と、魔王に呼びつけられた者だけだ。魔王と面会するのは一般悪魔にとって非常に名誉なことであり、それだけで一目置かれる存在となる。
もっとも、エルザにとっては名誉など限りなく関心の薄いものでしかなく、部屋に召喚された下っ端たちの恍惚とした表情をむしろ憎んでいた。魔王などという老いぼれた過去の存在は邪魔なだけで、将来どうやって殺してやろうかと思案を巡らす対象でしかない。自分より弱いものに価値はなく、したがってあらゆる悪魔は彼にとって目障りなだけだった。
「魔王様、連れて参りマシタ」
すこし間があって鋼鉄の大扉がひとりでに重厚な音を立てながら開きはじめた。
使者の悪魔は三下らしくうっとりした表情で玉座の間が姿を現していくのを見つめている。
自動で開く扉には、魔王のお気に入りの仕掛けがほどこしてある。魔女のレヴィが事前に魔力を込めることで、魔王の指先ひとつで開閉を操作できるように設定したのだ。自分が魔法を使うことができない魔王にとって、手を触れずに物を動かす感覚というのは至上の喜びであったらしい。
だがタネを知っているヒデオと、日本で自動ドアに慣れきった三人にはまったく驚きを与えることもなく、いたずらに時間をかけて扉は開いた。レヴィが永らく留守にしているため、魔力が弱っているらしい。ヒデオは魔王という名前だけは立派な存在に、悲哀の情さえ覚えはじめていた。
かつての栄光にすがるがあまり、悪魔のしきたりである実力主義をどうにか誤魔化そうと画策する。その姿を現に見せつけられるとエルザが父親に対して強い憎しみを感じるのも理解できる気がした。
「……よお」
魔王の息子の感情が表れたのか、ヒデオの胸に奇妙な喜びが湧いた。
純金で塗装された悪趣味な玉座に頬杖をつき、痩せこけた頬で懸命に威厳を保とうとする魔王の姿はまるで壊れかけた操り人形のようだった。彼の命令ひとつで悪魔たちを戦争に向かわせることができる。それさえも喜劇のように思えた。
「――ついに来たか、我が同胞たちよ。特に貴様にはエルザの面影が明瞭に出ているな……我が息子によく似ている。運命の因果で結ばれたのもある意味では決まっていることだったのだ」
声はかすれ、弱々しい。
ヒデオたちを案内してきた使者は一礼すると逃げるように去った。鈍そうな頭でも、これから訪れる局面がどれほど重要なのか理解したのだろう。
「勝手に仲間にするなよ。おれたちはあんたの国を滅ぼしに来たんだ。悪魔の力を借りることはあっても仲間には絶対になりはしない。エルザなんかに負けてたまるものか」
真っ向から目を見返して宣言する。ヒデオの隣で凛が力強くうなずいた。
「あんたみたいなワガママ老人のせいでいったいどれだけの人が犠牲になったと思ってるの。あたしたちを日本から呼び寄せてしまったこといまさら後悔したって遅いんだからね」
「先の戦争で滅ぶはずだった人間どもをいくら殺したところで罪にはならぬ。絶望に蝕まれる前に死ぬことができて本望というものだ」
悪びれることなく魔王は喉の奥に穴が開いているような笑い声を立てた。玉座の肘掛けに隠されたスイッチを押し、レヴィの残した魔力によって遠隔的に背後の大扉を閉めきる。
これで退路は絶たれたことになるが、どの道逃げるつもりはないのだ。余計な選択肢を消してくれたのはヒデオにとってありがたいことだった。
「――ずいぶんと陳腐な仕掛けね」
微弱な魔力の流れを感じ取ったのか凛は人差し指に小さな炎を灯してみせた。
「やるならこのくらい見せてみなさいよ」
「口を慎むがいい、レヴィの力を継ぐ娘よ」魔王はひどく気分を害したようで、かすれた声を一段と低くした。「やつが帰ってくればその程度の炎、一息で吹き消してくれる。レヴィの魔力など余に比べればわい小なろうそくの火に過ぎぬ」
「そうやって現実を見ようとしないから戦争なんて馬鹿なことをするんでしょう。あたしたちを呼びつけた理由はなに。降参するっていうならそれなりの態度を示してもらわないとね」
いたずらに挑発する凛の肩をミヒャエルがつかんだ。待て、という意思表示だ。
「ダンクの第一王子ミヒャエルだ。君たちの要求は僕が代表して聞こう」
