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HEROES+《ヒーローズ・プラス》  作者: しんどうみずき
2章:異世界の再会編
38/56

真実

 黄金の玉座に泰然と構えているザイドは墨のように黒い顎髭を撫でながら、ときおり愉快そうに笑い声を漏らした。それなのに表情はほとんど変わらないので、心の底から問答を愉しんでいるようには思えない。ザイドはヒデオと友月の反応を面白がっているのだ。数奇な運命を背負わされたふたりの青年の宿命を。

「ーーまずはあんた自信のことを語ってもらおうか、ザイド」

「我の名を知っているか、ヒデオよ。王子殿下との融合はことさらに進んでいるとみえる。これ以上侵食を許せば自我が崩壊するぞ」

「そんなことは百も承知だ。この力の正体についてもなんとなく見当がついてる」

「……ヒデオ?」

 友月が不安そうな視線を送る。

 彼の知らないうちに事態は悪化している。ヒデオが得体のしれない存在に蝕まれていくのを見守るしかできないのは、ひどく歯がゆかった。

「あんた悪魔のお偉いさんなんだろ。それもたぶん、かなり高位の」

「ひとつ事実を教えてやろう。この世界にいる悪魔で現在最強なのはこの我だ。陛下ではない」

「ならばなにを恐れている。おれの力か? 最強の悪魔を超えるほどのなにかが、おれを支配しようとしているのか?」

「その通りだ。それは同時にキサマの剣でもある」

「おれのなかにいるこいつは、いったいなにをしたいんだ。蘇る記憶はなんだ? おれはどうすればいいんだ」

「落ち着けヒデオ。焦っても混乱するだけだ」

 友月がドラゴンの上からなだめた。

 大きく深呼吸をして、ヒデオは頭をクリアーにしようと務める。冷静でいなければ。

「王子殿下はキサマの体内で徐々に力を付けてきているのだろう。完全に身体を支配するようなことがあれば、もはや殿下の複製が生まれたも同義。尽きることのない破壊の衝動に従って、この世を滅ぼすであろう。誰も本気の殿下を止められはしない」

「王子ってのは何者だ」

「魔王が息子エルザ。誰よりも偉大な力を有し、誰よりも残忍な魂を持った方だ。かつての魔王も相当なものであったが、殿下はその全盛期を凌駕するだろう」

「そいつがどうしておれに関係している。どこで交わったんだ」

「キサマらの国にはかつて秘術を記した書が祀られていたのを知っているか」

 ヒデオは首を振った。

 そんな話は初耳だ。リエーヌから聞かされたおとぎ話のような歴史は、血なまぐさい戦争の系譜だった。

「理を歪め、命を排し、条理を逸することのできる書だ。誰がどのような経緯で創りだしたものなのか詳細はおろか伝説さえも残されてはいない。わかっているのはかつての人間たちがその書をめぐって闘争に明け暮れていたという史実と、我らが魔王が噂を聞きつけて興味をもたれたという実情だけ。あの頃の陛下は一族をまとめるのにふさわしい貫禄があった。軟弱な人間たちから本の一冊を奪うことくらい簡単だと盲信していた」

「それでお前たちは侵略したのか。そんなくだらない噂を頼りにして」

 怒りで拳が震えそうだった。

 くだらない流説を真に受けて、何千という命を無意味に奪い去ったのだ。己の権力を過信するがあまりに周囲のことなど見えなくなっていたのだろう。

「そこでひとつ驚くようなことが起きた。互いに争っていた人間たちが我らを目の当たりにして、昨日までの恨みも忘れ同盟を組んだのだ。実に利にあざとい集団だった。彼らは小賢しく、姑息な手段で対抗した。個人の技量なら負けはせぬが、集団となって襲いかかってきたのだ。一対一の決闘を基本としていた我らにとっては驚愕すべき戦法だった。

「もとはといえばそっちが仕掛けたことだろう。なに勝手に悪者にしてるんだよ」

 ドラゴンライダーが怒鳴った。反響した声がガランとした玉座の間を往来する。友月の言葉が実体を持って駆け回っているようだった。

「それでもなお我らは勇敢に戦い、わい小な人間たちを駆逐した。数だけは人間のほうが遥かに優っていた。我らが十人を殺せば、人間は一人を殺した。そうしてお互いに疲弊していったのだ。戦争は弱き者からはじき出されていく。当初は山の向こう側であぐらをかいているつもりだった魔王もしびれを切らして戦場に出た。我ら四天王ももちろん従軍した。我らの前に人間は無力だった。何百の兵が集まろうとも簡単に蹴散らすことができた。他愛もないと感じたが、それさえも罠だったとは気付かなかった」

