表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
HEROES+《ヒーローズ・プラス》  作者: しんどうみずき
3章:異世界の離別編
44/56

所業

 異様な光景が横たわっていた。

 ともすれば信じられないような、いやに現実味のない眺めだった。

「……これは本当にクワガ軍がやったことなのか」

 リエーヌがかすれた声を発する。その後に続く言葉が見当たらないのか、それっきり黙ってしまった。

 誰もが同じ疑問を抱いていた。

 日本からの来訪組も、各国の首脳陣も、末端の兵士に至るまでそれを現実だと受け入れられないといったように立ち尽くしている。

 悪魔を壊滅させるべく進軍していた意気は悄然とし、あたり一面に散らばる死体をついばむ鳥の羽ばたきが聞こえそうなほど静まり返っていた。

 人間は悪魔よりも弱い。この世界の常識を嘲笑うように悪魔の死体がそこら中に転がっていた。

「にわかには信じられないな。クワガ軍が精兵を揃えていたとはいえここまで一方的な展開になるはずがない。悪魔側になにかアクシデントが起こったと見るべきだろう」

 ミヒャエルが無残に斬り殺された悪魔の死体の山を検分しながらいった。

 遺体はどれも深々と刻まれた一本の傷を受けており、刀によるものだろうと容易に想像がつく。だがクワガ軍も主となる武器には槍を採用しており、ここまで多くの刀傷が残っているのは不自然だ。

「――あきらだ」

「え?」

 ヒデオのつぶやきに凛が反応した。

「悪魔の仲間割れなんかじゃない。暁が全部やったんだよ。その証拠にどれも一刀で仕留められている。よほどの使い手でなきゃこんな綺麗なやられ方にはならない」

 ヒデオの示す通り悪魔たちの死体は見事なほど単独の損傷を受けている。

 一撃で倒すためには高い技量と豊富な経験が求められる。そこらの兵士が鍛錬を積んだところで悪魔を一方的に屠れるほどの実力を身につけるのは不可能だろう。

「じゃあ、暁さんは生きてるんだね」

 凛の表情が明るくなる。ヒデオの推測が正しいとすれば暁は無事で、しかも最前線で戦っているということになる。

 だがヒデオは浮かない顔をして、倒れた悪魔たちに視線を向けていた。

「生きてはいるだろうな。間違いなく。けど正気でいる保証はない」

「ヒデオ殿と同じように彼も悪魔に意識を支配されている、ということか」

 ミヒャエルが納得したように頷く。

 悪魔の力を宿すのは、常に乗っ取られる危険性を秘めていることと同義である。ヒデオが危うく悪魔に変身しかけたという事情を鑑みても、気弱な暁が四天王に屈して思考を占拠されることは十分にあり得るように思われた。

「しかし人間の兵士の犠牲がほとんど見当たらないな。ヒデオ殿のように悪魔に影響されたのであれば、見境なく暴れてしかるべきだろうに」

 リエーヌが冷静に意見を述べる。悪魔が虐殺されるというショッキングな光景から立ち直りかけていた。

「ヒデオ殿、暁殿に対応する四天王はどのような悪魔なのだ?」

 エルザの記憶から読み取った情報を求める。ヒデオは明瞭に描き出された悪魔の王子の意識を探った。

 様々な思い出が蘇ってくる。

 そのほとんどが憎しみや怒りで染まっている。彼の生活はその特異な立場であるがゆえに負の感情を抱え込んで、どす黒く彩られていた。

 親しくしている者などいないが、一際強く印象づけられているのが四天王と呼ばれる悪魔たちだ。最強を自称するザイドを筆頭に、ドラゴンの調教を施したシーク、魔女のレヴィ、そして不思議な存在感を放つ剣客――ゼパル。