「貴様たちもすでにわかっているだろう。人間がどれだけ兵士を用意しようとも四天王とエルザが帰ってきたあかつきには無意味であることを。我が息子の功績で心臓はもとある場所に戻り、我は完全な復活をとげる。そうなれば魔術書を持たぬ人間など一日もかからずに滅ぼしてくれる」
「脅迫なんて求めていない。君が本題を切り出さないなら僕が言い当ててみせよう――君は僕らと和平交渉を結びたがっている。違うかい?」
「すこしは頭が切れるようだな、人間の王子よ」魔王はくつくつと笑った。「貴様たちにも悪い話ではあるまい。一時的に和平を結び、この場での一騎打ちで戦争そのものの勝敗を決するというのは。どちらにせよ生き残ったほうが戦にも勝つのだからな」
「違うね。君たちは思いのほか追い詰められている。そうだろう」
余裕の笑みを浮かべて問う。ミヒャエルには魔王の思惑が透けて見えるのだろう、とヒデオは思った。交渉術にかけては幼い頃から積み上げてきた技術と実績がある。すべてを独裁してきた魔王では、ダンクの王子と渡り合う役者としては実力不足だ。
「悪魔の四天王の長であるザイドに軍勢を預けたのは失敗だったね。彼は自らが功績を上げるために部下の兵士たちすべてを捨て駒にした。本当ならユランに僕たちを釘付けにして主力が帰ってくるのを待つ作戦だったのだろうけど、予想外にこちらのペースが早く、迎撃態勢を整える前に相当な痛手を負ってしまった」
「…………」
「悪魔は人間と違って子孫を増やすのに時間がかかると聞く。君たちはもう国としての体裁を保つのに最低限度の民しか残っていない。まばらに兵を配置してわずかでも足止めしようなんて苦肉の策がそれを証明している。国境付近の狭い道なら、少数の兵でも互角に戦えるの踏んだのだろうけど、暁殿がいたことが不運だったね」
「わかったような口を利くな、人間風情が」
「その人間様に破滅の一歩手前まで追い込まれているのは誰だ? 僕ら首脳陣がいなくなれば軍が歩みを止めるとでも思ったかい? 残念ながら君たちと違って僕らには優秀な部下がいるものでね、いまこの間にも魔王城に向けて銃を撃っているはずさ」
「その不躾な態度――覚えていろ。いまに心臓が戻ってくれば、貴様を真っ先に血祭りにあげてくれる」
「あまり期待せずに待っているよ」
優雅に肩をすくめてみせるミヒャエルは映画のワンシーンを演じているように見えた。どのような仕草をしても、美形の王子というだけで様になる。
黒い仮面のような表情の下にはち切れんばかりの憤怒をたぎらせている魔王の態度とは対照的だ。心中では、エルザの帰還をいまやと待ちわびているに違いない。余裕がないのは、コツコツと玉座を叩く指のペースが早くなったことからもうかがえた。
「しかし、一騎打ちの申し出は受けよう。僕らとしてもここで勝負をつけてしまいたい。戦争なんて国力の浪費の激しいことは早急に終わらせるべきだからね」
「――ヒデオ殿、体調はどうだ」
ミヒャエルに委任するタイミングを逃してしまったため、いまだヒデオの背にいるリエーヌが吐息のかかる距離から訊いた。
エルザたちが日本から戻ってくるための儀式を進めているのは体感的にわかっていた。もう直に儀式は開始され、四天王と魔王の息子が姿を現す。体調なんてものは、そのときにならないと良いか悪いか見当もつかないが、ヒデオは優しく微笑んだ。
「万全さ。人類の運命を背負っている日に、生理だなんていってられないからな」
「――またそんな下らない冗談をいう。ヒデオ殿はもっと、こう、礼節というものをわきまえるべきだ」
「緊張する場所だから下ネタをいうのさ」
「下品なだけの笑えぬ冗談でなければ、その心遣いに感謝するのだがな」
「これがおれのやり方なんだよ」
麗子が死んでからというもの、家族を除いて積極的に女性とコミュニケーションをとることがほとんどなくなっていた。頻繁に友月から合コンの誘いがあるので面倒くさくなって顔を出しても、ヒデオは愛想笑いを浮かべるばかりでメールアドレスも電話番号も教えようとしなかった。
たまに友月を経由して連絡先を入手したという女がいても、すべて読まずに無視した。
