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HEROES+《ヒーローズ・プラス》  作者: しんどうみずき
3章:異世界の離別編
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登城

 今度の悪魔はさらに無口だった。暗記したような「魔王がオマエタチにアイタがってイル」という言葉だけを繰り返し、ジンが了承の意を示すと静かに踵を返す。

「どこへ行くのだ」

 リエーヌが悪魔の背中に向かって問いかける。

「ツイテこい」

 とたった一言告げて悪魔は陣地を抜け、すっかり暗くなった谷底の道を歩きはじめた。凛が魔法の炎で八人の足元を照らし出す。細く揺らめく影は人形のように踊った。

「罠ではないのでしょうか」

 先頭を行く悪魔に聞こえないようマリアは声をひそめていった。目的地も教えずに案内だけするのはたしかに不審なところがある。両側にそびえる崖の上から、いまにも伏兵が飛び出してくるのではという疑心がいやでも植え付けられた。

「仮にそうだとしても、僕らの戦力は一国の軍隊に匹敵する。小賢しい伏兵など返り討ちだ」

 ミヒャエルは余裕綽々といった感じで答えた。

 悪魔の力を継承した四人のバランスは非常に整っている。遠距離、空からの攻撃、肉弾戦、どれも十分に対応できるのだ。たとえ奇襲があっても遅れをとるはずがないと信じるだけの要素はあった。

 殿しんがりの位置では友月が相棒の青いドラゴンと一緒に背後を警戒している。暗闇のなかであってもドラゴンは視界が利くらしい。さすがは空の王者、鳥目などという単語には縁遠いのだろう。

「油断は禁物だ。我々が人質にとられることもあるぞ」

「経験者のありがたい助言だね、胸に留めておくことにしよう」

 皮肉で返すあたりミヒャエルに緊張はなさそうだ。リエーヌは軽く受け流せばいいものを、わざわざ食ってかかったのでしばらく口論のような調子で言い争いが続いた。

「――そういえばヒデオに聞き忘れていたことがある」

 暁の視線は銀髪の王女に向けられている。彼女に関して問いたいことはひとつだ。ヒデオは内容を聞く前に返事をした。

「彼女は麗子じゃない。麗子に限りなくそっくりな別人だ。あいつが死んでこっちの世界に転生したわけでも、ましてや双子だったなんてびっくりなオチもない、ただの偶然だよ」

「ヒデオのことだから今度こそ麗子を守り通すと考えているんだろう。あの日以降とはまるで目つきが違う。地獄から蘇ったみたいに生気がみなぎっている」

 麗子とヒデオが幼馴染だったように暁もまた古くからの知り合いだ。三人で同じ幼稚園、小学校に通い、中高大と離れることがなかった。ヒデオと麗子が恋仲だったことも熟知しているし、真っ先に祝福してくれたのも暁だった。

 だからこそ彼女を失ったあとのヒデオを案じていた。彼にとって麗子がどれだけ大切な存在であったのか、痛いほど理解できたから。

「もしもエルザを倒すことがイコール日本へ戻ることだとしたら、君は躊躇なく戦えるか」

「できるさ」

「君がその手でエルザを殺せないなら僕がやろう。存分に真剣を振るえるこの世界は面白いけど、ヒデオが殺されるのを黙って見過ごすより良い物だとは思えない。一番悲しむのは麗子なんだぞ」

「あいつも向こうで待ち飽きてるだろうよ。喜んで迎えてくれるかもな」

「ヒデオ!」

「冗談さ。死んだら何にもならないのは、おれが一番よく知ってる。むげに命を捨てるようなことはしないさ」

 おちゃらけた雰囲気でヒラヒラと手を振るが、暁の目つきは鋭いままだった。

「約束しろ。必ず生きて帰ると」

「……お前、死亡フラグって概念わかるか?」

「そんなものに支配される人生なら、元から価値なんてないさ」

 簡単にいってのける。ヒデオが無言で握りこぶしをつき出すと、合点したように暁もこぶしを突き返した。

 谷沿いの道はしばらく行くと急に細くなり、二人がすれ違うのがやっとという道幅になった。凛が周囲を照らし出していなかったら見落としてしまいそうな脇道に、悪魔はするすると入っていく。ドラゴンライダーにとっては狭すぎる空間であるため、友月だけは崖上まで飛翔して付いて行くことにした。

