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HEROES+《ヒーローズ・プラス》  作者: しんどうみずき
3章:異世界の離別編
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飛翔

 紺色のスカートをひるがえし友月の青いドラゴンの背に乗る妹の姿を、ヒデオは不安げに見守っていた。昔からやんちゃな性格だとは思っていたが、まさかドラゴンによる偵察に同行したいと言い出すとは。

 先行するクワガ軍の行方をつかむためにも、機動力に優る友月が空から敵の様子を観察するという作戦を提案したのはミヒャエルだった。

「クワガ軍が悪魔との戦闘を繰り返しつつ進んでいるとすれば、敵に背後を抜かれている可能性は少ないだろう。友月殿が命を狙われているとはいえ、情報を得る利益と危険とを秤にかければどちらが重要か明白だ」

 朝の軍議の場である。

 砦に満ちた腐臭にも慣れた翌朝に、リエーヌたちはいつものように地図を広げ、円卓を囲んでいた。

「友月様ひとりでは万が一悪魔に襲われたときの危険が大きすぎますわ。私は反対です」

 マリアが湯気の立つ紅茶をすする。

「たしかに一人では保険がきかない。そこで護衛をつけるのはどうだろうか。ドラゴンには、二人までなら乗ることができるのだろう」

 眠たげな眼をしている友月に向かって問いかける。

 昨夜遅くまで負傷者たちの看護を手伝っていたドラゴンライダーは夢見るようにうなずいた。この調子ではドラゴンの居眠り運転で落ちるかもしれない。そもそも偵察という役目を満足にこなせるかさえ怪しいのだ。

「偵察くらいなら問題ないよ……ふあぁ」

 大きくあくびをする。マリアが眠気覚ましにと用意した紅茶もあまり意味をなしていないようだった。

「護衛にはヒデオ殿を連れて行くつもりか」

「察しがいいね、リエーヌ。ヒデオ殿にはドラゴンの騎乗経験もあり、悪魔に対処する方法も心得ている。それに多少の力の解放ならできるのだろう。君以上の適役はいないと思うのだが、どうだい」

 質問ではなく確認といったような口調でミヒャエルがいった。

「おれは別に構わないけど――」

 リエーヌのそばを離れなければならないことを除けば反対する理由もない。軍の中央で手厚く保護されている彼女を襲うのは、たとえ悪魔であっても難しいだろう。それに魔女の力を有した凛もいる。

 厳重な警備をくぐり抜けたとしても、彼女に傷を負わせる前に業火に焼かれるはずだ。

「いまさらリエーヌが狙われる道理もないしな。また誘拐されるならともかく、おれたちの方から向かっているんだから、あちらさんは待ってればいいわけだし」

「手負いの獣ほど油断ならぬ。短期決戦を挑み、大将を直接狙ってくることも想定できる」

 言葉の割に、深刻そうな声色ではない。

 あくまで可能性の話であって、現実に起こるとは思っていないのだろう。

 こういう前振りをフラグというのだ。ヒデオは内心でため息をつきながらも、

「悪魔の勝利条件はおれたち継承者をすべて排除し、日本から帰還する四天王とエルザを迎えること。リエーヌに危害を及ぼしたところで敵にとって良いことなんてひとつもないわけだし、わざわざ奇襲はしないだろう」

「ヒデオ殿は賛成ということだな。ならば友月殿と二人で発ってもらおう。なにか不穏な空気があればすぐに引き返してもらっていい。時間的な制限は――」

「ちょっと待って」

 凛が白い腕を上げて発言する。

「どうしたんだい」

 ミヒャエルが爽やかな笑みを浮かべ尋ね返す。自分の意見が採用されて上機嫌なようだ。

「あたしが兄の代わりに行く。いいでしょ」

「どうしてまた、急に」

「一度ドラゴンに乗ってみたかったんだよね。それにドラゴンの上なら動けない兄よりも、遠くから魔法が使えるあたしのほうがやりやすいでしょ。悪魔が空を飛んでいても対抗できるし」