「剣客だと? 暁殿ともっとも調和性の高そうな悪魔だな」

 感想を漏らすリエーヌ。日本へ向かった悪魔とヒデオたちとの間には関連性があるのかもしれない。各々にもっとも似通った存在が、互いに入れ替わったのだ。

「暁が敵に回ったとなると厄介かもな。あいつヒデオよりも強いんだろ」

 ドラゴンにまたがった友月が空から降りてきて揶揄するようにいった。後ろにはバイクの二人乗りのように彼の背中をつかんでいるマリアが固く目を閉じて縮こまっている。

 どうやらドラゴンに乗ったものの怖くてたまらなかったらしい。そういえば彼女が自発的に空を飛びたいと申し出たのは初めてだった。ユランの城から脱出したときには無我夢中で恐怖を感じなかったのだろう。

「組み手なら負けなかった」

「それは兄が合気道をやっていたからでしょ。喧嘩させたら暁さんのほうが強いの知ってるんだからね」

 秘密にしようとした事実をあっさり暴露される。

 ヒデオは不快そうに眉をひそめて、

「木刀がなきゃおれの圧勝だ」

「真剣を持った暁さんといまの兄ならどっちが強いんだろう。――戦うところなんて見たくないけど」

「刀なんて当たらなければただの尖った鉄の塊だ。かわすくらいなんともない」

「本当に暁さんも悪魔になっちゃったのかな。なんとなくあたしにはそう思えないんだけど」

「同感だな」とヒデオは鼻孔をふくらませた。「あいつがそう簡単に悪魔なんかに成り下がるはずがない」

「でも、日本にいた頃はこんなに戦闘狂でもなかったぞ。俺がいくら女の子を紹介してやるって誘っても断るし、合コンに連れて行ったらイジられるばかりで人形みたいに固まってたし。とても悪魔を斬れるようなやつには見えなかったな」

 友月が素直な印象を述べた。

「おまえ暁まで合コンに引き込んでたのかよ」

「ヒデオが参加してくれないのが悪い。人数合わせするのも大変なんだよ」

 口を尖らせて弁解する。友月は一週間のうち、大学の講義に出るよりも多くの合コンを行なっていたに違いない。そのせいでどれだけの淑女たちが彼の歯牙にかけられたのかわからないほどだ。

 マリアと出会ってからその気配はなりを潜めているものの、いつまた女好きが再発するか知れたものではない。近いうちにマリアに警告しようとヒデオは心に決めた。

「合コンとはなんですの?」

 ユランの女王が無邪気に尋ねる。友月は「友だちとお酒を飲んで騒ぐ宴会だよ」と説明したが、ヒデオと凛の冷たい視線を受けて乾いた笑みを浮かべた。

「話題を戻そう。暁殿が悪魔になっていたとすれば、僕らに彼を倒す術はあるのだろうか。――ジン王がどのように制御しているのか教えて頂きたいものだな」

「友月は暴走しちゃいない。おれが保証する」

 冷たくなった悪魔の亡骸から視線を上げると、ヒデオは無意識に両腕を撫でた。リエーヌが厳しい表情で応答する。

「なぜだ」

「あいつに霊感があるって話だったの覚えているか」

 凛に向かって問いかける。セーラー服をまとった妹はショートカットの黒髪を揺らしてうなずいた。

「暁さんを肝試しに誘った理由がそれだもん。結局お化けじゃなくてもっと奇怪なものに遭遇したわけだけど」

「他人より優れた六感があるのは事実なんだが、それはあくまで勘が鋭いとか、次に相手が何をしようとしているのか本能的に推測できるとか、その程度のものなんだよ。観察力があるのかもしれないな。最初にあの黒い石があった場所の違和感を察知したのも暁だったし」

「ふーん」凛がつまらなそうに反応する。「それがどう関係あるの?」

「暁に霊感があるって噂には根拠があるんだ。しょっちゅうあいつが空中の見えないなにかと戦っている姿を目撃されてるんだよ。おれも何度か誰もいない空間に向かって必死の形相で木刀を振るっていたところに出くわした。マジで霊を追い払っているみたいに鬼気迫った様子だった」

「じゃあ、やっぱり霊感があるんでしょ」

「シュミレーションだよ」とヒデオはいった。「あいつは常に誰かと戦うことを想定していた。剣道の練習としてじゃなく、実践的なものとして。前に不良連中に絡まれたとき、おれが止めなきゃ危ないくらいまでボコボコに叩きのめしたことがある。あいつのなかには潜在的に狂気が眠っているんだ」