 ザイドは回想にふけっているようだった。

 ヒデオたちの向こう側に視線をやりながら話を続ける。

「我々はついにあの忌々しい国境の防衛戦を突破し、人間の国の中枢まで占領した。いまのサフランと呼ばれている地域は完全に我らの支配下にあった。人間たちは恐怖し、とっくに故郷を捨て逃げ去っていたがな。ほとんど無人の土地に進軍した我らは、人間たちが一大決戦を挑んでくるのを見越していた。ありったけの兵をかき集め、玉砕覚悟で立ち向かってくるものだと信じ込んでいたのだ。広大な平原を挟んで相対すると乱戦が繰り広げられた。悪魔も人間もそこらじゅうで死んでいた。生きているものは常に戦っていた。負ければそこに死が待ち受けている。だが三日三晩は続いた戦闘は、あっけない形で終わった。やつらは秘術を使ったのだ。その代償に自分たちの命を投げ出してまで」

 その本に記されている術はあまりに強力であるがゆえに同等の代償を必要とする。

 悪魔たちを壊滅させるためには、数多くの人間の命を生贄に捧げなくてはならなかった。末端の兵士たちにそのことは伝えられていなかっただろう。自分たちが術を展開させるための囮でしかなかったと聞かされれば、戦場に赴くこともなかったに違いない。

 禁術を決行したのは一部の有力者たちだった。

 彼らは安全な場所で指示を出し、戦場で命を賭して戦っている兵士たちをいとも簡単に見殺しにした。まるで壊れた人形を捨てるように。

「同胞のほとんどは術の威力に耐えきれず身体が朽ち果てた。あれはおぞましい光景だった。悪魔も人間も見境なく死んでいた。外見をとどめていた者はほとんどいなかった。だから無数に折り重なったドロドロとした物体が仲間だったものなのか敵だったのか、判別も付かない。魔王も四天王も命こそ守りおおせたものの力の大部分を失った。あのときの我らは人間よりも微弱な存在だった。かろうじで残った人間の兵士たちが追撃をかけてきた。我らは必死で逃げた。あのときの屈辱はいまでも薄れてはいない。槍を持ち、口々に怨嗟と侮蔑の言葉を吐きながら嬉々として同胞を狩るキサマらの姿を忘れることはない。あのとき我は誓ったのだ。いつかこの下劣な種族をこの世から排除すると」

「……あんたはどうやって回復したんだ。魔王はまだ弱っているんだろう」

 ヒデオが問うた。

 悪魔の明かした秘話は、ひどく現実味をもってヒデオの内側に染みこんでいった。体内にいる存在と共感している部分があるためだろうが、戦いに明け暮れる人々の凄惨な表情が浮かんで離れない。

 禁術を記した書。

 それはいま、どこにあるのだろう。

「時間はすべてを癒すことのできる薬だ。もっとも、その効用は人間どもに大きく働きかけたようだがな。我らは長い時間を生きる。その代わりに繁殖能力は低い。人間どもは平和であればクモの卵のように増殖した。死んだぶんは産んで取り戻そうとでもいうように。非情に腹立たしいことだったが、我らはゆっくりと傷を治していった。ただ一向に回復の見込みがないのが魔王だった」

「傷が深かったのか」

 友月が聞いた。

 ある意味では、とザイドは首肯した。

「そうといえる。魔王は時間でさえ癒すことのできぬ傷を受けていた」

「……心臓」ヒデオは呟いた。「心臓がなくなっていたんだ」

「かなり記憶が混濁しているようだな。悪い兆候だ。キサマに人間としての自我を保って欲しいからこそ、我はあの娘どもを生かしているのだぞ。すこしは抗ってみせろ」

「あんたの事情なんて関係ないね。さっさと話を再開しろ」

「憎まれ口が叩けるのなら十分だ。陛下の心臓がなくなっているとわかるまでに長い時間を要した。誰もがみな自分のことで精一杯だったのだ。幾年も経ってから我らは陛下の不調の原因を突き止めた。それができたのは例の書物が手に入ったからだ」

「……なんだと?」

 例の書物が手に入った。

 人間たちが多大な犠牲を払ってまで死守しようとした魔導書を。

「キサマもよく知っているだろう。とある悪魔は人間に擬態できる便利な能力を持っていた。浅はかな知恵と大したことのない戦闘能力しかないやつだったが、人間の世界に潜伏できるというのは我らにとってじつに有益な情報をもたらしてくれた」