「――たしかに凛の主張するとおりだ」とミヒャエルは前置きして、「それならヒデオ殿ではなく凛に行ってもらおう。反対意見はあるかい?」

 異を唱える者はいなかった。議長役のミヒャエルが満足気に両手を叩いて閉会を告げる。

「どういうつもりだ」

 みなが忙しなく席を立つなかヒデオは凛に詰め寄った。妹は口端を歪めて、

「いいでしょ別に。友月さんとのドライブデートの続きだよ」

「おれと暁も一緒ならな。おれの身を案じて代役になったんなら余計なお世話だ。おれは戦えるし、それだけの力もある。凛に心配されるほど弱くない」

「リエーヌと約束したんだ。兄を絶対に死なせないって。だからあたしがやる。兄を二度とあんな風にはしない」

「おれのことは放ってくれていい。凛は自分の身を守ることを第一に考えるんだ」

「初めて悪魔と戦って、ひとつわかったの」凛は兄をまっすぐに見返した。「誰かを守るのってすごく大変。兄はリエーヌを守ってあげようとしてすごく無理をしてる。リエーヌに麗子さんを重ねて、自分を責めてる。このままじゃ兄は壊れちゃうよ」

「元々半分は死んだようなものだ。こっちの世界に来て生き返った。リエーヌを守ることがおれの役割なら、それを全うしようと思う。神様はおれにやり直すチャンスをくれたんだよ。今度こそ大切な人を助けてみなさいってな。ちょっと過酷なくらいで音を上げたりはしないさ」

「だったらあたしが兄を助けたっていいよね」

 凛はいった。

「あたしも苦しんでいる兄を助けられなかった。今度こそ兄が幸せになれるよう努力する。せっかく魔法使いになれたんだし、人助けくらいやらせてよ」

「――レヴィ」

「え?」

「凛が戦うことになる悪魔の名前だ。魔女のレヴィ。厄介な相手だぞ」

 意味深にアドバイスを残してヒデオは去った。彼のように悪魔と融合し過ぎたり、悪魔に意識を乗っ取られそうになる予兆はまだ経験していない。しかしレヴィという名は凛のなかに眠る存在と呼応しあうように脳裏に刻まれた。

 ザイドと戦ったときのように不意をついて仕留めるというわけにはいかないだろう。

 正々堂々、一対一の勝負だ。誰も手を差し伸べてはくれない状況に、凛は一抹の不安を覚えた。

「一人は寂しいよね……」

 ぽつりと漏らした言葉は誰に向けられたものであったか。凛の唇の先で儚く消えた。

 ――ドラゴンの背は思っていたよりも起伏がなだらかで、乗馬とさして変わらないように感じた。バイクの二人乗りのように友月の腰に手を回す。命綱もなにもないので落ちるのが怖いが、それ以上に空を自由に飛べるという期待が大きかった。

 数度、ドラゴンがゆっくりと羽ばたく。

 重量感のある体格は宙に浮くと驚くほど軽やかに動いた。たちまち眼下の人影が小さくなっていく。その中にはもちろんヒデオやミヒャエルも含まれていて、凛は手を振ってみせた。

「乗り心地はどう?」

 友月が後ろを振り返る。

「最高!」

 高らかに叫ぶ。

 雲が近い。空が青い。風の音が耳元でざわついている。

「凛ちゃんジェットコースターとか好きなタイプでしょ」

「正解! 友月さんは?」

「俺も……さあ、飛ばすよ!」

 喝を入れるように両足で力強くドラゴンの胴を挟むと、クワガ軍がいるであろう方角へ向けて速度を上げる。冷たい風が直接顔に吹き付けるため涙が滲んでくる。それでも言いようのない高揚感が凛を支配した。

 自由に飛んでいる。

 何者にも束縛されていない。

 力を得るということは、自分で戦うという選択肢ができたということだ。それがたとえ運命によって決められた展開だったとしても関係ない。

 ずっとヒデオと麗子に憧れていた。憧れはいつしか理想になった。理想は一発の銃弾に破壊され、あとには空虚だけが残された。

 空虚を満たした絶望が、いまようやく晴れようとしている。

 叶うはずのなかった「もし」の未来がここにはあるのだから。

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