それで悪評が立たなかったのは友月の交友範囲が異様に広いせいで、二度とは同じ面子と会わなかったからだろう。
男ばかりと付き合っているうちに話題が制限されてしまっていたらしい。とりあえず下ネタを出しておけば笑ってくれるのだから楽な人種だ。どれだけ生々しい冗談でも、ヒデオは躊躇なく口にした。リエーヌの前ではさすがに多少の自重はしていたが、彼女の存在に慣れるにつれ自然に使ってしまうようになった。
最初は警戒心から、距離を測るために利用していた下ネタが、いまや大事な話題となっている。ヒデオはそのことに可笑しみを覚えて、密かに自分自身の変化を楽しんだ。
リエーヌと麗子。瓜二つの別人が、別の世界でまったく違う運命を歩んでいる。
彼女たちに共通しているのは唯一、ヒデオと関わりを持ったという事実だけだ。
「……ありがとう」
「礼を言われるような義理はない。ヒデオ殿に助けてもらっているのはむしろ私なのだからな」
首から回した彼女の腕が、すこしだけ強くヒデオを抱きしめた。
「魔王とやらに慈悲をかけて、ひとつ聞いておこう。我等に対する贖罪の言葉はあるか。あるいは貴様等の仕出かしたことに対する懺悔があるなら、この場で聞き届けよう」
ジンが一歩前へ進み出て、魔王と正面から相対する。
答え次第ではすぐにでも斬り捨てるといわんばかりの威圧感。彼の隣では暁が刀の柄に手を伸ばしている。己の未来がどのみち死であることを知らないのは魔王だけだ。無知な王は、たった一言こう告げた。
「人間どもにくれてやる謝罪など、髪の毛先ほども持ち合わせぬ」
「そうか、それが聞けてよかったぞ」ジンが抜刀する。続けて、暁も鞘から刀を抜き放った。「心置きなく貴様を殺すことができるからな」
「待て。約束はどうした」
魔王が殺気を感じたように立ち上がって警戒する。
玉座の間は魔力によって動く扉に閉鎖されているため、凛が魔力の流れを途絶えさせれば援軍を呼ぶことはかなわない。たとえ何らかの方法によって仲間を集めたとしても、いまのヒデオたち四人に対抗できる戦力にはならないだろう。
つまり魔王の命は風前の灯といえた。
実の息子に殺されるか、人間の手によって殺されるか。その程度の些細な違いだ。
「最初から貴様を殺すつもりで来たのだ。わざわざ懐まで出迎えてくれるとは、ずいぶんとお人好しなものだな」
「これだから下等な種族は大嫌いだ。この穢れきった人間どもめ!」
「下等だろうとなんだろうと、儂は貴様を斬る。覚悟するがいい」
「誰か、この狼藉者たちを止めぬか! 約束を違えることになんの罪悪感もないというのか!」
最後の助けを求めるようにミヒャエルたちへ呼びかける。かすかに同情を覚えたのは、すべての事情を把握しているヒデオだけだ。
「あんたは死期を逃した。本当は心臓が日本へ行くのと共に、死ぬべきだったんだ。あばよ可哀想な魔王さん。生まれ変わることがあったらせめて、息子に好かれるいい親父になれよ」
冷たく突き放すヒデオ。
その胸に、心臓が破裂しそうなほど強烈な鼓動が弾けた。
目眩がする。拍動が鼓膜を破りそうだ。全身を巡る血液が、悪魔と反応しているのがわかる。薄れそうになる意識の外側で、ヒデオと同じように日本からの来訪者たちが倒れ込んでいるのが見えた。
「ヒデオ殿!」
背中で愛しい人の声が聞こえる。
何度も何度も自分の名前を繰り返している。せめて彼女の声が、わずかでも自我を保つ糧になるよう願っているかのように。
「……フハハハハハ!」
玉座から響く低音の勝利宣言は、魔王から発せられたものだ。両手を大きく広げ、ヒデオたちのすぐ前に浮かぶ四つの紋様を愛おしげに見つめている。
「帰ってきた! 我が息子たちが帰ってきた! 我の力は戻り、この世界から下劣な人間どもは粛清される! この瞬間をどれほど待ちわびたことか!」
「そりゃよかったな」最初に実体を現したのは、ヒデオとよく似た風貌を持つ悪魔だった。「あばよ、親父」
立ちすくむ人間には目もくれず、悪魔の王子エルザは握りこぶしほどの漆黒の石を飲み込んだ。唖然とする父親に、なんの躊躇もなく爪を突き立てる。
魔王の身体は力なく崩れ、玉座から転げ落ちた。もはや死体となった父親を蹴り飛ばし、エルザは玉座を一瞥する。