 いまさら推測するまでもない、ルークのことだ。

 サフランの大臣にまでのし上がった悪魔はスパイとして人間界に潜り込んでいた。彼が盗み出した情報の価値は計り知れない。そして、人間側の損失も。

「我らは彼との接触を定期的に行うために、小競り合いを繰り返すふりをした。戦場では擬態する瞬間を見張られる心配もない。ルークは人間の真理にうまく付け入って、当時の権力者たちがどこに書物を隠しているのか発見した。それを受け取ったときの陛下の喜びようといったら凄まじいものだった。ルークもずいぶん得意になっていた。大したことのない悪魔が功績によって陛下の寵愛を受けるなどという珍事があってたまるものかと思ったが、それによって陛下の回復が芳しくない理由も判明したのだから、一応の収穫はあったということだろう」

 ルークがリエーヌを拉致し魔王に献上しようとしていたのは再び褒められたかったからなのだろう。

 悪魔にとっては実力こそが全て。そのなかでのし上がっていくには奇異な能力を存分に発揮して魔王に取り入るほかに手段はなかった。

「当初の目論見通り魔術書を入手した陛下ではあったが、すでにそんなことはどうでもよくなっていた。いかにして人間どもを葬り去るか。そして自分の力を取り戻すか。いまの魔王はそれしか考えていない。あとのことは放ったらかしだ」

「例の魔術書をどうして使わないんだ。それさえあれば人間を滅ぼすことなんて簡単だろう」

 友月がドラゴンの手綱を強く握り締める。

 これは単なる復讐のための戦争だ。正義も名目も関係ない。そう考えると、目の前の相手が憎くてたまらなかった。

「アレは数の少ない我らには向かぬ。いまの戦力で使用すれば人間を全滅させるよりもはやく我らが全滅する。しょせんは無用の長物だ」

「ならそのくそったれな書物を返したらどうなんだ」

「そういうわけにはいくまい。現にいまも術は発動中なのだからな」

「人間を一気に片付けようって魂胆だろ。んなことはわかりきってる」

「思慮が足りぬぞ、人間よ。もはやキサマらの手に魔術書はない。我らが力を取り戻しさえすれば、今度こそ為す術もなく滅びるのだ。この惨めな国の民のようにな」

 ザイドが冷笑する。

 ユランの国民たちは悪魔の気晴らしのために虐殺された。他を生かしておいたのはヒデオたちをおびき寄せる罠を作っていたからだ。どこまでも非道な連中だと思った。私利私欲のために殺すことを厭わない。

「書物によれば陛下の心臓は異世界のどこかに飛ばされてしまったらしい。魔王がかろうじで生きているのは、それがどこかに存在しているからだ。もしも破壊されていれば息の根は絶えているだろう」

「それが、おれたちの世界なのか」

「魔王の心臓だけがそちらの世界に行ってしまった。魔術書に記されているところによれば、世界は無数に広がっているらしい。我らが生きるこの世界も、キサマらのいた世界も、それのほんの一部に過ぎぬ。川のなかに落とした小石を探すように魔王の心臓を発見するのは困難に思われた。当てずっぽうに異世界との扉を開いたところで目当ての世界に辿り着ける可能性は低かった」

 知恵者は悪魔のなかにもいた。

 彼らは魔王のために議論を重ね、ついにひとつの仮説を導き出した。

「賭けに近い作戦ではあったが、魔王はわずかながらの確率に望みを託した。魔王の本体と心臓とのつながりを利用しようという理論だった。魔王が生きているということは異世界にある心臓となんらかの形でつながりが保たれているということになる。細い糸をたぐるように通路を開き、進んでいけばあちら側に到着するだろうという目論見だった」

 ヒデオは薄暗いトンネルの様相を思い出した。ゆるやかに流れる大河に船を浮かべたように運ばれていく感覚。魔王の存在に引き寄せられていたのだろうか。

「魔術の行使には代償が必要になる。そういってたよな」

 ヒデオの言葉にザイドは重々しく相槌を打った。ヒデオのなかにいる者に対して敬意を払っているかのようだった。

「魔王の心臓を直接こちらの世界に送ることは危険性が大きすぎるとのことだった。あちら側に使いを送り、回収した後こちらに戻ってくるのが一番安全だろうとの結論だ。仮に失敗しても魔王には被害が及ばない。もちろん採用された。使者に選ばれたのは四天王のうち我をのぞく三人と、魔王が息子エルザだった」