「悪魔と同調する危険性が高いな。要注意ということだ」

 ミヒャエルがヒデオの話を締めくくった。彼の意見に反対する人はいなかった。暁が生きていると確信できただけでも良しとしよう。そんな雰囲気が包み込んでいた。

 サフランの前線基地から悪魔との国境にある砦までクワガ軍は一気呵成に攻め立てたらしい。

 沿道には数多くの悪魔の死体と、打ち棄てられた兵士の遺体が混在していた。リエーヌは付近の住民に殉職した兵士たちの身分確認と、彼らを故郷に返してやれるよう手筈を整えるよう依頼した。

 永らく戦場の付近に住んでいた人々はこういった作業にも手馴れていて、リエーヌたちが進むそばから速やかに英霊を弔っていった。それでも犠牲者の数は普段の戦闘で発生するよりもはるかに多く、ようやく拠点となる砦に辿り着いたときには当たり前の風景として感受できるようになっていた。

「……負傷兵はここに集められている、というわけか」

 リエーヌの言葉通り、古びた砦はクワガ兵の野戦病院としての相貌を呈していた。

 ここまでの戦闘で傷ついた者たちを一手に集めて放置していったのだろう。わずかに残された医療兵は休む間もなくうめき声を上げる怪我人たちの手当てに追われている。

 薬も人出も完全に不足した状況で、さながらゾンビの巣窟に迷い込んだようだとヒデオは思った。

「それにしてもひどい臭いだな」

 負傷者の収容された部屋に一歩足を踏み入れた途端、吐き気を催すような生臭さがヒデオの鼻をついた。化膿した傷が原因なのか、薬品が臭っているのか、この世の異臭をかき集めたような有様だ。

「すぐに本国から医師をかき集め、治療に専念させよう。悪魔と戦った勇敢な兵士たちに対して、これはあまりに酷だ」

「ジン王はいったいなにを考えている。勢いを利用して悪魔の領内に攻め入るなど自殺行為だ。我々の援軍を待たずに出発するなど作戦には含まれていなかったぞ」

 ミヒャエルが壁を叩いて憤慨する。彼の怒りは弱った兵を置いていったことではなく、無謀な攻勢を続けたことに向けられている。クワガ王も暁も、どんな思惑で動いているのかさっぱり見当が付かなかった。まるで悪魔を壊滅させるという一念にとり憑かれたような偏執ぶりだ。

 どこもかしこも痛みを訴える言葉にならない声で満ちている。このまま病院となった砦にこもっていては気分がおかしくなりそうだと、ヒデオは外へ出て大きく息をすった。

 クワガの王であるジンも悪魔の力を継承した暁も、すでに悪魔の領内に侵入している。どれほどの兵力が手元に残っているのだろう。いくら暁が己の実力に自信を持っていたとしても、一日中神経を張り詰めていられるわけではない。

 食事もとれば、眠ることもあるだろう。

 悪魔たちの目と鼻の先で、心を休めるのは暁であっても難しい。どれほど強い人間であっても精神がやられれば十分な力で戦うことはできない。一部の能力を持った悪魔たちに奇襲されれば、命を落とすこともあるだろう。

 暁は自分が優先的に狙われていることを知らないはずだ。

 単純に悪魔を追いかけて深入りし過ぎていなければいいのだが。日本からエルザと四天王の三体が帰還すれば、暁の力を欠かすことはできない。全員で立ち向かってなお互角の勝負をすることも難しいだろう。

 はやく全員が揃わなければ。

 エルザの存在を強く感じる。彼の記憶に容易にアクセスできるようになったことで、悪魔側のいろいろな事情を知ることが出来た。彼は魔王の心臓を取り戻すために日本へ赴いたが、内心では別のことを考えている。

 計画を阻止するためには一刻も早く魔王を討伐する必要がある。

「……日本か」

 いるべき世界はどこにあるのだろう。

 リエーヌの隣。そこにいつまでも立っていられるのだろうか。疑問は沸々と泡のように浮かんではヒデオのなかで弾けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