「こんなモノに興味はねえ」
そして、赤い双眸を怪しく光らせ。
「さあ帰ってきたぜ。俺様の世界だ」
主を失った玉座には興味が無いというようにエルザは振り返り、目を細めてヒデオたちを見やった。儀式にともなう副作用のためにうずくまっていた彼らは、四つの魔法陣から悪魔が登場すると、何事もなかったように体調が戻ったのを感じた。
どうやら幸いなことに発作的な症状は異世界間を移動するときにだけあらわれるらしい。ヒデオは荒い息を吐きながら立ち上がると、玉座の前に横並びになっている悪魔たちに挨拶した。
「……よう、久しぶりだな」
「長い道のりだった」エルザは遠くに視線をやって、いった。「日本という国に辿り着いたはいいものの、微弱な魔力だけを頼りに魔王の心臓を――いや、いまはもう邪魔な亡骸だな――探すのに時間がかかった。厄介な封印が施されていたのが原因だ。あれがなければ数日ほどで帰ってこられたものを、余計な手間をかけさせてくれた」
何重にも御札の張られた木箱に魔王の心臓が収められていたことを思い出し、ヒデオは黒曜石のような禍々しい存在を封じ込めてくれた人々に感謝した。
怪しい新興宗教の仕業かなにかだと考えていたが、きちんと魔力を押さえ込んでいたらしい。
ヒデオたちが肝試しとして封印を解かなければ異世界間をトリップするという魔術も発動しなかったのではないかという疑問が浮かんだが、口にはしなかった。
いま大事なのはエルザを倒すことだ。彼らの向かった日本がどうなっているか気がかりだが、それ以上に大事な使命が控えている。
「無視すんなよ。おれはあんたと会えるのを楽しみにしてたんだぜ。一度は乗っ取られかけた借りがあるからな」
「俺様の一部を取り込んだのだろう。よくいままで正気を保っていられたな。こちらで自分自身と戦えるのを楽しみにしていたというのに」
「予想以上に厄介だったぜ。一人きりだったら、とっくに悪魔に堕ちてたよ」
ヒデオは本心からそういった。
共闘した友月や間一髪のところで駆けつけてくれた凛とミヒャエル、そしてなによりリエーヌの助力がなければエルザの力に圧倒されてしまっただろう。
「堕ちるとは笑わせてくれるな。俺様はお前の脆弱な精神による侵食を許さなかった。種族として優等なのは悪魔だ。人間など、武器がなければ虫けら同様にか弱い生物なのだからな」
「日本じゃ苦労しただろう。あっちは段違いの文明レベルだからな。全身真っ黒なバケモノが出て来たら大騒動だ」
「うかうか人間を殺している暇もなかった。憂さ晴らしに数人は首を跳ねてやったが、翌日には大騒ぎになって迂闊に近寄ることもできない。人間というのは、自分の身に降りかかる危険に対しては敏感だな。世界の終わりとでもいうように集まっていた」
「――殺したのか、人を」
「お前だって一体どれほどの悪魔を殺したか覚えているのか。この城まで来たということは、さぞかし快進撃だったことだろう。ザイドはどうした?」
いやらしく口の端を歪めて問う。答えはわかりきっているのだ。
「倒したよ。危なかったけどな」
「あの程度に苦労するなら、俺様の半身として物足りないな。最初に出会った時から覇気のない男だとは思っていたが」
「おれはあんたがもっと少年だと思ってたよ。いつの間に成長したんだ」
「お前の意志は完全に封じ込んだが、体の成長だけは利用させてもらった。少年のような体格のままでは不便だと感じていたから都合が良かったよ。それを利用して日本で人間のフリをすることもできた。あちらの世界の侵略は、お前たちを地獄へ送り届けてからだ」
「はん、そいつはおれの台詞だぜ」ヒデオはリエーヌを金髪の王子に預け、エルザと真正面から相対する。「悪魔は悪魔らしく地獄に帰って眠りにつきな」
「面白い。せっかくだ。俺様たちも存分にこの宴を楽しもう――レヴィ!」
「りょーうかい!」
元気よく返事をして悪魔の魔女レヴィは右手を高々と掲げた。見ると、左手には古代の魔術書と思しき厚みのある羊皮紙の束がある。稲妻が部屋中にほとばしり、玉座の間を四方八方に駆けまわる。
「それじゃいきます! レヴィの特別マジック――空間転移!」