「合わせて四人か」

 ヒデオ、凛、友月、そして暁。

 異世界に送り出された人数と合致する。禁術は同等の対価を求めたということだ。

「我を残したのには理由がある。ほかならぬ四天王最強のザイドを魔王は求めたのだ」

「最強のあんたを倒せば、あとの三人は余裕ってことだろ。だから一番頼りになるやつを残しておいた」

「それもあるだろう。王子殿下の護衛という名目で三人もの幹部を一時的に欠くのは戦力の大きな痛手になる。我らはルークから入手した情報をもとに再侵略の計画を練っていた。人間と戦争になれば、さすがにこちらの分が悪い。おまけに学者どもによると厄介な来訪者があるという話だった」

「厄介で悪かったね」

 友月のドラゴンが激しく翼を躍動させる。敵を目の前にしてお預けをくらっていることに立腹したらしい。

「彼らがただの人間ならばいいーーだが今回は互いの干渉力が強すぎる。同じ道を交錯しなくてはならないために、能力が交わってしまうらしい。サカモトヒデオ、キサマはエルザ殿下に会っているはずだ」

「……ああ。ちっこい坊主を見かけたよ。暗いトンネルの中でな」

「キサマには殿下の力が眠っている。いくら否定しようとも覆すことのできない事実だ」

「よりによって王子様の力とはね。ツイてない」

「なんの障害もなく言葉が通じることに疑問を覚えなかったか? 知らぬ間に体得していた悪魔の力のほうが気がかりだったかもしれぬがな」

 会話に困ったことが一度もなかったので失念していた。

 ヒデオたちが喋っているのは日本語ではなく、フランス語に似た発音の言語だ。互いに再開した時でさえ日本語を使うことはない。むしろ母国語がどのようなものだったのかさえ思い出せなくなっていた。

 日本の記憶はあるのに、言葉が出てこない。

 とても気持ちの悪い矛盾だった。大切なものを喪失してしまったような気がした。

「ヒデオの力の源は分かった。俺もたしか爺さんの人影を見たよ。あのときは死の瀬戸際をさまよって、おれの爺さんの幽霊が迎えに来たのかと思ったけど」

「キサマの影はシークという名の魔獣使いだ。我がクモもシークが調教を施した。おかげでずいぶんと従順になったものだ。出会ったときは一晩中暴れまわっていたほどだったからな」

「まさかドラゴンライダー部隊を作ったのはーー」

 友月の推測をザイドが肯定する。

「シークの功績だ。やつは国境沿いの山脈に住まうドラゴンたちを捕らえては我らの奴隷とするのが得意だった。いくら悪魔といえどあの渦中を抜けていくのは困難で、シークがいなければ今回の奇襲作戦は成功しなかっただろう」

「ふざけんな! ドラゴンは奴隷じゃねえ! 立派な相棒だ!」

 叫びに呼応して青いドラゴンも咆哮する。空気がギターの弦のように震えた。

「ユランのドラゴンライダーがどれほどのものか、ルークの報告には記されていなかった。警戒して損をしたというものだ。キサマのように甘ったるい理想を掲げているから兵器として使えず、戦略的に大いに有効なライダー部隊を維持することができなかった」

「あんただって味方の部隊を捨て駒にしただろう。有効ならなんで捨て駒にした」

「我の計略ではユラン王女とシークの継承者をすぐに見つけ出して殺すはずだった。キサマはドラゴンライダーになるべくしてなったのだ、友月よ。シークと交わったその瞬間から運命づけられていたことだ」

「そいつらが失敗したから殺したのか。味方の兵士だったのに」

「戦略に犠牲はつきものだ。面倒な城壁を一気に突破するためだけに連れてきたような連中に慈悲をかけてやる筋合いはない」

「ーーどうしてユランを狙った」

「ドラゴンの障壁があるからと油断している国が最も滅ぼしやすそうだったからだ。ルークが死んでから迅速な行動に移ったのはいくらか驚いたがーーもっと長い時間と混乱を経て徒党を組むものだと思っていた、サフランという小国にすべてを押し付けているような連中が簡単に協力してくれるはずがないからな」

「うちの王女様を舐めてもらっちゃ困るぜ。あんたらの王なんかと比べるのも失礼なくらい聡明で勇敢な人なんだよ!」

 ヒデオが反論する。

 リエーヌの安否はもちろん気がかりだが、それ以上にザイドの情報には価値がある。魔王の中枢に近しい人物だからこそ自分の実力に絶対の自信を持って話しているのだ。洗いざらい全て暴露するのを愉しんでいるようにも見える。ヒデオたちを逃すつもりは毛頭ないという明確なメッセージでもあった。