 左右へ強引にねじ曲げたような道を進むこと十分ほど。

 ヒデオの目に映ったのは暗闇の中で獰猛な光を放つ魔獣たちの瞳だった。その数、合わせて四体。どれもみな子どもが図鑑の動物を切り貼りして遊んだように歪な形をして、口元から巨大な牙が覗いていた。

「おれたちを食おうって魂胆じゃないだろうな」

 ヒデオが念の為に両腕を悪魔化させながら聞く。使者は意に介さず、手慣れた様子で魔獣の背に乗ると、人間たちに早く来いというようなジェスチャーをした。

「――こんなおぞましい生き物に乗るくらいでしたら、私は友月様のドラゴンでご一緒させていただきますわ」

 半身になってマリアが逃げ出そうとする。四体の魔獣がとたんにけたたましく吠え始めた。ひぃ、と情けない悲鳴を上げて座り込んでしまった。

「セナカを見せてはいけない」悪魔の使者は闘争本能をむき出しにする魔獣をなだめながら警告した。「エモノと思われる。食べられる」

「それもいやです!」

「ハヤクする。ドラゴンはここ、入って来られない」

「悪魔のいうことになど同意したくないが正論だ。覚悟を決めて騎乗したまえ。リエーヌは残念だが車椅子を置いていくほかあるまい。まだ歩ける状態ではないのだろう」

 ミヒャエルがてきぱきと指示を出す。覚悟が決まっているせいか、判断に迷いがない。注射を嫌がる少女のようにぐずるマリアの襟首を強引に掴み、魔獣の背中に放り投げた。

「友月に見せたら殺されそうな場面だな」

 ヒデオがしみじみと呟く。

「まったくだ」

 と暁が相槌を打った。

 そうこうして、各自が魔獣の背にまたがると、使者の合図で一斉に夜空へ飛び出した。マリアがか細い悲鳴を上げているのが聞こえる。これがザイドの操っていた大グモだったらヒデオも叫んでいただろうが、蛇のような頭に虎のような胴体と長い翼を持つ魔獣は意外にも毛並みが柔らかく、ぬくもりが感じられた。

 おそらく友月と対応する悪魔であるシークに改造、調教された動物たちなのだろう。獰猛な外見のわりに主に対しては従順で、一度飛んでしまえば怖いと思うこともなかった。

 四匹のあとから友月が間髪をいれずに追随する。

 正直、この魔獣たちが反旗を翻し、襲ってくればヒデオたちに対抗する手段は友月しか残っていない。乗りかかった船だ、とヒデオは腹を決めた。魔王と対面する前に地面に叩きつけられて寿命をまっとうするなんて、そんなつまらないことをするために生まれてきたわけじゃない。

 悪魔にとっても、なにかしらの利益があって会談を要求したのだ。暗殺するつもりならほかにやり方がいくらでもあっただろう。

 ヒデオの願いが頭上を流れる無数の星に届いたのか否か、魔王の拠点である物々しい雰囲気の城が近づいてきた。長い年月をかけて増改築が繰り返されてきたのか城の輪郭は美しいとは言いがたく、悪魔の身体のように刺々しい造形をしている。

 城の頂上にいたるまでに、おそらく十を超える階層を突破せねばならず、まともに攻城戦を行なっていれば数年規模の戦いになるだろうことは容易に想像できた。たとえ悪魔の数が少数で、武器を使わなかったとしても、幾重にも張り巡らされた城壁と建物をかいくぐっていくのは困難だ。

 魔王は城の絶対的な防御力を見越してエルザたちを日本へ送り込んだのだ。絶対にやられない自信があったからこその作戦といえた。

 だがひ、ひとつの疑問が明確に浮かび上がってくる。

「おれたちを呼びつけた理由……」

 魔王の意図がまったく読めない。

 弱さ故に恐怖に苛まれ、正常な判断が困難になっているのだろうか。不気味なほどに超然とする魔王の城の天守閣に向かって、四体の魔獣は一直線に降り立った。


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