「我の前に運ばれてきたときには気絶して口を開くことはなかったが。眠らせたままで正解だったようだ」

「本当に彼女は無事なんだろうな」

「我が名にかけて誓おう。キサマに宿る殿下の力は、感情に反応して呼び覚まされる。王女を殺したとあれば間髪をいれず殿下が復活するだろう。いくら我とてタガの外れた王子とは戦いたくないのでな」

「それならいい。が、ひとつ質問がある」ヒデオは人差し指を立てた。「どうして戦争を仕掛けたんだ。戦力が落ちているなら、そいつらが帰ってくるまで待ってればいいはずだろ」

「簡単なことだ」ザイドは深々と息を吐いて、いった。「キサマらを殺すためだ。我らの目的は最初からそれだけなのだからな」

「……おれたちを?」

「禁術はやはりそれなりの危険をともなう。キサマらが自分の力を正しく認識し、操れるようになれば、対抗できる悪魔はほんの一握りしかいない。魔王はそれを恐れた。とくにサカモトヒデオ、キサマに己の息子の影を重ねたのだ。殿下はすでに陛下の実力を上回っている。おそらく四天王を警戒して行動に移らなかったのだろうが、油断すれば陛下は魔王の座を追放されるだろう」

「おれに……そんな力があるのか。大事な人さえ守ることもできないこんなおれに」

「まだ自覚していないだけだ。それも、もう終わるがな」

「俺はどうなんだよ。もっと強くなれるのか」

 友月が息せき切って訊く。

「シークはドラゴンの主人となることでやつらを支配し、使った。キサマのやり方はシークとは違っている。己の技量を高めるか、ドラゴンの質を高めるか、どちらにせよまだ猶予はある。ーーこんな忠告をするのも馬鹿らしい。今日の我はいやに饒舌だ」

 酒も飲んでいないのに酔っ払ったように上機嫌だった。ザイドは玉座の肘掛けに指をリズミカルに打ちつけていた。

 ヒデオと友月に微笑みかけたようだった。悪魔の笑顔はいつだって戦闘の前に訪れる。彼の面影がルークとダブって感じられた。

「さあ、これで問答は終いか。今度は我が尋ねる番だ。後の二人ーー魔法使いと剣士はどこにいる」

 魔法使いとは凛のことだろう。となると、暁は剣士の力を引き継いだということになる。ある意味ふさわしい能力を得たのかもしれない。

 暁の剣道の腕は全国級だ。

 実戦とは多少の差異があるものの、腕の立つ剣豪としてなんらかの情報が出回っていてもおかしくない。いままで行方もつかめずにいるのが不思議なくらいだ。

「魔法使いならすぐ近くにいるさ。ダンクの軍に参加してるはずだ。もっとも王子様の護衛たちに手厚く守られているだろうけどな」

「ほう……なんと都合のいい。キサマらを葬ったあとで探しだしてコイツの晩餐にしてやろう」

 灰色の毛がびっしりと生えそろったクモの脚を撫でる。大グモは喜びを表現するように赤い複眼を回転させた。パトカーの赤色灯のようだとヒデオは思った。なにかしら嫌悪感を催させる色だ。

「剣士のほうは、おれたちも所在を知らない。あいつもタフだからどこかで生きてるんだろうけど、探しても探しても見つからないんだ」

「……嘘は吐いているまいな」

「あれだけの情報を貰って平気でペテンにかけられるほどおれは心臓が丈夫にできてない。それに、あんたに本当のことを教えたらもう勝つほかないだろう。おれたちの懐かしき故郷じゃ、背水の陣っていうやつだ」

「あるいは墓穴を掘る、かもな」

「うるせえ。友月は男の尻の穴でも掘ってろ。ーーさっきの約束、覚えてるよな」

「さあね」友月は薙刀を握り直した。じっとりと汗が滲んでいるのがわかった。「さっさとマリアたちを助けに行こう。きっと震えながら俺たちを待ってるはずだから」

「それでいい」ザイトが哄笑する。彼が背中の部分に飛び移ると、クモは体長の倍はあろうかという長い脚を伸ばして立ち上がった。

 複眼がヒデオと友月をロックオンする。口元で鋭利に光る牙が動いた瞬間、二人に向けて糸が発射された。

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